中国・紹興からみた東日本大震災
私たち日本人だけでなく、海外からも日本の行方が注目されている。
人や企業のネットワークを基盤として、モノが淀みなく流れてサプライチェーンを形成し、
収益を世界中に行き渡らせるグローバル経済。
しかし震災後にわかったのは、必ずしも情報が正しく伝わっているとは限らないこと。
外部の目は、どのように私たちをとらえているのか。
日本企業も多数進出している中国・紹興市の、袍江経済開発区の朱海紅局長に話を聞いた。
―3月11日に、日本の三陸沖を中心に東日本大震災が発生しました。中国ではどのように受け止められていますか。
まずは日本の、特に東北地方はじめ各地の被災地の皆様に心からお見舞い申し上げます。またお亡くなりになった方も大勢いらっしゃるとのことで、謹んでお悔やみ申し上げます。
中国でもテレビなどで津波の映像が放映されました。以前見た映画のシーンのようで、まるで現実とは思えませんでした。画面を通じてさえ恐ろしい思いをしました。現地の方はなおさらのことと思います。
私の紹興市は、伝統的に日本と深い友好関係にあります。日本の今の平成という元号も、紹興に4000年前に存在した王の言葉に由来するもので、中国でも有数の日本と関係の深い地域です。今でも日本人観光客が紹興にたくさん来てくれます。日本企業関係者も多く、そういう意味でも紹興市の人々はとても心配しています。民間団体による募金活動も行われています。
普段の生活でもいろいろ影響があります。たとえば一般の人々の生活でも、日本製品が輸入されなくなるのではないかという心配から、日常生活に必要な日本製品がスーパーからなくなってしまうということもあったと聞いています。たとえば乳児用の粉ミルクなど、もともと日本製品が安心・安全として大変人気がありました。買い置きしておいて将来に備えているとのことです。
またこちらの子供たちも日本のことを大変心配しています。子供たちは、以前の四川大地震のときに日本が救援隊を送って支援してくれたことをよく覚えていて、今回は中国が日本を助ける番だと思っています。東京などでの飲料水の問題では特に子供に影響があるということが、学校などで話題になっているようです。
インターネットでもたくさんの情報が飛び交っています。ユーザーが自由に書き込める掲示板でも、日本への応援メッセージが頻繁に書き込まれています。なかには理性的でない人から心無いコメントが書かれることもありますが、すぐに他のユーザーからの批判にあいます。たしかに一部には日本への批判層というのは存在しますが、天災を前にして人の命の尊さという人間の感情を持てないような人はどこの国でも受け入れられませんね。
中国と日本は経済的には強くつながっているものの政治的には問題もあるというのが一般によく言われますが、人間は皆自分の感情を持っていて、同じ人間として自分のできる範囲でなにかしたいという気持ちです。
私たち中国の地方政府は、日本の皆さんと “顔の見える交流”を積み重ねており、そういった意味でも個人と個人のつながりから生まれる支援の気持ちが強いと言えると思います。
―紹興市の日本企業にはどのような影響がありますか。
紹興市に拠点を構えている日本企業は230社ほどあります。地震が起きてからこの約1ヶ月、工場の操業停止や撤退という話はありませんが、物流の面での影響は出ています。
たとえば、特に東日本の港からの船は渡航計画が予定通りに進まないようです。というのは、日本の港から順調に出航できないということですね。そうすると中国に輸入したあとで、中国国内での流通計画に支障をきたしてしまうということで、中国の港湾に到着次第、税関などの手続きを手早くすませてほしいという要望が来ています。浙江省としてもそのスピードアップをするということで合意しています。逆に日本への輸出を急ぐ場合もあります。紹興市の周辺には缶詰製品などの食品産業も多いのですが、そういった製品の物流が地震後に増え、港での手続きも増えています。行政サービスできめ細かく協力していくつもりです。
浙江省政府の商務庁も、こちらに進出している日系企業への影響調査を行い、なにか問題がある場合には個別にそれぞれの対応を実施しています。
―紹興市はじめ中国の企業への影響はいかがですか。
これから予想される重要な問題は、日本の東北地方で製造されているハイテク製品の輸入です。紹興市周辺の製造業への影響も大きいと想定しています。近年、紹興市を含む浙江省は、伝統的な軽工業からIT関連や自動車の部品など高付加価値の産業が発展しつつあります。それらの産業への半導体などの部品がすでに値上がりし始めていて、今後どうなるか注目しています。繊維産業では、日本企業のポリエステル原料の生産が滞るという情報も聞いています。紹興の周辺地域は繊維産業が盛んで、今では世界の繊維生産の中心地ですが、日本からの原材料の輸入量や価格に変化があれば、繊維製品の海外への輸出も含めそのサプライチェーンも影響を受けざるをえないかもしれないと考えています。
