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バイアウトファンドを活用した事業再編・事業成長

アドバンテッジパートナーズ有限責任事業組合 ディレクター
印東 徹
今年4月11日および5月23日、本コラムにて、弊社取締役の福島より、大企業の事業部門や子会社が独立して事業を拡大させる可能性についてご紹介させていただきました。多くの方から反響をいただき、「ではファンドとどのように付き合えばいいのか」「そもそもどのようなファンドと関係を持つべきなのか」といった声をお聞きしました。

そこで今回は、ポッカコーポレーションやダイエーなど国内有数の投資実績を有し、バイアウトファンド業界の日本におけるパイオニアであるアドバンテッジパートナーズより、同社ディレクターの印東様に、ファンド業界やバイアウトファンドに関する解説をいただいたうえで、ファンドを活用した事業再編の可能性についてご案内いただきます。

■はじめに

2012年6月28日、ソニーがケミカルプロダクツ関連事業を日本政策投資銀行へ譲渡する正式契約が締結され、発表された。電機メーカーに限らず、大企業の「選択と集中」は相当以前からのテーマであるが、昨今の経営環境においては更に踏み込んだ事業再編が必要とされていることの一事例であろう。
このような環境下、経営者・管理職層にとっては、事業再編、事業の独立(外部化)、外部資本も活用した投資による成長の実現など、資本政策を絡めた事業戦略の検討は重要であり、実現する手段としてバイアウトファンドを活用することは有力なオプションである。
しかしながら、「ファンド」という単語に対する過度の警戒感は依然として存在しており、バイアウトファンドを積極的に活用しようとする経営者・管理職層にとっても周囲との調整がハードルになることもある。

アドバンテッジパートナーズ(AP)はバイアウトファンド(AP関連ファンド)へのサービスの提供を行っており、AP関連ファンドは過去15年に36件の投資を行ってきた。その過程では、親会社、創業者、経営者、従業員、取引先など、様々なステークホルダーの不安・懸念を時間をかけて丹念に解きほぐしながら、利害関係を調整し、事業再編や事業承継を実現している。

本コラムでは、
  ・「ファンド」に対する漠然とした不安・懸念に対して一歩踏み込み理解を深めることで、
   積極的 にバイアウトファンド活用の可否を検討したい方
  ・バイアウトファンドの効用は理解しているが、周囲への説明のためにも、もう少し理解を
   深めたいと考えている方
を想定し、1.バイアウトファンドとは何か? 2.バイアウトファンドを活用することで何が出来るのか?、という点を事例を交えてご紹介させていただきたい。

本コラムが、ダイナミックな事業再編等を立案・実行する立場にある経営者・管理職にとって、戦略を立案する上でのオプションを広げ、実行時のリーダーシップを発揮される上での一助となれば幸いである。

1.バイアウトファンドとは何か?

まず最初に、「ファンド」の分類や「ファンド」へのイメージに関する考察を踏まえ、バイアウトファンドとは何か?という点についてご説明させていただきたい。(基本的な内容も多分に含んでいるため、ある程度ご存知の方は本章は読み飛ばしていただいても構いません。)

(1)ファンドに対する様々なイメージはどこから生じているのか?
①「ファンド」に対するイメージ
日本において「投資ファンド」という存在が広く知られるようになった端緒が日本長期信用銀行の破たんであるならば、それから既に13年強の歳月が経過したことになる。その間、モノ言う株主としてのアクティビストファンドが注目され、「投資ファンド」という存在への世間における認知は高まってきた。
反面、極端な劇場型の事例が注目されてきたため、ファンドという単語自体にネガティブなイメージが付きまとうようになったことは残念ながら事実である。
近年のバイアウトファンドを活用したMBOや事業承継事例の増加により、ポジティブな評価も積み上がりつつあるが、いまだに残る主なネガティブイメージは以下のようなものであろう。

