変化を機会に変える創発型のグローバル組織
“グローバル社会”での企業の原動力とは人と組織
“グローバル社会”の中で、企業は何を原動力に独自性を作り出し、生き残り、そして成長し発展するのか?この問いに対し、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は近著『流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論』(東洋経済新報社)の中で、企業を「知識創造の主体と捉え、知識の創造・活用により主体的に変化しつつ持続可能な状態を創り出すもの」と捉え、「その人間の価値観や理想、信頼やコミットメント、他社との関係性など、人を動かす源を理解しなければ、知識や知識創造プロセスを理解することは出来ない」と、「人と組織の本質の理解」の重要性を強調されておられる。
まさに“グローバル社会”の本質は「人」「モノ」「カネ」のグローバル規模でのめまぐるしい流動性にあるが、同書では「知識」に焦点を当て、企業の人と組織が主体性を持ち、グローバル社会の主導権を持つことの重要性を説いておられ、大変参考になる文献である。
これまでの常識を疑い、発想の転換が必要
それでは、多様な価値観や文化を背景とする国、企業・組織、そして人が複雑にネットワークされ、変化し続けるグローバル社会で、知識創造の仕組みとしての「企業の人・組織のマネジメント」とはどの様なものだろうか。
多くの経営コンサルタントや学者が、日本の人事制度や組織構造に関して「グローバル化からの遅れ」「グローバル社会に通用しない」ことを指摘し、「グローバル化」という標準テンプレートやシステムを勧める。だが「グローバル」という「型」は果たして存在するのだろうか?確かにグローバルビジネスで先行したいくつかの企業のベストプラクティスは存在する。しかし適切な制度や組織構造は、個々の企業によって異なるのではなかろうか。
つまりこの「型」を意識すること自体がそもそもグローバル化の本質に対して矛盾している可能性がある。つまり、グローバル化により発生し続ける多様性や複雑さを、管理統制するという発想自体が現実的ではないからだ。
ここで大きな発想の転換が必要である。すなわち、「多様性や変化をマネジメントする」のではなく「多様性や変化を活用することをマネジメントする」、つまり「創発型マネジメント」への発想転換である。
「創発型マネジメント」とは、詳細な戦略計画やそれを実現するルールをトップダウン型で決め、きめ細かく実行管理するのではなく、経営トップが大ざっぱな、しかし戦略的意味のある「思い」を組織全体に投げかけ、現場に近いミドルやボトムが、その意を汲んで独自の発想をボトムアップし、ある程度合意出来たところで、試行錯誤を繰り返し、組織全体が学習しながら競争優位を勝ち取る方法である。
なぜグローバル化に対して「創発型マネジメント」は有効なのだろうか。
それは政治、経済、金融など急激な社会変化が起こりやすく将来が見通しづらいためである。変化が見通しづらい中で厳密な戦略計画を作成し、それをトップダウンで進めても、環境がめまぐるしく変化してしまい、効果を出せない。経営トップはすべてを見通せると考えられた時代は既に過去のものなのである。このような場合は大きな方針やビジョンをトップから示し、それを受けてミドルまたは現場から戦略アイデアをボトムアップすることを繰り返しながら常に組織を変化させることが効果的である。この場合重要なのは、組織メンバーの多様性と自発性、そして互いに影響しあうことである。
グローバルでの人・組織マネジメントにおける「創発」とは
「創発型マネジメント」は、それぞれ方法は全く異なるものの、P&G、ユニリーバ、IBM、ネスレ、アップルなどの欧米の企業だけでなく、コマツ、ダイキン工業、日産自動車、ホンダ、YKK、良品計画、ユニクロなど世界で活躍する日本企業でも共通するマネジメントスタイルのようである。
グローバルでの人・組織マネジメントに関して「創発」という概念で具体的に考えるならば、以下の様な原則的なことが挙げられる。
- 組織は、出来るだけグローバルで「多様」な背景を持つ人、組織で構成される。
- それぞれの人、組織は「個々が尊重」され「自立した存在」であることが共通認識される。
- 企業独自の社会的使命、理念、長期ビジョンがグローバル全社員に深く理解され、その「本質的な意味」の実行を意識している状態を創り出す。
- 極めて明確でシンプルなルールがグローバルで共有され、厳格に運用されている。
- グローバルプレイヤーとして、常に挑戦的でストレッチな目標を掲げ、その成果が明確である。
- グローバルなビジョンのトップダウンと現場からのボトムアップを繰り返しながら、試行錯誤を通じて、組織全体が学習し「行動解」を見つけ成長する。
- 「人間としての価値観」「感情、直感」「人と人、人と組織の関係性」などの人間的なことを重視する。
では現状をどう変革するべきか
日本の多くの企業はここ数年、成果主義、コンプライアンスのための管理強化、残業規制など制度が多くなり、管理を厳格化してきている傾向が強まっている。むしろ「創発型のマネジメント」からは遠ざかってはいないだろうか。その結果、国内ビジネスでさえ閉塞感に包まれ、「グローバルマネジメントなどほど遠い」と考えている人も多いだろう。
そこで「グローバルマネジメント」のために現状を変革する3つの提案をしたい。
提案1:海外の特定プロジェクトでの「創発的マネジメント」実践
既にいくつかある“海外プロジェクト”を“国際部門”などの特定部門だけが手がけるのではなく、国内外のメンバー、経営トップを巻き込み、組織横断的プロジェクトを通じて創発的にマネジメントし、成果を出す。小さなプロジェクトであっても成果が出れば、創発マネジメントは次第に普及して行くはずである。
創発型マネジメントは小さなプロジェクトを通じての体験が重要である。日産自動車では、戦略企画レベルはCFT(Cross Functional Team)で、現場改善レベルはV-UPプログラムなどで、組織横断的な活動への参加経験人数を増やすことを目標にしている。
提案2:“企業フィロソフィー”見直しとグローバル拠点への理解活動
本格的にグローバルマネジメントを実践する企業へと変革するに当たって、その原点となる企業の基本的な思想からてこ入れする。“ミッション”“理念”“ビジョン”といった“企業フィロソフィー”を見直し、国内、海外拠点への普及展開を手がけるプロセスを通じて、自社独自のグローバルマネジメントを創発する。
“企業フィロソフィー”が共有できてこそ、グローバルに存在する多様なメンバーが自発的に活動でき、有機的なコラボレーションが可能となる。トヨタ自動車の「トヨタウエイ」、ジョンソン&ジョンソンの「我が信条」など、グローバルで高い業績を上げる企業はいずれもが“企業フィロソフィー”とその実践を重視している。
提案3:国内プロジェクトでの創発型マネジメントの実践
国内で組織横断的、会社横断的コラボレーションが出来ない組織は、グローバル化にはほど遠い。自分や自分の組織以外の価値観を受け入れ、その違いから新たなアイデアを創造する組織風土がまず必要である。
従ってたとえ海外プロジェクトがなくても、国内のマネジメントを創発型に変革し、グローバル化のベースを創っておくということが重要である。その結果国内組織も活性化し、それが海外展開にも大きく貢献すると考えられる。