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世界の景気がしばらく低迷する今が、“営業”を見直すとき

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

ユーロ圏の通貨危機に起因する金融の混乱が続き、先行きが依然不透明なままである。米国も財政が厳しくなる中で、リーマンショック後2度目の大規模な景気対策として、35兆円の財政支出を打ち出さざるを得ない状況である。頼みの中国をはじめとする新興国も、欧米の景気低迷に引きずられる形で成長が鈍化してきた。それらを表すように、世界の株式市場は総じて厳しい状況であり、各国の為替レートも激しく変動している。今、世界景気が下振れの状況で、景気はしばらく低迷することは間違いない。
 
リーマンショックの時も同様であったが、このような状況であっても世界の需要が現在の半分になることはない。しかし需要が前年比5%~20%減少といったことは、各産業とも覚悟しておかなければならない。
 
ところが重要な問題は需要量が減ることだけではない。「需要構造や購買行動が変わること」である。「需要構造」の変化とは、需要全体に占める購買する企業や人のセグメントの構成が変化することである。例えば、業務用と一般消費者向けの割合が逆転するなどといったようなことである。「購買行動」の変化とは、価格、要求スペック、周辺サービス、ソリューション、購入タイミング、購買の意思決定方法の変化などである。景気の低迷でおこる量の減少よりも、むしろ「需要構造や購買行動が変わること」こそが、企業、組織そしてそこで働く個人の運命を変える要因である。
 
このような場合、何が最も大事なのか?顧客との的確な接点を持つことと、そこからの情報のセンシングの深さである。組織も個人も、需要構造が変化するとき、この的確な顧客接点と情報のセンシングの深さがまずは勝負である。言い換えればそれはインテリジェンス力とも言える。
 
インテリジェンスは、企業活動で言えば誰の仕事なのであろうか。言うまでもなく大きな役割をになうのは、“営業部門”である。“営業部門”?、と思われる方も多いかも知れないが、顧客との接点を持ち、顧客の変化を掴み、そこでの自社の製品・サービスの反応を捉え、さらには競合の動きを察知するのは、まず“営業部門”であるはずだ。
 
しかし、企業の“営業機能”には、実際多くの問題が存在している。問題は、“企業や事業における営業の役割の問題”と、“営業部門自身の問題” の大きく2つに分けられる。
 
“企業や事業における営業の役割の問題”としては以下の3つが挙げられる。

  1. 多くの日本企業の営業は、製造業、サービス業にかかわらず「つくったものを売ってこい」といったプッシュ型の事業構造なかで、狭義の販売だけを担わされていること。
  2. 企画、開発、製造部門へのフィードバックが弱く、経営や事業全体をリードする権限が与えられていないこと。
  3. その一方で、全社の売上数字の結果を一手に背負わされていること。

 
同情するわけではないが、営業とはけっこう割に合わない仕事なのである。結果責任を担うのであれば、役割や権限もそれなりに変えて行かなければ、つじつまが合わない。しかし多くの企業での営業の役割は上記のようなものである。
 
“営業部門自身の問題”とは、

  1. 営業部門自身が、企業や事業の中での役割、位置づけを固定化してしまっており、開発、事業戦略に対するコミットメントが少ないこと。
  2. 顧客の要望に応えるために、会社、事業の仕組みを変える努力が不足していること。
  3. 営業部門の課題が自社製品・サービスを販売するための営業マインド、営業スキルなどに偏りすぎていること。

などである。
 
冒頭でも述べた通り、しばらく景気が低迷する中で、需要構造や競争ポジションも変わる中、いま企業や事業の製品・サービス構成、それをつくり出すビジネスプロセス、組織構造、人材を変革していかなければならない。その変革のキーワードは、一義的にはテクノロジーではない。まずは“的確な顧客接点と情報のセンシングの深さ”、つまり競争市場でのインテリジェンス力であり、それを担うのは最前線にいる営業部門である。それではそのインテリジェンス部門ともいえる“営業部門”は、今どう変わるべきか。
 
いまだに日本の製造業では、営業部門と“事業部”が組織構造的に大きく分かれ、事業部とは単に設計と製造をあわせただだけの組織で、プロダクトアウトの体質をまったく脱しきれず、一方顧客接点をもつ営業は、言い方は悪いが“社内営業代理店”に過ぎないところが多い。すでに欧米では30年以上も前に当たり前となった、顧客に対する売上げ責任をもつ“ビジネスユニット”(事業収益単位)ということすらできていないのである。現在ある多くの企業でのビジネスユニットや事業部とは名ばかりで、自分たちが勝手に決めた営業部門への仕切り価格を前提に、「利益が出た、出ない」と言っている。これでは、いくらよい技術があっても、またすばらしい製造力があっても、市場競争の中では勝ってはいけない。市場競争での評価が直接反映されないビジネスユニットなど、その価値はない。
 