  • 資本の論理を盾に会社に対して敵対的に行動する
  • ハゲタカのように会社の資産を売却する
  • マネーゲームであり、経営には関心がない

②そもそも「ファンド」とは何か
「ファンド」とは、複数の投資家から集めた資金を用いて投資を行いそのリターンを分配する仕組みの総称であり、非常に広範な概念である。公募型の投資信託や不動産を対象にしたREITなどもファンドの一種である。
要するに、「ファンド」とは共同投資の形態の一種であり、共同事業の形態の一種である「株式会社」「組合」などと同じようなレベルの概念と言える。
従って、「ファンド」というものを一様に捉えて議論すること自体が、「株式会社は是か非か?」という議論と同程度にナンセンスであると言えよう。

③「ファンド」の多様性
一口に「株式会社」といっても様々な業種・業態がある。例えば、食品業界と自動車業界は全く異なるし、その業界の中でもメーカー・卸・小売などバリューチェーン上の位置が異なれば全く異なる事業である。
ファンドも同様に、投資対象や投資手法によって様々な種類に分けることができ、それぞれの「業種」によって役割や投資対象とのかかわり方も大きく異なってくることになる。

(2)バイアウトファンドの特徴
①PEファンドとその他のファンドの違い
バイアウトファンドはプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)の一つである。プライベート・エクイティとは非公開株式のことで、PEファンドは主として非公開株式に投資することを目的として設立されたファンドのことを言う。主に非公開株式に対する投資であることから、一定の経営権を有するような持分の投資を行うことが一般的である。PEファンドは、株式等に投資する他のファンドと以下のような違いがある。

a) アクティビストとの違い ~ 友好的アプローチ
アクティビストファンドは、上場企業の株式を投資対象とし、配当の増大など経営方針の変更を求めることで株式価値の向上を実現することを投資手法としているファンドである。株式を経営陣の同意なく株式市場で取得でき、経営陣に対して時には議決権争奪戦も辞さずに要求を行うことから、経営陣に対して「非友好的」なアプローチを行うこともある。
PEファンドの投資の場合は、そもそも投資対象が非上場企業であったり、上場企業であっても過半数以上の持分を前提として投資を行うため、非友好的に株式を取得することが非常に困難である。従って、必然的に主要株主や経営者に対して友好的なアプローチとなり、主要株主や経営者との協議を経て、合意した後に投資を実行する。

b) 不良債権投資ファンドとの違い ~ 資産価値ではなく事業価値への投資
不良債権投資ファンドは、事業からの将来的なキャッシュフローを期待しにくい企業の株式や債権を中心に投資を行う。この場合、将来的なキャッシュフローを前提とした「事業」としての評価が低い(あるいはマイナス)状態であり、資産価値に着目するケースが多い。従って、事業部門の閉鎖やその後の資産売却が投資回収の源泉となり、「ハゲタカ」というイメージがつくのは、このようなケースと考えられる。
一方、PEファンドの場合は、将来的なキャッシュフローを前提とした事業としての価値に着目した投資を行う。この場合、事業としての価値は資産価値の合計より高くなることが一般的であるため、事業継続に必要となる資産の切り売りを行うことは、事業価値を毀損することになるため、実行しえない。(但し、当然ながらムダな資産やコストの削減は当然行うべきであり、過去のしがらみにとらわれずに変革を実行できる点は、バイアウトファンド活用のメリットである)

②PEファンドにおけるバイアウトファンドの位置づけ
PEファンドはさらに細分化されており、どの成長ステージにある企業を投資対象とするか、によって異なっている。バイアウトファンドの主な対象が成熟段階にある企業であるのに対して、その他のPEファンドの投資対象は以下のとおりである。

  • ベンチャーキャピタル : 新興・成長企業が主な投資対象
  • 再生ファンド : 事業再生が必要となる企業が主な投資対象

③小括
まとめると、バイアウトファンドは非公開企業を中心にマジョリティの投資を前提とするため、敵対的なアプローチを取ることは現実的ではなく、友好的なアプローチを前提としている。また、主として成熟企業への投資を行う。そのため個々の資産価値ではなく、事業としての価値に着目して投資を行うため、事業価値を損なうような資産の切り売りは合理的ではない。

