中国・紹興市に開業した日本工業パークに見る中国ビジネスのポイント
■日本と関係の深い中国・紹興市
今月2011年8月、中国・浙江省紹興市の日本工業パーク開業にあたり、同地を訪問した。本パークは、開業に向けてニューチャーネットワークスおよびニューチャーアジアが設立に向けて協力してきた工業団地である。
上海から紹興に向かうと、紹興に近づくにつれ空気はきれいになり自然も豊かになってくることに気づく。上海と紹興は、日本とのつながりという点で好対象である。
戦前、上海は世界中から人々が集まってくる国際都市であった。資金や情報が交錯し「魔都・上海」と呼ばれることもあった。欧米諸国が「租界」を形成し大きなプレゼンスを示していた一方、日本は租界でのプレゼンスはなく、市街の北側に小さく日本人街をつくるのみであった。
紹興は対照的に、日本との歴史的な結びつきが強い。近代中国の思想家・魯迅は紹興出身であり、日本の東北大学に留学していたことは有名である。また現在の日本の元号のもとともなった「天平地成」の言葉も、4000年前の皇帝・禹(およびその前後の皇帝)の言行を記した「書経」から取られており、紹興にある禹廟には「天平地成」の文字が大きく書かれている。現在でも、紹興の人々には親日的な人が多いといわれる。日本においても、紹興特産の紹興酒は有名で親しまれている。
その紹興において、今回の日本工業パークの開業はさらに日本とのつながりを深める機会になると思われる。紹興市にとって、さらに日本企業にとって、本パークは画期的な点が多い。今回のコラムでは、本パークの特色の検討を通じて、今後の中国ビジネスのポイントを改めて考えてみる。
■紹興市の日本工業パークの特色
紹興市のある浙江省は、「浙江財閥」という言葉があるように、戦前から民間資本が強い地域であった。現在、浙江省は繊維産業を中心とする軽工業が盛んである。雑貨の生産においては世界のシェア8割を占める。昨年、弊社のニュースエクスプレスでもご紹介した通り、省内の義烏市には世界最大級の雑貨市場もある。
現在、浙江省は繊維産業に加えて、自動車部品や自動車など付加価値の高い機械産業も発展しつつある。2010年にボルボを買収した吉利汽車も浙江省の企業である。電気自動車の研究開発も急ピッチで進められている。現在はまだ労働集約型の産業や家族経営的な企業が多いが、今後、高度な技術を導入した企業が成長してくるといわれている。
紹興市は、浙江省の北部に位置し、西は杭州市、東は寧波市に接しており、上海市とは、杭州湾を挟んで向かい合っている。今回開業した日本工業パークは、紹興市の中心部から5kmほどの場所にある、約14万㎡の工業団地である。市政府だけでなく、中国の国レベルの支援を受けて設立された。入居できるのは日本企業だけであり、日本企業向けの各種サービスを提供している。小規模な工場面積でも購入することができ、特に中堅中小企業が対象である。
昨年来、日本工業パークの開業に向けて、弊社はその趣旨に賛同し構想段階から協力してきた。本パークが、現地の紹興市にとってはもちろん、進出する日本企業にとっても多くのメリットを出せると考えられるからである。
本パークの特色として、以下の4点が挙げられる。
① アジア諸国を狙える地理的優位性
② 現地の市政府や日本人管理運営者による支援
③ マーケティング支援サービス等の充実
④ 資金調達チャネルの確保
以下では、上記のそれぞれの項目について、具体的に内容を検討していく。
① アジア諸国を狙える地理的優位性
紹興から東に100kmほどの場所に、中国有数の天然の良港である寧波港がある。空路としても、紹興から2時間圏内に大規模な国際空港が上海や杭州にある。海路、空路を通じて、紹興は日本や韓国をはじめとしたアジア、さらには世界への拠点となるポテンシャルを秘めている。
加えて、上海をはじめとした大消費地が近くにあり、浙江省内においても各種企業が集積しており、顧客へのアクセスが容易である可能性が高い。そしてもちろんこれらの基盤として、紹興には高速道路をはじめとした交通インフラが整備されている。
② 現地の市政府や日本人管理運営者による支援
冒頭でも述べたとおり、紹興には親日的な人が多く、行政としての紹興市も、日本企業に対して概して好意的である。本パークの開業は、その現れのひとつといえる。
どこの国や地域でもカントリーリスクはあるが、中国にもチャイナリスクが存在する。制度変更が流動的であったり労使の問題が発生したりと様々である。リスク回避のためには、地方政府の協力が有効であることも多い。
たとえば今注目すべきこととして、2011年からの中国第12次五か年計画では内資企業を重視するようになり、外資企業に対して課税が厳しくなるなどの措置が取られることが予想される。今後の行政の対応には注視が必要である。もちろん親日的な地方政府であっても国の政策に基づいた対応となるが、行政の手続きがスムーズに進んだり、アドバイスをもらえたりする可能性はある。
