「製造業における知的財産戦略の基本的考え方」(2)
■ 知的財産の弱み
事業に於いて知的財産権は強みだけでなく弱みを必ずもちます。プリンター一つとっても、プリンターの中に何千件もの特許の知的財産が入っているの です。自社の開発した守りの技術、事業競争力の寄り所となる技術の知的財産もたくさんあります。しかし、(全ての部品について自社で開発している、あるい は特許を持っているわけではないので、)我々の事業をする立場からすると、外から購入してきた部品なり、ユニットなりの中の、技術的な内容は分からない。 いわばブラックボックスなのです。例えば、半導体チップを買うとき、半導体メーカーに「中はどうなっているの?」と聞いても技術的な構成部分は一つも教え てくれません。入力、出力の特性ぐらいしか教えてくれません。これ(このブラックボックスの部分)が知的財産の弱みとなる場合があるのです。
知的財産権には制度上、もう一つ弱みがあります。製造業に一番大切なのは特許権は実施権ではなく排他権であるとの認識です。これを勘違いして、実 施権だと思って、特許をとったらすぐ事業できると思いこむ人が多いのですが、これは失敗します。もちろん強みのある技術を特許とするのですが、ただそれだ けで、弱みを認識し解決しないで事業をした場合、相手に弱みを衝かれたら、事業はだめになってしまうのです。この弱みとは、その実施技術が先行特許、後願 特許の排他権の影響を受けるということです。
例えば、ノーベル賞級のトランジスタの発明ができますと、すごい原理の基本特許がとれますから、広い範囲の権利が取れます。この特許の範囲に他社 が事業参入してきたら排他権を犯すことになりますから、基本特権者の許諾なしでは他社は事業をできないのです。しかし、この特許を持っていれば安心して事 業できるかというと、そんな保障は与えていないのです。この基本発明を基に事業化するにはトランジスタの改良や事業化に必要な技術開発が必要です。若し第 三者に改良技術や事業化に必要な技術の特許を取られるとその特許の排他権の影響を受け事業化を妨げられることがあるのです。
したがって一般的には例えば、私がこのメガネを発明したとします。このメガネと同じメガネを、人が私の許可なく作ったり売ったりすることはできま せん。実施を排斥する権利ですね。 じゃあ、私がこのメガネを作れるのですかというと、そんな保障はされていない。なぜかといいますと、例えばレンズがプ ラスチックで、枠がプラスチックというメガネをわたしが初めて発明したとします。それよりもっと上位概念のメガネの特許はなかったのだろうか?レンズは、 プラスチックの前は何でできていたかというと、ガラスでできていましたよね、一番初めにメガネを発明した人は材料限定しないで特許を取ります。だから枠が 金属であってもいいし、あるいは竹でもいい。材料限定していません。私がプラスチックによるメガネを発明したとしても、それよりも上位の概念の権利があっ たとしたら、その権利の排他権に入っていますから、実施できないのです。事業をするためには、これに影響を与える先行する特許があるかどうか、これを調べ なければいけないのです。上位概念の特許権者も私の特許は実施できません。これが知財財産のもう一つの弱みになります。
この調査もせずに、事業を実施してしまう中小企業の方が結構いらっしゃいます。だから後から問題になったりすることがあるのです。ですから、これ からやろうとする事業の弱みを認識して、事業化前に弱みを解消することが絶対に必要なのです。ですが、皆やりたがらないのです。人の財産を侵害するか調べ てくださいと言っても、やりたがらない。自分の強みをPRするのは皆やりたがりますが。どうやってその先行特許、後願の特許に対して弱みがあるかを認識す るか。さらにこの仕組みをどうやってつくるのが大事なのです。
■ 発明は思想化して特許をとる
実施技術を守るには、自分の発明は思想化し出願して特許をとらないといけない。例えば、断面が丸い鉛筆。これは転がって困るので社長が転がらない 鉛筆を開発しろと言った。開発者が、断面形状からみて転がらないようにしようと、三角形にした。課題を解決できた。三角形が絶対だという。そうかと、特許 の人が、断面三角形の鉛筆で特許取ったとしますよ。同じ開発者が、6ヶ月後に四角にしたらもっと持ちやすかった、四角形が絶対だという。本当ですか?とい いたくなりますよね。これを絶対というと何通りもでてきますよ。この発明の思想ってなんでしょうか、ここを考えることが大事なのです。 多角形を思い浮か べるかもしれない。多角形もいいとこきましたけど、それがすべてですか?楕円はどうですか?角がないけど、転がらないですよね。じゃあ、楕円と多角形で済 むのか? じゃあ、丸の一か所を平らにしたら、これなんて言うのだろう。これくらいのことをいろいろ想定して、全部に共通するのはなんだろうと考える、こ の場合は中心からの距離の違いがあることが共通しています。とすると、思想化して取るということは、こういうものをはじめから全て包含して取るというのが 大事なのです。 これが実施技術の権利の取り方で一番大事なポイントなのです。