しかしながら、組織構造変革の話になると、組織の現場では時間もかかり、ロスも多いので、ここでは本質的な仕事の考え方ややり方、つまり営業のミッションと権限をどう拡張すべきか、そして実態をどう変革させるかに焦点を絞って述べることにする。営業部門変革のための“4つのミッション”を提言したい。

 
 

①「会社の生命線である売上、キャッシュフローを獲得すること」への意識を営業自身に埋め込み、営業はそれを全社に啓蒙する仕組みを作ること

事業環境変化に強く、高い利益を生み出す企業に共通していえるのは、現場まで利益、キャッシュに対する意識が厳しく通っていることである。そのような会社では、すべての管理職が「どのようにして自社、自部門が売上を上げ、給与をはじめ経費を支払い、利益を出し、さらには再投資できるのかといった、利益やキャッシュフローの仕組みを理解し、感性として身につけている。一方業績が長期低迷している企業は、会社が危機的な状況にあるにも関わらず、そのような感覚が経営幹部にすらないことが多い。そのような企業の幹部は、売上、利益、キャッシュフローは自分の責任ではないと思う人が多く、経営に対する当事者意識が薄い。今回のように厳しい事業環境変化が続く場合、財務に対する緊張感のない会社は大変危険である。経営幹部自身が、改革や変革を実施する必要性を理解できないからである。
 
以上の様なことから考えると、営業とは会社とそこで働く人のために売上、利益、キャッシュフローを守ることが重要なミッションであり、それを実現させるためにはまず販売の現場で起こっている他社との厳しい競争、自社製品に対する顧客の評価、そしてその結果としての売上、利益などの事実を他部門に伝えることが大切である。そのために営業がリードして、財務結果とその原因をすべての部門に伝え、対応策を考え、行動する仕組みをつくっていかなければならない。

 
 

②顧客の戦略をサポートすること

経済、景気の低迷とは、顧客自身が戦略を見失い、壁にぶつかり低迷する時代でもある。顧客の要望が前もって明確であることは少ない。このような状況では、顧客の戦略そのものを一緒に考え、自社の製品や技術、スキル、知識、ブランドなどすべての経営資源を動員して顧客の戦略をサポートすることが効果的である。営業とはその顧客戦略創造のための自社内各部門の窓口であり、コーディネーターであり、リーダーであるべきである。したがって、営業部門は、自社にはどのような経営資源があり、それをどう活用するのかを知っていて、アクセスできなければならない。社内ばかりでなく、社外の資源の調達も範疇にいれなければならない。
 
したがってこれからの営業部門は、マーケティング戦略、事業戦略、アライアンス戦略のプロでなければ務まらない。そういった高度な知識を身につけ、実際に運用できなければ、営業として機能しているとはいえない。

 
 

③競合との比較優位を構築すること

営業部門は顧客の購買の現場で、顧客が自社と競合製品とを比較する顧客の価値判断の場面に立ち会う。つまり競合との製品・サービスの比較を行う競合ベンチマーキングを行うミッションをもつ。競合ベンチマーキングとは、製品・サービスの比較はもとより、競合企業の財務状況、業務力、人材力、技術、スキル、トップマネジメント、戦略のパターンなどの情報を収集し分析することである。
 
その場合、ベンチマークすべき競合企業をとり違えないことである。多くの産業では、それは国内企業ではない。韓国や台湾、中国などの外国企業であることが多い。しかし、それらの競合企業はまったくベンチマークされていないことも少なくない。また異業種との比較もできていないことが多い。業界が違うため競合意識すらない場合も多い。顧客が実際には競合になっていることも多い。
 
営業部門は、研究、開発、製造、物流、品質保証などの事業の各機能部門のメンバーをリードしながら、実際の競合をベンチマーキングしなければならない。さらに製品・サービスを競合とベンチマークし比較するだけでなく、競合に対して比較優位を構築するための競争戦略を企画しなければいけない。

 
 

④自社の事業構造、組織体質を変革すること

上記①から③までの営業の新しいミッションは、すべてこれまでの営業部門の権限を大幅に拡大することが大前提である。権限の拡大を前提とすれば、営業部門のミッションとして、“自社の事業構造、組織体質を変革すること”という変革のリーダーシップの役割が見えてくる。
 
しばらく続くであろう景気の低迷期では、先ほども述べたとおり、需要構造、顧客の購買行動が変化する。その変化を先取りして、自社の事業構造、組織体質を変革しなければ、会社は生き残れない。その変革のリーダーシップの役割を担うのが、顧客との関係の最前線で仕事をする営業と言える。
 
したがって営業は、顧客を起点として会社や事業を変革する組織変革の手法を理解し、身に着けておかなければならない。組織変革手法とは、業務プロセス改善(BPR)や、製品・サービス戦略、ポートフォリオ戦略、人・組織の価値観、意識改革などである。

 
 

■営業のミッションを拡大し、それを実践するための仕掛け

これまでのところは理想としては理解できるが、実際今の組織における営業の位置づけ、見方、また営業部門の人材レベルを考えると、かなり難易度が高い、不可能だという声が聞こえてきそうである。実行するには、具体的なきっかけが必要であろう。
 