また、本パークは日本人による管理運営が行われる。現地の紹興において製造業に長年携わってきた技術者が中心となっての運営である。日本式のきめこまかい管理運営サービスが受けられるだけでなく、日常的な経理業務や施設管理などの総務業務、人材募集などの人事業務などを、管理運営者にアウトソースすることができる体制となっている。また、海外における製造現場では、ご承知のとおり日々様々なトラブルが起きるが、適切な管理運営によって、これらのトラブルの発生頻度や程度を抑えることができる。
③ マーケティング支援サービス等の充実
中国を中心としたアジアの新興需要を捉えるには綿密なマーケティングが重要な時代となってきている。今までのビジネスの延長線で考えるのではなく、現地ならではの視点で事業を考えることが必要といえる。
本パークでは、入居しようとする企業に対して、マーケティングを積極的にサポートしている。弊社ニューチャーネットワークスおよびニューチャーアジアは、本パークのサポートメンバーとして、紹興市政府とも協力しつつ、進出企業のマーケティングを支援していく。紹興への進出前に、事業構築のための事前調査を行ったり、進出後の展開シナリオの構築支援などを行ったりすることができる。その際、マーケティング戦略を立案するだけではなく、弊社のこれまでの中国における活動に基づいて、地域の実情に根ざした、具体的な解決策を伴う事業戦略を描くことができる。
④ 資金調達チャネルの確保
紹興においては、紹興市政府が地元の資本家からの資金の調達を促している。特に本パークへの入居企業に対しては、中国国内の銀行からの支援も受けられるよう、市政府独自の仕組みが整っている。
■日本工業パークから考える中国における製造業成功のポイント
ここまで、今月開業の日本工業パークを紹介してきたが、弊社は、本パークに進出する日本企業が、中国における製造業成功のポイントを押さえることができるよう、上記のとおりの特色を出すように仕掛けてきた。
ここからは、現在の中国における製造業成功のポイントを考える。
① 現地のマーケティングを重視すること
現在の中国は、経済の高度成長からの転換期といえる。量的拡大から質の競争の時代に入ってきている。企業間の競争が激しくなり、淘汰の時代が始まっている。これまでのように、モノやサービスを提供しさえすれば顧客がついてくる時代は終わりつつある。巨大市場である中国も、細やかなマーケティングを重視する時代である。
今後企業が継続的に利益を上げていくには、先進国と同様に、どのような顧客に対してどのような製品サービスを提供するべきかを戦略的に考える必要がある。現地に入り込んで、顧客となりえる生活者や企業の実態を調査しなければならない。その地域特有の視点が必ずあるはずだからである。
② 現地政府の特色を見極めること
中国におけるビジネスにおいては、行政との関係は重要である。流動的な制度はリスクである一方、良好な関係を築くことができれば有利となることも多々ある。進出先の政府が、自社の事業分野や製品に対して、あるいは日本という国に対して、どのような態度を有しているのか見極めなければならない。
また、各地方政府が企業に対してどのようなサービスを提供できるかは、それぞれの政府ごとに異なる。行政からの企業向けサービスとして、それまでどのような実績を有しているのか、支援する体制として、どのような人材がどのような組織体制で行う準備があるのか、また具体的にどのようなプランを持っているのかを知る必要がある。
③ アジア市場を見据えること
中国における成功の次の段階のポイントであるが、中国だけでなくアジア全体を見渡すことが重要である。ある地域で成功した企業が海外展開するのはある意味当然といえるが、成功した中国企業は、次にアジアの市場を狙っている。日本企業も中国市場で成功すれば、中国において培ったノウハウをアジアでのビジネスに横展開することも十分に可能である。中国での競争に勝つことは、その先にアジア市場が広がっているということであるといえる。
■現地と同じ目線で進出する
現在の日本の製造業は、急激な円高や電力価格の高騰、高い法人税や関税などによってギリギリの正念場を迎えている。生産拠点としても対象とするマーケットとしても、グローバル化は避けて通れない。危機感を持って中国はじめ海外でのビジネス展開に取り組むべきである。
しかし残念ながら、日本企業にはまだまだ「おごり」があるように感じる。日本の製造業は、様々な分野で技術的にNO.1だと言われるが、本当にそうだろうか。中国市場の技術的な規格は、自動車をはじめ様々な分野で欧州規格を採用してきている。いくら日本の技術が日本の規格に基づいて優れているとしても、規格の異なる海外では販売できない。
大事なのは、現地と同じ視点で謙虚に市場を観察することである。知らず知らずのうちに持っているかもしれない先進国というおごりを捨て、各地域の目線で議論できなければならない。だからマーケティングが大切であり、地方政府との連携が重要であるのだ。
今回は紹興市の日本工業パークを紹介したが、それを通じて中国ビジネスにおけるポイントのご参考になれば幸いである。