■ 特許の延命化
でもこれだけでは十分ではない。例えば、このノーベル賞級の発明を事業化しようとしたとします。例えばトランジスタ。純度を上げるために、どんど ん改良研究したとしても、トランジスタだけでは事業になりません。回路も組まないといけない。こういう基本の発明を事業化しようとすると、まあ10年以上 はゆうにかかってしまう。でもこの特許も20年経つと権利が無くなってしまう。20年後に事業化しても、この基本特許は、事業化に貢献しない。ではどうす ればよいかというと、この技術の延命です。
製薬業界では、特許の5年の延長の制度があるのですが、残念ながら製薬以外では、延長制度がない。ノーベル賞級の発明で、事業化に時間がかかりま したと言っても、延長する制度はなく20年で特許は切れてしまう。事実上、延命策をとらないと、基本的な特許の価値なんて、何も生きない。基本的には、基 本特許をベースにして、事業化に向かっていこうとします。それに必要な技術開発はどんどんなされるわけです。これらを事業化に必要な技術の特許「群」とし て、事実上の延命策をとるという考えが、必要です。
ただ、ここで事業をやる人の立場からすると悩ましいのは、制度的には特許権とは排他権で、自分の排他権の中に他人がいくらでも排他権を造れるとい うことなのです。もし全部自分で開発して特許をとったとしたら、強い会社になれます。 改良技術や関連技術を自分で開発したとしたら、強い会社になれま す。 ところが日本は先願主義です。自社が開発していこうと考えている将来のところの特許を他の誰かににとられたら、これはもう使えないのです。迂回しな いといけない。しかし迂回するということはベストな選択ができないということなのです。将来競争力にも影響します。迂回ができればいいのですけど、迂回が できないようさらに他社に特許をとられたら、完全にブロックされてしまいます。基本特許をとっても、事業化のためには更に特許を取っていく必要があるとい うことなのです。
例えば、大学の先生が発明をして基本特許を出願しました。その発明を論文で発表しました。それを見て、世界中の研究者や事業者が事業化に向けての 研究開発を先にやってしまいます。すると、大学の先生が権利範囲の広い権利を持っていても、事業化しようとしたらもう出来ないということなのです。大学は 事業をしないのだから、広範囲の排他権を一件取って、ここに入ったら全部お金ちょうだいって言えば、お金が入るからいいやって考えるかもしれません。しか し、企業がこの大学の先生からライセンスを受けてその特許を使おうとしても、発明は良いが特許のリスクがあって使えないのです。事業化において、先々必要 な権利をすでに第三者が取っちゃっているため、事業はできないのです。
産学連携などについて私が言いたいのは、先生や大学の知財本部は、基本特許を思想でがっちり取ることです。1 つのやり方で特許をとっていたら、他のやり方で他者に沢山とられてしまう。企業の中でも同じです。画期的な技術を開発し、それを最初に出願するときは、事業戦略との関係で権利化を徹底的に考えることが基本です。
キヤノンでは余り失敗例は出ていませんが、ある画期的な発明が生まれその基本特許をとり、一気に事業化に向けて突っ走っていました。ブルドーザー みたいに。しかし、突然、事業化へのベストモードを他社に先取りされてしまった。1週間違いの出願でした。そのとき相手は事業をやっていないのです。これ を解決するのに相当頭を悩ませました。実際、解決しましたけどね。そういう怖さがあるのです。
ですから、大学で長い間かけてインキュベーションをやっていたら、その間に全部人に妨害されてしまう。大学は企業と早めに連携して、知財戦略は企 業に任せてもらわないと、安心して事業できないのです。こうなってしまうのは特許制度に依存するのです。もし特許制度が、基本特許の発明者は、その特許の 権利の範囲に入ってくる後発の特許権を自由に使えるようになっていれば楽です。独占実施権です。そうすれば、安心して事業ができます。残念ながらそうなっ ていないのです。これが事業をやるときのポイントになります。
