コラム

  1. HOME
  2. コラム
  3. グローバルエイジ
  4. 日本の水ビジネスは海を越えられるか②

日本の水ビジネスは海を越えられるか②

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント/コンサルタント 
福島 彰一郎/程塚 正史

先月9月15日(木)に社団法人企業研究会において、「グローバル・エコシステム戦略セミナー」を行いました。今回は、日立プラントテクノロジーの海外水ビジネスの取り組みについて、エコシステム戦略の観点から議論を行いました。その中で1つ重要なテーマとして、海外の水ビジネスは単に日本企業にとっての事業機会というだけでなく、日本が生きていくためには絶対に取り組まないといけないビジネスであるということがありました。
 
日本の食料自給率は40%程度と非常に低いのは周知のとおりです。ほとんどの食料を海外から輸入しています。その食料となる穀物や家畜を育てるためには水は必須です。穀物等の育成のための水を、間接的に輸入していると考えないといけないのです。間接的に輸入される水は、「バーチャルウォーター」と呼ばれています。日本が使用している「バーチャルウォーター」は、実際に日本国内で調達可能な水の量を超えています。
 
今後、温暖化により世界の水供給はさらに足りなくなる恐れがあるといわれています。日本は世界の水供給に貢献しなければ、将来食料を確保できなくなるリスクがあるということです。日本企業は上記の観点からも戦略的に取り組んでいただきたいです。

 
前回のコラムでは、社会インフラ分野のビジネスの一つである「水ビジネス」について俯瞰的・体系的に考察し、「コーディネート型エコシステム」「サポート型エコシステム」という2つのビジネスモデルの切り口を紹介いたしました。今回は、日本企業の海外での取り組み事例を具体的に考察し、その成功のポイントをより深く考えたいと思います。
 
今回のキーワードは、①地域の水文化・社会ルールの五感による理解、②地域の課題を解決する社会的価値の創出、③アライアンスによるワンストップサービス、です。

■第1章 地域社会との「共生モデル」をパッケージにして世界展開を図る三菱商事

水ビジネスにおいて海外で活躍している日本企業としては、メディアでの登場頻度からも、前々回のコラムで紹介した三菱商事と日立プラントテクノロジーの2社が挙げられます。まず三菱商事について、改めてその取り組みをご紹介したいと思います。
 
三菱商事は、フィリピンのマニラにおいて、現地の有力財閥アラヤグループと組んで、マニラ首都圏東部の600万人弱への上下水道事業を運営しています。1997年に事業開始した当初は、24時間給水率26%、無収水率63%という低いレベルでしたが、2010年にはそれぞれ99%、13.5%と大幅に改善しています。事業成功要因としては次のような4つのポイントがありました。
 
1つ目は「アラヤグループとのアライアンスによる地元ブランドの活用」です。アラヤグループはフィリピンにおいて高いブランド力のある企業でありました。そこで三菱商事はアラヤグループが主体のアライアンスを行い、アラヤグループの名前を前面に出し、現地生活者からの支持を得ることができました。また現地のブランドのある企業で働けるということで、採用した従業員のモチベーション向上や会社へのロイヤルティ獲得につながっています。三菱商事とアラヤグループは、水以外の事業で従来から関係があったことで、今回のアライアンスもスムーズに進めることができました。
 
2つ目は、「水道料金徴収を確実に行うための組織力の強化」の工夫です。上下水道事業の運営には、生活者からの料金徴収が当然のことながら欠かせません。先進国と異なり新興国においては、水道料金を払えない貧困層も多く、当時のマニラでは盗水も横行していました。いったん盗水が蔓延したエリアで改めて集金を行うことは難しく、犯罪に巻き込まれる危険もあります。マニラウォーターはこの困難な状況を次のような組織力強化で解決しました。具体的には、日本式の「5S(整理、整頓、掃除、清潔、しつけ)」の教育による業務品質の向上や、職場環境の整備、昇給や表彰などのインセンティブの付与、組織の意識を合わせるための各種イベントの開催などが挙げられます。また、経営層と現場従業員が一緒に現場まで料金徴収に赴くことなどによって、トップとボトム双方の共通認識を形成し、双方の視点から解決策を創発していく取り組みをしています。そして、マニラ市内の地域を複数のエリアに分け、従業員の担当エリアを明確にして権限委譲を行い、従業員のモチベーション向上につなげています。
 