2.バイアウトファンドを活用した事業再編

ここからは、事業再編を行おうとした場合に、バイアウトファンドを活用することで何が出来るのか?という二つ目のテーマに話を進めたい。

(1) 事業再編の背景とバイアウトファンドの役割
バイアウトファンドを活用した事業再編の多くは、事業部門や子会社の独立という形で行われる。
これは、過去の制約から脱し、独立企業として生まれ変わった会社が、バイアウトファンドをパートナーとして、これまでとは異なる戦略を立案・実行することで企業価値の向上を目指すことを意味している。

①事業再編が求められる環境 ~ 事業再編を必要とするような「制約」の存在
子会社・事業部門からすると、大企業のグループの中にいることのメリットは多数あるものの、反面、独立した事業としての成長ということだけにフォーカスした場合に、一定の制約が存在している。

a) 組織・制度における制約
 ・グループ内事業間での横比較による相対的な位置づけの劣後
 ・本社経費配賦・ブランド/経営指導料の過剰な負担
 ・過剰なITインフラ、子会社事業には必ずしも最適化されていないプロセス
  (例: 上場企業子会社におけるディスクロージャーへの対応等)
 ・人事制度・処遇、インセンティブ体系(ストックオプション等を含む)における親会社との
  一貫性の要求
 ・組織における従業員の基本行動様式における問題・・・企業カルチャー、ビジョン、
  プロパー対出向、などの課題とも関連

b) 経営意思決定上の制約
 ・事業戦略構築におけるバイアス(子会社としての最適戦略の追求)
 ・設備投資、買収投資など戦略的投資に対する支援の欠如
 ・パートナーシップ獲得におけるバイアス
 ・親会社取引先への配慮
 ・新製品開発、広告宣伝・ブランド構築、新規出店等の成長戦略へのコミットメントの不足

②事業再編を決断するタイミング
親会社および子会社・事業部の双方にとって、事業再編により独立することに意義を見出せる場合には、事業再編について具体的に検討する好機となる。
具体的には、以下のような双方の「視点」が一致したときが、事業再編という大きな意思決定に向けて踏み出すタイミングであると考えられる。

a) 親会社の視点
 ・コア事業の強化方針
 ・ノンコア事業保有リスクの見直し
 ・財務体質の健全化
 ⇒当該子会社・事業部を継続的にグループの事業とし続けるべきか?

b) 子会社・事業部の視点
 ・親会社の提供する事業環境・経営リソースによる競争力強化
 ・独立企業として最適な経営インフラ・意思決定による競争力強化
 ⇒事業価値向上のため、どちらが成長につながるか?

③事業再編に際してのバイアウトファンドの役割
事業再編に当たっては、再編時のトランザクションのみならず、独立企業としての経営に向けた入念な準備も必要となる。バイアウトファンドは、子会社・事業部の独立を伴う事業再編をサポートするために、以下の役割を担う。

a) 事業再編実施のための利害調整
事業再編の検討をするに当たっては、親会社/主要株主、子会社・事業部側の経営者層、従業員、取引先、金融機関など、非常に多数の利害関係者が存在する。
独立後の事業計画、雇用の方針、取引関係の維持、親会社からの一部再出資など、経営者が独立後の事業運営方針を策定するに当たり、バイアウトファンド担当者が経営者を全面的にサポートする。過去の投資案件での経験を踏まえ、各利害関係者の関心事を取りまとめ、友好的なアプローチにより、効果的なコミュニケーションを行うことで案件を推進する。

b) 資本面でのパートナー 
独立企業となるには、親会社/主要株主からの持分の取得が必要となる。
この持分取得に必要となる資金について、バイアウトファンドがファンドからの投資と外部資金の調達によりアレンジを行う。
この場合、独立した企業の経営者(・従業員)に対しては、自社に出資をしていただき、株主となっていただくことが一般的である。ストックオプションを組み合わせることも多い。
100%子会社や事業部であった場合には、自身が経営・運営に携わる事業の株主となることは困難であるため、この点は大きな違いとなる。
いわゆるマネジメント・バイアウト(MBO)の手法であるが、経営に対するコミットメントを高めていただき、独立後の経営がうまく行った場合には持分の価値向上を通じてリターンを得ていただく仕組みである。
単なる「株主」ではなく「資本面でのパートナー」と言っているのは、経営者に株主となる機会を提供することで、株主としてのリスクとリターンを共にする立場になることを意味している。

c) 経営面でのパートナー
上述の通り、事業再編により「制約」からの解放は出来たとしても、新たな経営上の課題に直面することがある。
 ・かつて親会社が提供していた環境・リソースの喪失
 ・過去に成功体験のない経営戦略の実行