■ 代替技術から守る
代替技術から実施技術を守ることもあります。例えば鉛筆。断面形状を変えて転がらない鉛筆の特許はこれしかないという思想化した特許を取ったとし ます。そしたら、ライバル会社の社長はどう考えるでしょうか。じゃあ断面は丸で、転がらない鉛筆を開発しようと動くでしょう。どうしたらいいのでしょう か。実際にやったのは、鉛筆の端に消しゴムを付けました。転がらないですよね。消しゴム自体は実用的ですが。あるいは鉛筆の断面上で上下の比重を変えても 転がらないです。代替技術でありベスト技術じゃないですが、ライバル会社の生産力や販売力が強ければ勝ってしまうかもしれません。ですから、技術がいいか ら事業が成功するとは限らない、総合力で事業は勝負が決まるのです。他社の代替技術を防ぐには、実施技術の権利だけでは無理です。代替技術を何種類か体系 化して権利化する必要があります。さらに思想で取るようなことを考えていかないといけない。
もう一つの参入障壁の作り方は、事業サイクル全体をみて考える方法です。事業サイクルには研究、開発、生産、販売、サービスなどが含まれます。研 究・開発・生産・販売は同業他社も同様のことをやっていますから、どんな特許をとっても同業には影響を与えることになります。一番問題なのは、サービスで す。サービスになると、同業は同じことをやるかもしれませんが、同業以外のとこも入ってきてしまいます。
■ 部品の特許の考え方
装置メーカーが最終製品に適合した部品に関し、部品と装置との結合を条件とした特許をとったとしても、その特許では部品自身には権利行使ができな いのです。装置に適合させたということで、「部品が新しい特許である」と主張しても、直接侵害でないので弱い。他社に部品サービスで参入されてしまう。そ の部品そのものの特許をとらなくてはだめなのです。やはり、それなりに技術的に意味がある開発を行い、部品の権利を取らないといけないのです。ある意味コ ストアップしてでも知財を守るということをやらないと、結果的に事業参入を許してしまい、利益はなくなってしまうのです。部品が消耗品で利益率が良い場合 は、多くの会社が狙っており、そこを全部第三者に取られたら、装置メーカーはおそらく利益がなくなってしまう。その部品について、思想化できるような強い 知財をとる必要があるのです。
事業の競争の骨格となるキー技術に関して、その特許を侵害してきたら、これはライセンスではなく訴訟をやっても止めなくてはいけない。もちろん訴訟をしなければならないといっているのではなく、話し合いで止めるのが良いと思います。
一方で自社の最終製品向けに部品をつくる場合は、狭い範囲しかカバーしなくても強い権利をもつ特許を取る必要があります。いつも思想というわけではないのです。目的に応じて、狭いが強く、意味がある訴訟に耐える特許をとる必要もあるのです。
最初に発明した時に参入形態を予想して、それにあわせた権利を取らなくてはいけない。同じ発明でも目的別に権利の取り方を変えていかなければなら ない。これが私の言っている守りの権利です。守りというのは、事業を守るということです。これは大事なのです。黙っていても、どこの会社も自社開発してい る技術を守ろうとしていますが、意識的に目的に応じた守りの権利をとることが重要です。
■ 特許の弱みの解消
自社事業の特許の弱みはどのように解消したらよいでしょうか。先ほど事業には特許の強み・弱みがあると言いました。弱みを解消しないで事業をやっ たら、事業は成功しません。弱みを解消するには何を使ったらよいでしょうか。お金で解決する場合もありますけど、全部ライセンスを受けてロイヤリティを 払っていたら、事業競争力がなくなってしまいます。大体、知的財産のライセンスを社外から受けるという前提で事業戦略を立てるのはそもそも間違っていま す。先方にNoと言われたらどうするのでしょうか。ですので、Noと言われても、その相手の権利を使えるようにするというのが大事なのです。単純ライセン スではもらえないけど、「強制的にもらえる」という戦略をとるのが大事です。それはどうやってやるのがいいかというと、相手の弱みを掴んで、攻めるしかあ りません。そのために必要なものは何か。攻めの特許が必要です。
攻めの特許というのは攻めて弱みを解消する特許です。あまりピンとこないかもしれませんので、以下の例で説明しましょう。
