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事業のグローバル化の遅れ、躓きの問題の本質とは

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■強い製品でも日本は負け始めている

日本製造業の代表とも言える自動車産業においても、日本企業は新興国市場で負け始めている。数ヶ月前、中国にある、日本円にして売上600億円程のメガ・ディーラーの社長のところへ訪問した時のこと。その社長の評価する自動車メーカーの1位がアウディ、2位はBMW、3位には日本企業が・・・思いきや、現代自動車が挙げられた。しかも日本企業との差が圧倒的だと言う。現代自動車のどのあたりが強いのかと尋ねると、販売支援、サービスなど製品以外のことが挙げられた。今や大衆車において製品はどこの企業もそう大きな差はなく、現代自動車ディーラーに対する韓国企業の営業支援やサービスが、取扱量拡大の決め手であり、それは明白だとのこと。
 
「良いモノを作れば、売れるのは当たり前」。言葉では表さないまでも、日本企業にはそのような意識が未だあるのではないか。中国でこの自動車の話を聴いた際に、そもそも海外という市場で本当に勝てる事業戦略になっているのか、という疑問を強く持った。同じようなことが自動車以外の業界にもないのだろうか?そんな問題意識で周りを眺めてみると、事象は異なるが多くの企業で同じような問題が見られた。
 
ある電子部品メーカーでは、事業が細かく分かれており、ここ数年間、低コスト化のために各事業部がそれぞれ小中規模の工場や販売拠点を中国に複数カ所建設した。中国は成長市場でもっと強化するべきだという経営トップの方針と、各製造、販売拠点の非効率さが目立つことから、中国エリアをとりまとめる現地法人の権限を拡大し、最近国内のエース級の部長を抜擢し、現地法人の新社長に配置した。新社長は製造、販売拠点をまとめようとしたが、各事業部門や機能部門の日本本社の意向が全くまとまらず、ここ半年何も進展していない。事業や部門の業務指示も各部からバラバラに出るため、業務すらなかなか統合できず困っているとのこと。現地の従業員の価値観もバラバラで、業務効率がすこぶる悪い。このままでは赤字が拡大する恐れがある。
 
マーケティング戦略で失敗している企業も目立つ。ある素材企業では、日本をはじめ世界で15年以上ナンバーワンシェアを持つ製品があったが、年々新興国での価格競争に負け、5年前には60%あったシェアが今では35%程度まで落ち込んだ。コストダウンを継続し、価格も下げて対抗したが、コストでは新興国企業には到底かなわない。むしろブランド力が低下して新興国の競合との差別化が不明確になってしまった。最近になってようやく「早い段階で低価格ブランドを立ち上げておけば良かった」という議論が社内では目立つようになった。この企業は現在、低価格ブランドを企画中とのこと。すでにそこには10社以上の企業がひしめきあう。新興国の市場セグメント戦略に失敗した例である。
 
その他製品開発で問題に直面する企業もある。中国が一大市場であることは経営トップはじめ、多くの人が理解しているが、いざ中国市場向け製品開発を行おうとしても人材がいない。たとえいたとしても国内や先進国向けの製品開発で全く余裕がない。毎年のコストダウンでギリギリの人数で業務を進めてきたところに団塊世代の大量退職もあり、人材を育成する余裕すらない。ましてや海外人材育成などとてもではないが手が回らない。人事部門は、部門や事業の状況すら理解しておらず、開発部門の人材育成までは支援してくれない。
 
 

■今や新興国市場の競争も激化し厳しい

「国内、欧米の先進国での競争が厳しいから新興国へ出よう」。もうそんな時代ではない。特に2008年のリーマンショック後の世界同時不況の日米欧の経済の混乱や、実質マイナス成長で先進国では市場が限られているとの考えから、中国、アジアはじめ世界の新興国が先進国企業のターゲット市場となり競争が激化している。しかも先進国企業同士の競争だったものが、現在では新興国の企業も参戦しての激戦になってきている。さらに最終製品が競争の中心であったが、部品、部材、そして素材、それらを製造する機械や原料などの川上にまで拡大している。かつて日本の得意な分野で海外の会社は簡単に追いつけないといわれた半導体、リチウムイオン電池や太陽光パネル向けの素材などでも、新興国企業も交えた激戦区となりつつあるのだ。
 