3つ目は、「上水道インフラ整備に関する各地域における合意形成」です。新たに水道管を引いたり、料金を改定したりする際には、必ず地域の町内会組織を通して事前に合意形成を図りました。町内会組織を通じて、町の有力者を先に味方にすることで、サービス開始後の盗水や水道料金への不満などのトラブルを未然に防ぐことができたのです。
 
4つ目は、「貧困層向けの上水の無償提供」です。住居をもたず、空き地や河川敷に生活している人たち向けには上水サービスを一部無償提供しました。直接的な収益はつながりませんが、水は生きるためには不可欠です。その水も入手できない一部貧困層を救済することは、社会の安定につながります。そのような社会的価値を提供することは、経済成長にもつながり、巡り巡って、自社の水道事業の成長につながることになります。企業のコーポレートブランド向上にもつながりますので、現地の優秀な人材の採用にもつながっていくはずです。
 
このような取り組みを行って行く中で、マニラウォーターは、“ Integrity and Primacy of the person(人の尊重)”、“ Dignity of Work(仕事の重要性への理解)”、“ Pride in Excellence(成果への誇り)”、“ Concern for Others(関係者への配慮)”、“ Commitment to National Development(社会的発展への貢献)”の5つのキーワードからなる経営理念をつくりました(日本語訳は、マニラウォーター社HPにおける各理念の説明から、弊社の判断で付けています)。この理念を軸にして、三菱商事メンバーとアラヤグループメンバーのベクトルを合わせフィリピンにおける水道事業を拡大していく方針のようです。

 
このマニラウォーターの成功のインパクトは大きく、未だ上水インフラが不十分なベトナムやインドなどのアジア諸国からも大きな関心を集めています。三菱商事としては、エンジニアリングの日揮、設備や部材の荏原製作所とともに、部材から運営まで総合的に上下水道事業を行える「水ing株式会社」を設立しました。オーストラリアでの事業展開も活発で、昨年2010年には同国第3位の水道事業会社UUAを買収、先月2011年9月には西部のパース周辺での上水道事業を受注しています。

メルマガ会員登録

記事をご覧いただくには、メルマガ会員登録が必要です。
メルマガ会員登録は、無料です。
是非、この機会に、メルマガ会員登録をお願い致します。
メルマガ会員登録はこちらです。

ニューチャーの書籍ご紹介

『顧客経験価値を創造する商品開発入門』
『顧客経験価値を創造する商品開発入門』
「モノづくり」から「コトづくり」へ 時代に合わせたヒット商品を生み出し続けるための 組織と開発プロセスの構築方法を7つのコンセプトから詳解する実践書
高橋 透 著(中央経済社出版)
2023年6月29日発行
ISBN-13 : 978-4502462115

 

『デジタル異業種連携戦略』
『デジタル異業種連携戦略』
優れた経営資産を他社と組み合わせ新たな事業を創造する
高橋 透 著(中央経済社出版)
2019年11月13日発行
ISBN-13 : 978-4502318511

 

『技術マーケティング戦略』
『技術マーケティング戦略』
技術力でビジネスモデルを制する革新的手法
高橋 透 著(中央経済社出版)
2016年9月22日発行
ISBN-10: 4502199214

 

『勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法』
『勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法』
「エコシステム・ビジネスモデル」「バリューチェーン」「製品・サービス」3階層連動の分析により、勝利を導く戦略を編み出す!
高橋 透 著(中央経済社出版)
2015年1月20日発行
ISBN:978-4-502-12521-8