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「早期退職」の嵐の中で、仕事や会社の意味を考える

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■現代の雇用と生活の不安

今週の日経ビジネス(2012.6.18)の特集は「早期退職の経済学 ―もし今、辞めたらどうなる?」である。グローバル市場での競争で苦戦している総合電機や半導体はじめ、国内の市場縮小に悩む小売・サービス業などでも、経営の失敗などで大がかりなリストラが再燃している。新聞の朝刊を見て、「決してひとごとではない」と暗い気持ちになってしまうことも多い。

今、先進国の日本にとって、国内雇用を維持、拡大させることは並大抵なことではない。年金の支給開始年齢が65歳になり、働かなければならない時間はかつてより延長された。負担しなければならない税金、社会保険費用も確実に増加する。1981年「ジャパン アズ ナンバーワン」と言われたころ、大学のゼミの先生にすすめられて読んだR.C.イェーガーの「ルージング・イット ―アメリカ中流階級の没落」という本が思い出される。「日本は今は成長していますが、君たちが40代になるころには今の米国の様になって、親の世代のように豊かになれない時代になっているかもしれないので、自分自身の価値観、人生をよく考えるように」と先生はおっしゃった。そのことが今、自分達の現実になっている。

そんな中、今週の日経ビジネスでは「早期退職制」を積極的に進める企業が多くなっていることが報道されている。記事では、早期退職で会社からもらうであろう賃金がどれぐらい減るのか、転職でどのぐらいの収入が得られるのか。退職後の選択肢として転職、起業、アーリーリタイヤなどどのような選択肢があるのかなどが、リアルな事例を交えて説明してある。一見夢の様な独立起業も5割が1年以内に廃業していることや、田舎暮らしも実際は体力の問題、地域のしがらみの問題で楽ではないこと、アジアの途上国での生活も月に25万円くらいの生活費がかかり、決してコストが低くないことなどが書かれてある。人にもよるが40代後半以上の私たちの世代が読んでいると、「今でも過労死しそうなくらい働いているのに、将来はそんなものなのか」と絶望感を感じてしまう。タイトルを見ただけで「中を読みたくない」と感じる人もいるだろう。今の日本は、学歴、会社、地位を問わず、誰しもが将来に不安を抱く時代である。

■雇用や生活の不安はいったいどこから来るのか

このような雇用や生活の不安はどこからくるのであろうか。よく考えてみると、中国やアジアの発展途上国と比べて日本はまだまだ豊かである。だれもが病気になっても病院にかかることができる健康保険制度をはじめ、失業保険や生活保護制度などの支援策もあり、デフレでかつてより物価もかなり低くなっているなど、周りの国と比べてみても、日本ほど安心な国はない。

しかしなぜこれほどまで不安な気持ちになるのか。それは私たちの心の中にある「既得権益」のようなものが原因になっていると思われる。「既得権益」とは以下の様なものである。

  • 会社に入れば給与は上がり続け、老後は少しはリッチに暮らせるはずだ
  • 会社は多少業績が悪くても「退職金」や「年金」を払ってくれるはずだ
  • 良い大学を出ていれば転職先もそう難しくなくあるはずだ
  • 会社に言われたとおり仕事をしていればそうそう失敗しないはずだ
  • 業界NO.1企業だから優秀な人材もそろっているし、そう簡単に倒産しないはずだ
  • 新たなことなど無理して勉強しなくても「会社の仕事」をしていればそれでうまくいくはずだ
  • 国や自治体の制度はそう簡単に変わらない、変えてはならない

戦前から現在のような制度、仕組みが日本にあったわけではない。戦後日本が、人口の90%以上とも言われた中流階層中心の格差のない社会構造を保ちつつ、経済、社会の驚異的な高度成長を遂げてきた中で、私たちの先輩達が構築したものである。それが知らぬ間に我々の世代では「既得権益化」してしまっているのだ。今の雇用や生活の不安とは、この先輩達が築き上げた「既得権益」が徐々に無くなっていくことに対する不安である。アジアの発展途上の国の人々に比べたら豊かで安心して暮らせる恵まれた環境にありながらも、不安を抱き、ひいては積極さ、行動力が低下してしまうのは、大変情けないことである。

■先ず「個人」が強くなければならない

「既得権益意識」から来る不安を払拭するには、まず「個人」を強くする必要がある。個人を強くするために、3つの観点で我々自身の発想、考え方を変えていかなければならない。

まず一つめは「会社に過度に依存する意識を断ち切ること」である。会社や仲間を愛することはとても大事であるが、その愛する対象に自分の人生のすべてを委ねてしまい、依存することは良くない。いつどの様なことがあっても、自立できるように、知識、スキルを磨き、人間関係を構築しておくべきである。たとえそれらが十分でなくとも自立する覚悟はしておくべきである。常に一個人として会社や組織と良好な関係を持つことが大事である。

二つめは「経済的成功、社会的地位の成功だけに固執しない」ことである。近年、市場経済的な価値観があまりにも行き過ぎ「金持ち父さん、貧乏父さん」などといった悪しき発想が世界中に広まった。人を金銭獲得の大きさだけで「勝ち組」「負け組」と短絡的に分類し、「勝ち組」「セレブ」を誇る愚かな著名人も世の中に氾濫した。昔も今もお金はあの世には持っていけない。人はそのひと個人のやりたいことの実現や、他の人や社会、自然に対する貢献など、金銭獲得よりも大切な価値の追求対象は多く存在している。自分自身と他者、社会に対して自分ができることは何かを考えれば、可能性はいくらでもある。

