グローバルで通用する力のある事業は組織よりスピンアウトせよ②
前回(2012年4月11日)のコラムでは、MBO(マネジメント・バイアウト)の手法の紹介とそのベネフィットについて紹介いたしました。ご購読いただいている製造業の方からはたくさんのご意見をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
多くの方がMBOの有用性について大きく賛同してくださっていますが、一方で「本当に上手くいくのか?」「リスクもいろいろあるのではないか?」「具体的にはどう進めるのか?」ということについてのコメントをいただきました。
今回は、MBO活用の具体的な流れと各ステップにおける留意点を紹介します。
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MBOを支援するバイアウト・ファンドは、投資してからリターンの回収までをおおおよそ5年程度と設定しているケースが多い。5年程度経つと、株式公開や他社への株式売却などにより回収を行うものである。MBOを行うには、5年先の出口戦略を見据えてシナリオを構想する必要がある。
MBOまでの流れとしては下記のようになる(図1)。
ステップ1.バイアウトによるビジョン・事業戦略・組織戦略の検討
当然のことであるが、バイアウトは単なる手段である。バイアウトを考える前に、そもそもバイアウトして自立することによってどのような事業を目指すのか、 どのような戦略で事業を行うのか、そしてどのような組織をつくるべきか、などを構想しておく必要がある。バイアウトして自立しなかったら自分たちの事業は どうなるのかということも、改めて客観的に検討してみる。両者を比較して、バイアウトして自立したほうよいかどうかを検証する。
MBOでは、バイアウト・ファンドと資本提携を結ぶことになる。その際、自社だけのメリットではなく、バイアウト・ファンド側にとってのメリットも検討す る。バイアウト・ファンドは、投資先からリターンを得ようとする目的がもちろんベースであるが、さらに一歩進んで投資先をテコにして、同業界の他の企業に 対してM&Aをしかけてリターンを大きくしたいという動機がある。業界再編といったレベルのM&Aをしかけるということまで考えられる。 このようなバイアウト・ファンド側の動機もくみ取った上で、自社としてはどのようなアライアンス・M&A戦略があるのかを検討するのがよい。
ビジョン・戦略・ビジネスモデルの構想は親会社などのしがらみから離れてゼロベースで構築することになるので、戦略・ビジネスモデルを実現するための組織 設計は、ハード面とソフト面とも既存組織とは異なる可能性が高い。どのようなシナリオで変革を行うのかも想定しておく必要がある。そのうえで、自立から5 年程度の展開シナリオ、さらにその先の中長期シナリオを想定する。
ステップ2.バイアウト・ファンドへの打診・交渉・機密保持契約
戦略検討ができたら、パートナーとなるバイアウト・ファンドに打診することになる。バイアウト・ファンドにも様々あるので、複数のファンドに打診を行い比較検討するのがよい。
ファンドの基本的な目的は投資リターンを大きくすることである。手早く回収するために、投資案件を短期で他の買い手に回して儲けようとするファンドもあ る。そのようなファンドとしては回収を早く行えるほどよいので、右から左に株式を売却して利ざやを抜こうとして、自社にとっては悪くするとたらい回しに なってしまう。
このようなリスクを避けるためにはファンドの過去の実績を吟味するとよい。契約後に急に態度をかえて無理な要求をしてきたり、経営者をすぐに入れ替えよう としたりするなどの評判を、業界関係者へのヒアリングなどで調査するとよい。企業とファンドで一緒に考えるスタンスでやってきているかなどを調査すること は重要である。
自信のあるファンドは自社のWEBで過去の実績を紹介している。確かな取り組みをしてきたことを公表しプロモーションも兼ねている。悪い評判が立つと新規 投資案件を開拓できなくなるので、良心的なバイアウト・ファンドは短期での右から左の株式売却はできないものである。過去の実績をきちんと公表しているか どうかをチェックすることが重要である。
現状認識や大まかな戦略に関してファンドのスタッフと十分な議論を重ね、方向性が合いそうならば、詳細な検討を行うために機密保持契約を結ぶ。
ステップ3.MBO検討チームの立ち上げと詳細検討