先端技術のトップランナーである日本の企業は、中国の製造業にも大きく貢献してくれています。中国で完成させる製品の多くが、日本からの部材供給に頼っている面がありました。今回の震災で、その流れが止まってしまうことを心配しています。中国の企業としても製造を止めるわけにはいきませんので、供給企業をアメリカやドイツといった企業への切り替えも起きる可能性があります。一度切り替えると構造的に再変換が難しくなってしまうかもしれません。その意味でも日本の早い復興を望んでいます。
日本製品には安心感があります。品質への信頼ですね。中国企業としても、日本からの供給を基に製造したいと考えている企業が多く存在しています。円高もあり大変だとは思いますが、そういう意味でも日本企業には早く立ち直ってもらいたいと考えています。以前からそうですが、紹興市としては今年「日本中小企業工業パーク」を設立し、日本の先端技術産業の誘致を行っています。今回の地震の影響で、もし日本企業で中国に生産拠点を移す企業があれば、私たち紹興市は積極的に対応し応援したいと思います。日本に加えて紹興に製造拠点を持つことで、世界に向けてより安定的なサプライチェーン構築に貢献できると考えています。
―紹興市の製造業以外の産業にはどのような影響がありますか。
まだ統計的な数字があるわけではありませんが、人々の考え方が変わったことで、これから徐々に変化していくかもしれません。
たとえば中国人のなかで成功した人は、日本に別荘を買うことが流行していましたが、地震によって思いとどまる人が出てきているようです。日本の不動産を購入するのは移住や移転ではなく投資が第一の目的ではありますが、それでもやはり影響があると聞いています。
日本への渡航者も減りました。特に観光客の渡航中止が続いています。今後しばらくこの傾向は続きそうです。観光客をまとめている旅行会社も安全を第一に考えて日本への旅行実施を見送りそうです。毎年4月の桜の時期には日本旅行は人気があったのですが、今年は行けていません。
それだけ中国において地震が恐れられているということです。唐山地震や四川地震などもありますが、基本的に中国は日本より地震は少ないですから。
一方、今回の地震で中国においても更に防災意識が高まると思います。もともと浙江省の中心産業は軽工業で、防災用品も多く生産しています。四川地震のときも防災用品の緊急増産などの対応を取りました。今後、学校などでの防災教育もより強化していくと思います。
―復興に向かう日本への期待を教えてください。
日本は世界の先進国として大きな存在感があります。先端技術を有している国として世界の経済に影響力を持っています。日本がこれからどうなっていくのか、今、世界中の人が日本に注目しているといえます。
これほどにも大きな災害に遭ったにもかかわらず、日本人が混乱を起こしていないことに世界の人々は驚いています。赤信号を守ったり、スーパーマーケットでも列を作って整然としており、女性優先のようなマナーも守られているようです。そういう場面は中国でもインターネットを通じて放映されていて、人の素質がすごくいいということで人々を感動させています。国の再建に向けて日本人ががんばっているという姿は世界に伝えられています。それは世界の人々を感動させているといえます。
日本人が日本を再建するというのは、世界は一つとも言いますが、日本のためだけでなくアジアのため、世界のためという面もあります。品質が高い日本製品がつくられることで、世界の人々も幸せになっています。日本が倒れるとアジアも大変大きな影響を受けます。是非がんばってほしいと思っています。
特に中国は日本と一衣帯水の関係でもあり、貿易額も大きく、人の交流も盛んです。多くの中国人が子供たちを日本に留学させています。中国が困っているときに日本が応援してくれたように、日本が困るときには中国が応援します。
―最後に日本へのメッセージをお願いします。
なによりもまず今回の被災者の方に心よりお見舞い申し上げます。阪神大震災からも見事に復興しました。日本は強い国ですから、これで倒れるわけではなくさらに強くなってくれると考えています。私も、中国と日本の懸け橋として、できることからこれからもがんばっていきます。今後の復興に伴って、浙江省や紹興市として、さらに日本と強い関係になれることを期待しています。
朱海紅(Zhu HaiHong)
中華人民共和国 紹興市 紹興袍江経済技術開発区 投資合作局局長