三つめは「質素な暮らしをすること」であろう。物質的な豊かさには限界があるし、自然環境にも良くない。むしろ重要な人間の精神文化を破壊する恐れもある。その点日本には伝統的に「清貧」の思想とライフスタイルがある。今こそ日本古来の「清貧の思想」を大切にし、精神的な満足やその美意識を高めたいものである。中野孝次氏は「清貧の生きかた」(筑摩書房)で「『清貧の思想』は単なる貧乏礼賛とか貧乏へのすすめではない。『清貧』とは自由で豊かな内面生活をするために、あえて選んだシンプル・ライフのことである。ものや金への執着と関心が強ければ強いほど内面生活の豊かさは失われる。だから生活は能うかぎり簡素単純にして、心の世界を贅沢にしようではないかと主張しているのだ」と述べている。世界に誇るべき思想と言える。

■そして企業組織も個人が主体になって変革しなければならない

過去の「既得権益意識」を脱し、積極性、明るさを取り戻すためには、個人だけでなく企業組織もまた変革が必要である。

しかしここで注意しなければならないのは、「企業組織」とはそれに参加している「我々」が主体者であるということである。世の中には「会社の方針だから仕方がない」という言い方をされる場合があるが、それはそもそもおかしな話である。「会社」とはいったい何を指すのか。それは取締役以上の役員を指すのか、それとも管理職以上なのか。それとも株主なのか。「会社」とは、それら特定のどれかひとつというのではなく、その経営、運営に参画する人すべてである。したがって社員も「会社」に対して権利と責任があるのだ。このような認識を確認した上で、「既得権益意識」を変革するための会社組織変革の視点を三つ示したい。

一つめは、会社のインセンティブを「地位と賃金」などの経済的なものだけに偏らせずに「働く意味」を説くことである。昨今「管理職になりたくない人が多い」ということをよく聞くが、組合員のままでいた方が管理職になるより残業代などで収入が多く、仕事の責任も軽いためである。なぜこのようなことが起こるのか。それは、企業や組織が働く魅力を示すことができず、「賃金」だけが強調されているためであろう。「地位と賃金」だけでなく、働くことのすばらしさ、楽しさなどの「意味」を考え、開発し提示していかなければならない。「働く意味」は、経済的なもの以外に、会社の中での人と人の助け合いや、仕事を通じての人としての成長、知識スキルの向上、社会や組織との関わり合いの中で得られる心理的な満足、お客様の経済的価値以上の満足、安心、喜びなどである。企業で働くことにはそのようなたくさんの目には見えにくい「価値」があるのだ。

二つめは、成熟した日本企業は売上などの企業規模を追うのではなく、製品やサービスに単純な経済的価値を超えた「意味的付加価値」を創造することである。いわゆる「ブランド化」である。意味的価値とは具体的に、製品サービスの歴史、伝統、企業哲学などの「心理的な価値」、デザインなどの「情緒的価値」、「環境配慮」「社会貢献」などの社会的価値などがある。機能と価格だけでは、企業はいつか疲弊して崩壊してしまうであろう。企業が「意味的付加価値」を追求するには、社員自身が製品やサービスを通じて「意味」を感じ、創造できる人や組織でなければならない。

三つめは、二つめと重なるところが多いが、会社の規模拡大を狙わず、環境変化に対して柔軟で機動的な適正サイズに留めておき、企業のコア・コンピタンスを絞り込み、磨くことである。コア・コンピタンスを強化し、世界トップレベルにしておけば、必然的に連携する企業、組織も多くなり、企業規模に依存しない企業形態をつくることができる。現代のような情報ネットワークが進んだ時代には、それが可能である。それと反対に、いくら大きな企業に所属する個人や組織でも、弱い「個」は淘汰される危険もある。現代では、規模で安定することが長期的にみれば不安定につながり、強みを絞り込み集中することがかえって安定に繋がる。話が横にそれるが、多角化された状況でM&Aやグループ企業の統合などで規模を大きくするのは極めてナンセンスで、むしろ組織の遠心力を強め、スピンアウトさせ、専門性と機動力を上げるべきである。

■「個人」と「会社や組織」の関係の変革が必要

これまで述べた通り、我々の先輩が築いた基盤に依存する「既得権益意識」を脱し、自らが積極的に組織や企業、社会に働きかけていくためには、「個人」と「会社や組織」の相互変革が必要である。そのためには「個人」と「会社や組織」の関係そのものを原点に戻って認識しなおしておく必要がある。

それはつまり「会社や組織」とは我々主体性をもつ様々な「個人」で成り立っており、また「個人」は「会社や組織」から影響を受ける相互関係にあるということである。

組織という「何者か」が個人に命令、指示を下し、そこに仕事が発生するという主従、命令実行の関係ではなく、組織とは、自立した個人や組織が相互に関係しながら、組織全体の方向付けを行っていく個と個の相対的、相互の関係であるべきである。主従、命令実行型の組織パラダイムから、個と個の相対、相互の関係のパラダイムに変換することは容易なことではないが、今の日本の閉塞感を打ち破る一つの光と言える。

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