A社、B社、C社という同業の会社があるとします。A社はどの技術で勝とうとしているかというと、A1・A2・A3というコア技術をプリンター製 品の中に入れて、競争に勝とうとしています。中に使われている技術あるいは機能で勝とうとしています。でも、これだけでは装置は動かないから、いろんな部 品や材料を買ってきて、加工などを行い組み合わせている。同様にB社もB1・B2というコア技術、C社もC1・C2というコア技術を持っているとします。 各社ともコア技術を競争力の源泉として持っている。各社のコア技術を互いにライセンスし合うと、同業他社の間で競争力の差がなくなってしまいます。このコ ア技術については、ライセンスしない守りの技術です。
一方、コア技術の周辺領域において、例えば部品を結合して機能を生む技術などの特許は一杯取れるものです。まずB社の特許はP(B1)・ P(B2)・P(B3)としましょう。これは事業の拠り所となる守りの特許です。そして周辺特許を「p」とします。これは何件もとれます。B社の周辺特許 をp(B1)~p(Bn)とします。C社の周辺特許をp(C1)~p(Cy)とします。この周辺特許は、業界内では各社とも傾向が似ていて、お互いに使っ ているような、あるいはお互いに使いたい特許です。各社の事業の競争力には決定的な役割を果たさない特許です。オープンにしても問題のない種類の特許なの です。これを攻めの特許として使うのが一番良いのです。そうすると、同業に勝つには、どうしたらいいか。基本的には攻めの特許を多く取った方が強いことに なります。
例えば、B社の事業は規模が大きく、攻めの特許を100件持ったとします。一方、C社の攻めの特許数は10件だとします。100件対10件の場合、B社とC社で話し合いをしたら、100件を持っているB社のほうが絶対強いです。
しかし、B社は訴訟をするのでしょうか。その際には保有している特許100件を一度に全部訴訟に使わないです。多くても10件程度を使用するだけ です。訴訟で解決しようとすると10対10になってしまうのです。100件もっているB社の優位性がなくなってしまう。ですから大きな事業をしているB社 としては、訴訟は戦略に入らないのです。訴訟をやったら損をしてしまいます。そこで、交渉で100対10の優位性を利用して自社の弱みを解決しようとしま す。お互いに使うが事業競争力に関係ない特許はクロスライセンスで解決するのが基本です。差の補填は別に代償を求めることができます。
■ 他社のコア技術とのクロスライセンス
A社は自社では現在使っていない特許P(B1)・P(B2)を持っているとしましょう。一方、B社とC社がP(A1)・P(A1)というA社の競 争力の拠り所となるコア技術に関する特許を持っているとしましょう。これらの情報はオープンになっていますから、相手の特許ポートフォリオを検討すればわ かります。A社の戦略としては、他社が所有する自社のコア技術に関係する特許を最低限解決しなければ事業化はできない。どうやって解決するか。基本的に は、B社とのクロスライセンスにおいて、A社は数多くの周辺特許を利用し、B社の特許の中に使用したいP(A1)・P(A2)も含めさせていくという交渉 を行なうことになります。ただし、A社としては、B社にP(A1)・P(A1)が欲しいと言ってしまっては、交渉としては失敗なので、欲しいと言わないで どうやって交渉の中にP(A1)・P(A1)を含めていくかが交渉力となります。
すごく安易にできるチャンスとしてはこのようなものもあります。B社がP(B1)・P(B2)の特許を実施した商品をオープンにした場合。B社の 新製品を買ってきて分解したら、A社の所有する特許P(B1)・P(B2)を侵害していたことが分かった。このようなケースの場合は容易です。そうなると B社に警告を出します。B社は先手で市場に出して優位に立とうとしたが、弱点をあらわにしてしまった。B社としてはこうなってしまうと引くに引けません。 そうするとどうするかというと、A社はA社が使っていない相手のキー技術をカバーする特許P(B1)・P(B2)を使うことで、B社の特許を全部手に入れ ることができるのです。自分の弱みを解消するだけでなく、相手の競争力に大事な特許まで、持ってくることができる。これが一番効率のいいクロスライセンス 戦略です。
■ 戦略的クロスライセンスにより事業化前に弱みを解消する