このような市場状況の中で、「開発力に優れている」「製品力がある」「製造力が高い」ということだけで、グローバル市場、特に新興国市場で勝つことができるのだろうか。では日本企業の何が問題なのであろうか。
 
 

■海外で、またはグローバルという範囲で事業ができていない

先ほど挙げたグローバル化や海外展開で伸び悩んでいる企業の問題の共通点とは、行き着くところ「海外で、またはグローバルという範囲で事業ができていない」といえるのではなかろうか。
 
「事業ができていない」とは具体的には、
 
○そもそも各地域での事業ビジョン、ロードマップが不明確。
○製造部門など強い機能の海外展開が中心で、機能組織横断での展開ができていない
○他部門、他事業のリソースを活用すれば、低コスト・短期間で事業展開可能なのだが、組織の壁が厚く難しい。その実績がない。
○各機能バラバラの海外展開で、権限が現地にない。本社からのコントロールで現地を運営している
○販売、製造、物流、広告宣伝、製品企画開発のいくつかの機能が欠けていて、市場で競争に勝てず、事業として成長できない。
○日本や先進国で実績のある製品の新興国展開にとどまり、新興国向けの企画、開発機能がない
○現地で弱い機能に関しては、現地企業とのアライアンス、M&Aなどの資本提携を行うことが有効だが、すべて本社の意向を伺わなければならず、しかもその反応が実に遅い。また海外アライアンスやM&Aの経験者が不足している。
○マーケティングもしくは事業戦略を企画し、実行管理する部門が曖昧。事業部門なのか、地域統括部門なのか責任が曖昧。
○優秀な人材が海外に配置されない。配置されても2年か3年で国内に戻される。
○継続的な投資が行われない。会社が危機的状況になると海外事業の優先順位が下げられる。一方で国内市場拡大の見込みが無いということで、海外事業に高い目標値が設定されがち。
 
 
このようにいくつかの問題を並べて振り返って見ると、不思議なことにこのような問題は、海外事業、グローバル化に限らず、国内でも存在するものばかりである。よくよく考えてみると、国内外にかかわらず「事業経営がキチンと出来ていない」という極めて本質的な問題に落ち着く。売上や利益などの業績もそこそこ上げてきたし、事業が出来ていないはずがないと思われるが、実はそれはこれまで成長基調であった日本国内市場や欧米などの先進国での話であり、市場構造、顧客特性の全く異なる新興国企業も含めた「激戦区」での事業経営ではない。新興国も含めた「激戦区」での事業経営とはいわば、変化が極めて激しい市場に参入するベンチャー企業や新事業開発のようなもので、既存の事業経営の維持拡大とは全く異なる。
 
 

■今すぐ新興国の競合ベンチマーキングを行うべきである

海外での事業展開、事業のグローバル化を成功させる第一歩とは何か?それはまず、新興国企業も含めた競合企業との比較とギャップ分析いわゆる競合ベンチマーキングである。「競合ベンチマーキングなら常に行っているよ」と言われることがあるが、その多くは製品スペック、価格の競合ベンチマーキングにとどまっている。
 
情報が開示されている欧米や日本の競合はよく知っているが、未上場で経営ガバナンスが不明確な新興国の競合に関しては、全く実態が掴めていないことが多い。そればかりか、日本企業のプライドからか、競合であることを認識していない、関心を持っていないなどといったことがよくある。新興国企業は「特許を守らない」「政府との関係が深い」「オーナー経営者の意思決定が早く勝負にならない」「品質基準を無視している」といった言い訳が続く。その結果、激戦区の新興国マーケットでシェアを大幅に奪われているのにも関わらず競争戦略が全く打たれていない。
 