現在の経営、事業環境を考えると、営業部門の変革のきっかけは大きく2つ考えられる。ひとつはグローバルでの事業展開。特に欧米などの先進国ではなく、新興国での事業展開。もうひとつは、新製品・新事業の開発、スタートアップである。今回はそのうち新興国での事業展開で成功したダイキン工業の中国市場展開の例を挙げる。
 

営業先行により中国で成功したダイキン工業
 
ダイキン工業は、1995年に中国市場に参入し、現在業務用エアコンにおいて、高級機種でトップシェアである。中級機に関しては、中国空調最大手の「格力」との合弁をはじめとしたアライアンスによって低コスト生産を実現し、中国市場、そして日本はじめグローバル市場でシェアを拡大している。
 
ダイキン工業が中国に進出した1995年当時、日立や三菱などが低コスト生産を目的に中国進出を行ったのに対し、中国市場再後発であったダイキン工業は、営業、マーケティングを目的に中国に参入した。上海を中心に中国市場が爆発的に拡大する中で、ダイキン工業は営業を中国事業のリード役としたことで大きな成功を収めた。
 
 
低価格品の生産はではなく、強みである業務用高級品ゾーンに特化した参入戦略
 
1995年当時の三菱をはじめとする日本のエアコンメーカーは、多くの他の産業同様、日本の一般消費者向けの低コスト製品の製造を目的に中国に拠点を次々とつくっていった。その後1990年代半ば以降、急拡大を始めた中国市場に向けて、中国で生産した一般消費者向けエアコンを中国でも販売し始めた。しかし結果は、低価格の中国製品に惨敗。
 
そのような状況の中で、後発のダイキン工業は、低価格の一般消費者向けを避け、業務用、しかも高級品ゾーンで参入した。これならば中国の競合との差別化は明確である。中国市場を低コスト生産基地と捉えるのではなく、販売市場として捉え、強みが発揮できる市場に特化し差別化した。
 

販売店の売上支援を行うことから地道に始めた
 
まず約100人もの日本人営業スタッフを1年近く中国に派遣し、すぐに営業活動を行わせるのではなく、語学、中国文化、ビジネスマナーから、日常生活の常識までを徹底的に学習させた。
 
そのような営業人材基盤作りの次には、差別化された特約店網を構築することに注力した。販売特約店の技術力、提案営業力の向上をサポートするために、販売特約店向けの研修センターを上海に開設し、最新技術や納入事例の情報を提供した。さらにメーカーが主体になって独自にエンドユーザー情報を集めて成約まで商談を進め、その顧客を販売特約店へ紹介した。そのような営業努力により、販売特約店はダイキン工業と組めば儲かり、技術力もアップすると考えるようになり、強い信頼関係ができていった。その結果、販売特約店網は急拡大していき、さらにその販売特約店から現地の有力者情報などの地域密着情報を受け取ることができるようになった。
 

営業としてキャッシュの回収にこだわった
 
ダイキン工業よりも先に中国市場へ参入していた日本の競合他社は、現地の卸業者をパートナーとしていたため、主に支払いは手形が中心であり、キャッシュを回収できないことも多かった。売掛金が回収出来ないことは、事業意欲を弱体化させる最大の要因と言える。
 
そこでダイキン工業は業務用高級品ゾーンの有利さを活用し、顧客から前払いで現金を受け取ってから施工を実施する仕組みを構築した。顧客の納得を得るために、ダイキン工業の業務用エアコンの高いブランドイメージをあの手この手で徹底的にアピールした。ドイツの高級車ベンツになぞらえて、“空調のベンツ”を目指した。商品力によりキャッシュフローを高め、債権回収リスクをなくしたのである。
 

営業基盤をテコに製造をはじめ組織体質を変革した
 
業務用高級品ゾーンでの成功をテコに、次に所得レベル上位10%の富裕層をターゲットとした家庭用高級エアコンに参入した。
 
家庭用高級エアコン市場では、受注から納品までの期間を短縮することが必要であった。ダイキン工業は中国現地法人に生産権限を委譲し、このリードタイムの短縮を実現した。
 
 
このように、ダイキン工業は中国において、営業が起点となって現地のニーズや競合の動向を把握し、機敏にターゲットの選定やアライアンス戦略を行った。そして全社を巻き込み、設計、製造、物流などの組織全体の体質変革に成功したのである。
 
今回は中国市場でのダイキン工業の見事な市場参入戦略を例に取りあげた。ダイキン工業は強い製品、技術を基本としつつも、営業が先行して事業基盤をつくっていった。国内の成長基調の市場では製品や技術を中心に事業を進めていけば企業も成長した。しかし事情が大きく異なる海外の市場や、競争が厳しい日本や先進国での市場では、営業がリード役になって事業全体を変革し、成長させなければならない。そのためにも営業とは、単に営業部門の人だけが行う機能ではなく、他部門であっても営業のミッションを背負い、事業をリードし変革していっても良いのかもしれない。

 

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