事業化前に弱みを解消するということは、普通やりたがらないのですが、これが最も大事なことなのです。弱みの解消のためにA社、B社、C社で所有 する特許全部でクロスしましょうという「なあなあのクロス」をやれば解決します。非常に楽なのですが、お互いに競争力がなくなってしまう。日本のマーケッ トだけならクロスした企業は有利かもしれないが、外国へ事業展開しようすると、途端に競争力がなくなります。自分が勝てるだけの技術開発力、特許がなく なってしまう。
私の理解では、日本の或る業界の会社は、以前は「デパート」的だったのです。品揃え全部やらなくてはならない。自分が優位でなくても、同業が商品 を出していたら各社も商品を出していた。弱みを100%持っている商品でも事業化してしまう。すると強みのある事業をしていたとしても、他の弱い商品でク ロスライセンスをしてしまうので、会社全体として競争力が弱まってしまうのです。
このような「なあなあのクロス」でなくて、私が申し上げたのは「戦略的クロスライセンス」です。強みになっている、コア技術の特許は絶対にライセンスに出さないという前提で弱みの解決を考えます。
弱みは何で解消するかといったら、事業にそれほど影響のない周辺特許である攻めの特許で解消するのです。ただ、全部理想どおりは行かないので、時 には自社のコア技術を一部放出することもあります。これは相手との力関係で起こるわけです。理想形はコア技術の特許を全部温存して、解決できれば一番いい のです。
知財の活動だけではなくて、事業のタイミングにも相当影響します。事業戦略上タイミングよく出せるように、その事業化前に解消しなければならな い。戦略は長期的にやらなければならないし、事業戦略を立てる初期から、強み、弱みを認識することが重要です。事業戦略を立てたときの強み、弱みを認識し て、事業に勝つための条件をはっきりさせるということが必要となります。
知財の立場としては、知財の強み、弱みが何で、それをどうやっていつまでに強みを増し弱みを解消するかというのを明確にして、戦略を立てなければ なりません。これは事業部門だけではできないので、知財と研究開発と三位一体でやらなければならない。お互いに情報を共有して行なうことです。
研究開発の人はどうするか。役割としては事業競争力に絶えず目を向けた研究開発をするということです。もちろん、新規事業という大きな会社の事業 戦略に向けた研究開発もあると思いますが、基本的にはその会社の基幹技術というか、その会社を支えている、ベースになっている技術、そういったものをまと めて常時競争力を高めるような研究開発が必要だと思います。あとは特定の事業戦略にあうように、どの技術で勝つのだ、ということを決めてその技術を強くし ようということと同時に知的財産上で守りの権利と、あるいは事業としての弱みを解消する攻めの特許を取る戦略をとらなければなりません。
■ 攻めの特許をいかにとるか
では攻めの特許とはどのようにして取るかというと、ひとつは事業の先読み、これは商品のトレンドです。技術の先読み、技術のトレンド。これから相当、攻めの特許が取れます。
例えばフィルムカメラからデジカメになるのは相当前から予想していました。将来、デジカメになったらどうなるか。フィルムカメラとデジカメとが本 質的にどう変わるのか。フィルムカメラの知的財産が、デジカメでも使えるのではないか。あるいはフィルムカメラの必須の技術が、デジカメになったらどう変 化するのか。この辺は読もうと思ったら読めるのです。事業はまだやっていなくてもそういうトレンドからみて、結構技術を予測し、その開発で特許がとれるのです。
更に自社で使わなくても、他社が使っている技術を押さえればよいのです。相手の会社の技術動向をつかんで、その先読みをして取ってしまう手もあ る。これが一番効率いいです。先ほどお話しましたが、相手の戦略上か、たまたま偶然かはわかりませんが、向こうは使っていないのにこちらが使っている技術 の先をとられるというのはショックです。そういうのを相手から攻撃を受ける前にどうやって解消するかという、自分の弱みを解消するタイミングを考えなけれ ばならないが、何れにしても、相手を攻める特許を取るというのは弱みを解消するのに最高なのです。
また同業ですと、同じような機能を持たせたいということで、結構共通で使っている特許があります。そのような特許でいちいち訴訟をしていたら百年 戦争です。お互いに攻めあいできるし、件数も多いですから、だいたいA社とB社が争えばC社が得する、といったことにもなります。A社とB社はそういった 争いはしないものです。協調と競争の精神が非常に大事です。
■ 国際マーケットにおける事業競争力