どんな状況であれ、市場で競争しているのであれば、競合他社を徹底的にベンチマークして、自社が勝てる「戦略条件」を打ち出すべきである。競合の情報をいかに入手するか。本気でやろうと思えば、いくらでも出来る。もちろんコンプライアンスを守った上で、である。例えば、競合製品を扱うディーラーやターゲット顧客、業界キーパーソンへのインタビュー、製品を購入しての分解調査、現地の調査機関や金融機関を使っての調査などである。調査も事業企画や営業、生産、開発といった機能横断的な組織で行うことで、競合の能力と戦略が体系的に見えてくるはずである。
 
そのような競合ベンチマーキングから出てくる「戦略条件」は極めて厳しい、限られた戦略パス(戦略の選択肢)であろう。その戦略条件をクリアする、競争戦略を創造し、実践してこそ、激戦区で勝利できるのである。
 
 

■海外・グローバル事業戦略の調査企画に関し、時間をかけてしっかり行う

「コストダウン目的に生産拠点の海外展開を行った」。いまだ多くの企業が、このような単機能での海外展開を引きずったまま、業績目標は高く、しかしビジョンや意思がはっきりしないまま、「新興国ビジネスの拡大」を中期計画に掲げている。
 
このようなグローバル展開のビジョンが不明確な企業は、少しでも国内の本業が傾くと、海外のリソースを簡単に引き上げてしまい、継続性が全くない。人員削減の際には、まず現地人材から解雇されるため現地の社員との信頼関係も薄い。
 
国内の新規事業や新市場開拓でも同じであるが、海外・グローバル事業でも、現実的に勝てる事業ビジョンや展開のロードマップがしっかりと描けておらず、組織体制や責任、権限も不明確であることが多い。国内本業中心で、海外・グローバル事業での事業戦略計画が十分に検討されていないのである。
 
海外・グローバル事業での事業戦略計画を企画するには、まず現地での情報収集が重要で、ある程度、企画調査のために人・金を投入しなければならない。また調査を実施するに当たっては、担当者は市場調査力や事業戦略企画力、事業開発力を身につけていることが極めて重要である。市場調査力も事業戦略企画力もない「仕事が出来ない、ただ語学ができる人」を海外に派遣しても成果には結び付かない。
 
経営トップも自ら現地に行って、肌身で市場感覚をつかみ、新興国という「激戦区」の実態を知り、自らが「勝てる事業戦略」を構想出来なければ、そもそも意思決定が出来ない。その結果、何一つ前には進まない。
 
その他、海外・グローバル事業での事業戦略計画を企画するには、以下のようなことが必要である。
 
○海外・グローバル事業で自社は何を得たいのか?ビジョンは何か?
○海外・グローバル事業の財務目標
○海外・グローバル事業の戦略の与件
○海外・グローバル事業での徹底した市場調査
  ・現地の顧客分析、顧客需要の可能性
  ・競合ベンチマーキング(製品、プロセス、設備、人材、資金、将来戦略など)
  ・販売チャネルやアライアンスパートナーの詳細調査
○海外・グローバル事業で活用できる自社の経営資源分析
○海外・グローバル事業における事業成功の要因
○現地での顧客提供価値、差異化(フィールド調査まで行うべき)
○海外・グローバル事業のビジネスモデル
○海外・グローバル事業の機能別戦略
  ・製品企画、開発、技術開発戦略
  ・製造戦略
  ・販売、チャネル戦略
  ・ブランド、価格戦略
  ・物流、在庫戦略  
○事業のロードマップ(展開シナリオ)
○実行組織体制
○実行スケジュール

海外・グローバル事業とは、社運を賭けた新規事業ともいえる。先ずはその企画開発に十分な時間をかけ、確固たるビジョンを打ち立て、用意周到な競争戦略やその達成シナリオを描かなければならない。そのような覚悟や準備、真剣な検討なく、「良い製品だったら持って行けば売れるだろう」「製造拠点があるから、営業拠点も作れば事業が出来る」という発想では「激戦区」では全く勝てない。
 
 
 

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