機密保持契約を締結後は、自社側とファンド側からメンバーを出してデューデリジェンスを行い、戦略を具体的に検討するためのチームを立ち上げる。この デューデリジェンスは事業や財務会計、技術、法務などについて行い、ファンドが買収するにあたっての対象事業の資産やリスクなどを分析し、さらに、売却す る側にとってのリスクなどを分析し精査する。
資本提携後に重大なマイナス事項が判明するようなことがあると信頼関係を大きく失うことになる。戦略検討を通じて、資本提携後に同じ理念・ビジョンのもと で「一体感」を醸成できそうかどうかもよく検討する。MBOで「経営の自由度を手に入れた」と考える経営者と、「資金を提供したのだから、経営者にはモノ を言う」と意気込むファンドでは、仲たがいする要素は常に横たわっている。
ステップ4.資金調達、そして契約締結
自社とファンドとで検討した戦略に基づき金融機関から資金を調達することになる。バイアウト向けの借り入れは、リスクが高い分だけ金利も高い。バイアウトの実行後は、余剰資金は優先的に借入の返済にあてられる。
金融機関とも合意できたら、自社とバイアウト・ファンドと金融機関の間で契約を締結する。この締結に至るまでは、3者間で繰り返し議論してすりあわせるこ とが必要となる。最終的な合意形成においてなんといっても重要なのは、銀行も含めた関係者の全員が共通のビジョンを持つことであり、「なんとしても事業を 成功させよう!」という意識を持つことである。それがないと、関係者はそれぞれの利害を主張して衝突し、提携関係は一気に崩壊することになる。
契約では親会社からの出資比率を下げることになるが、親会社などの株主と交渉し、グループから円満に離脱することが望ましい。自立したといっても親会社とは同じ業界である可能性があるからである。ビジネス実行の上でなにかしら連携することもある可能性が高いものである。
また親会社の出資比率を少し残しておくのもよい。完全に独立するのではなく、20%以下でいいので、出資してもらっておき親会社のコーポレートブランドを 使えるようにしておく。例えば、事業で取り扱っている商品のブランド名が弱く、コーポレートブランドが強いために商品が売れていた場合である。その場合 は、親会社との資本関係がなくなり、コーポレートブランドが使えなくなると商品が売れなくなってしまう。一方でカテゴリーブランドとして強力なブランドが 構築されている場合には、親会社からの完全独立のリスクも低下する。
契約においては、不慮の事態に備え、契約書を綿密に作成することも大切である。ファンドとしてはファンド回収において、1円でも高く他の株主に売りたい が、自社としては招かれざる株主に売却してもらっては困る。そのような事態を想定して、「株式の売却には自社の経営陣の了承が必要」と契約に盛り込んでく ことが重要である。
ステップ5.戦略実行
戦略実行の当初に行うべきは、顧客をはじめとする利害関係者への十分な説明と理解を得ることである。組織が自立することによって顧客は不安になる。例え ば、大企業なので安心して取引していたという顧客もいる。大企業なら工場が止まってもすぐに立て直せるだろうし、最後は補償もあるだろうと安心している顧 客もいる。MBOは少ない資本を元手に借入金を膨らませて買い取るため、独立当初はどうしても財務リスクが高まってしまう。これを顕在化させないために は、まず安定収益が見込める顧客基盤を守ることが必須である。
利害関係者のコミュニケーションを十分に行った上で、商品開発や営業活動、組織変革、業務改善などを行い、キャッシュフローを創出していくことになる。
ステップ6.ファンド回収
先に述べたようにバイアウト・ファンドの投資資金の回収は5年程度が平均的である。その以前に売却する場合は株主が変わることを意味しており、売られる自 社としては株主が変わるために不安要素も多くなる。もしかしたら株主の判断により新しい経営者が送り込まれて、現状の経営陣は解雇されてしまうことも考え られる。しかし、業績を出していればすぐに解雇はしないものである。無理に経営者を交代させるとファンドの評判も下がってしまうからである。
以上、バイアウトを活用した自立の概要を説明してきた。ただ実際にはMBOをしなくてもバイアウト・ファンドをうまく活用するという手もある。自社の事業 について社外のファンドに客観的に評価してもらい、その結果をもって親会社と交渉するというものである。客観的な評価がよければ、親会社も評価を改めて事 業成長のための資金提供や組織体制などを見直すこともできる。
MBOはある種「劇薬」であるが、その処方をうまく行うことで、大きな組織の中で身動きがとれずに悩んでいる慢性症状を治療できる可能性もある。