日本の企業が国際マーケットで競争力を持つためには、協調と競争が大事だと思います。どこで協調するかといえば、お互いに使わなければならない事 業競争力にあまり関係ない部分は協調することです。ここはクロスで解決しましょうと。競争はどこでするかといえば、キー技術の部分。これが理想だと思います。
もうひとつは標準化。国際標準をつくるのに、やはり日本では協調すべきだと思う。日本のメーカー同士で標準を争って、国際マーケットで負けたら何 もならない。今、研究開発と事業と標準化のかかわりで一番大事なのは、WTOに加入した国では、TBT協定(貿易の技術的障害に関する協定 Agreement on Technical Barriers to Trade)にサインすることが義務付けられています。
TBT協定は国際標準優先の協定です。国際標準はデファクト標準、グループ標準、国家標準に優先するのです。現在、日本、韓国、中国等のアジアの 諸国、米国、欧州の多くの国がWTOに加入してTBT協定を調印しております。グローバルに技術的障害なく事業展開するには実施技術の国際標準を取ること が極めて重要です。
国際標準のものが入ってきたらブロックできない。むしろ、国際標準に合わせなさい、というのが基本的な考えです。国際標準があったらそれに反する 標準を作ってはいけない。できつつあったら、国際標準にあわせなさい、という、国際標準優先の義務を負っている。国際標準に従わなくて良いというのは特定 の条件で、国防上の問題等となっています。
これは先進国が考えた、言うなれば貿易障壁をなくすための仕組みで、非常に良い仕組みだとは思います。
従来は標準化技術を採用しても競争力のある自社技術の開発で商品の競争力を得ることができました。標準技術はできたら使用すれば良いと思っている方が多かったと思います。
そういう習慣に慣れている日本の企業の経営者は、現在の標準化活動の怖さを実感していないように思います。国際標準化には社会基盤の確立に関する ものもありますが、一方企業の国際競争力を増すために国家戦略として、企業戦略としての国際標準化活動が活発に行われているのです。
国際標準化の狙いは自社(グループ)技術による市場(パイ)の獲得です。自社の競争力の源泉となる技術と異なる他社(グループ)の技術が国際標準化されたら国際事業競争力を失います。
私が一番危惧しているのは、技術の標準ではなくて、「もの」の標準です。もしそのような標準ができたら、日本の競争力は全くなくなります。
「もの」の標準というのは例えばデジカメ自体の標準です。現在はデジカメでも、標準化技術をたくさん使っています。例えば、画像技術の標準技術、 画像転送上の標準技術も使っています。ただし、どの技術を使え、という制約はないです。デジカメの中のセンサーやメモリなどに標準技術はあっても、商品に おいて「どれを使いなさい」という標準はないのです。だから、ファイルフォーマットは共通のものを使用していますが、各社独自に必要な標準技術を採用し、独自に自分の技術を付加して競争力を保っているのが現状です。
ところが、もしデジカメの必要な部分を、ユーザーの利便性と称して、メモリはこれ使いなさい、センサーはこれ使いなさい、レンズマウントはこうい うマウントにしなさい、というように、「もの」、デジカメの標準化がされてしまったら、一時、技術進歩がなくなってしまいます。ただユーザーは便利でしょ うね。もし「ユーザーの利便性のため」という大義名分のもと、これをやられたらもう日本の競争力はなくなります。
標準にした以上、標準の実施に必須の特許はオープンにしなければならない。ですからお金さえ払えば、誰でも技術を使えます。お金を払っても安く 作って安く売るところが勝ちます。そういう事態が予想されますがそれに対抗するためにも日本企業の競争力を維持できる国際標準の獲得が重要になるのです。
(次号に続く)
丸島 儀一
・所属・役職
キヤノン株式会社顧問、金沢工業大学大学院知的創造システム専攻 教授、
東京理科大学専門職大学院客員教授、早稲田大学ビジネススクール 非常勤講師
・専門分野
弁理士、知的財産戦略
・略歴
早稲田大学卒業後、キヤノンカメラ(現キヤノン)入社、弁理士登録、特許部長、
特許法務本部長、製品法務委員会委員長、役員時代には新規事業推進本部長、
研究開発、国際標準も担当、専務取締役を経て、2000年から同社顧問。
政府の知財改革関連審議会、委員会委員、各種団体の知的財産関連の要職や委員
を歴任している。
・著書・訳書など
『キヤノン特許部隊』丸島儀一著、光文社
『知財、この人にきく (Vol.1)』丸島儀一著、発明協会
『知財立国への道』内閣官房知的財産戦略推進事務局編、共著、ぎょうせい