バイアウトファンドではコンサルティング/事業経験を有するスタッフも多く、各メンバーが経営者・従業員のサポートを行うとともに、人的ネットワークにより幹部人材の採用を支援するなど、経営者・従業員が企業価値向上に向けて集中できるような環境を整え、実行を支援することが多い。

(2) バイアウトファンドを活用した事業再編の具体的事例 ㈱日本海水のケース
ではここで、バイアウトファンドを活用した事業再編の具体的な事例をご紹介したい。
株式会社日本海水は、旭化成傘下の製塩子会社2社をAP関連ファンドが譲り受けることで、大企業子会社からカーブアウトした事例である。
旭化成からの独立後、AP関連ファンドの支援により製塩業界での再編を主導し、業界のリーディングカンパニーとなった後、追加買収により製塩に留まらない海水関連企業へと成長を実現した。

○会社概要
会社名:株式会社日本海水
住所:東京都中央区日本橋大伝馬町10番6号 フォーリッチビル5階
事業内容:製塩事業、副産物(苦汁他)の製造販売、水処理関連売事業
主要株主:エア・ウォーター株式会社(親会社)

※本項における日本海水に関する記述は、いずれも原則としてAP関連ファンド投資中の情報に基づく。

①資本面のパートナーとして ~ 投資の経緯
2003年11月
旭化成傘下の製塩子会社2社をAP関連ファンド85%(従業員等の出資分含)、旭化成10%、三井物産5%出資による持株会社が譲受
2004年10月
2社合併により日本海水発足
2005年7-9月
浦島海苔、讃岐塩業を買収(讃岐塩業はその後日本海水と合併)
2007年9月
AP関連ファンド株式譲渡によりエア・ウォーター株式会社傘下へ

②経営面のパートナーとして ~ 投資後の経営支援
大企業からの独立事例であり、独立後の独自の管理体制・制度を構築することが必要であった。また、独立後の経営戦略として、「業界再編」という社内リソースだけでは経験のない戦略を実行していくことを志向したため、APメンバーが経営者・従業員をサポートするために、投資直後は常駐に近い状態で詰めていることで、経営面のパートナーとしての機能を果たした。

③成果
日本海水は、当初は日本ソルトと赤穂海水の2社でスタートしたが、その後、同業である讃岐塩業を買収し3社が合併することで、製塩業界の国内シェア50%を有するリーディングカンパニーが誕生した。

また、製塩業のみならず、関連事業への進出として浦島海苔の買収も行っている。この結果、海苔・ふりかけ事業にも拡大することで収益源は多様化した。

AP関連ファンドを活用した事業再編により、大きく生まれ変わった日本海水は、現在はAP関連ファンドからの株式譲渡により、海水事業を拡大しているエア・ウォーター株式会社(AW社)のグループ会社となっている。AW社との間では、塩以外の事業でも、AW社の化学・化成品事業の技術・顧客基盤と、日本海水の環境事業や現状の塩関連製品の枠を超えた海水資源をベースとした新規事業、海外展開等においてシナジーを追求できる可能性が充分に見込まれている。

■終わりに

バイアウトファンドを活用した事業再編のケースは、今後、ますます増加していくことが考えられる。
その際、本コラムで記述した通り、単に「ファンド」と括ってしまうのではなく、それぞれの企業・事業の置かれているステージや経営課題によって、必要となるパートナーとしてのファンドの種類は異なっている、という前提を持つことは非常に重要である。
その上で、具体的にバイアウトファンドを活用する事業再編を検討する場合には、「ファンドに売る/買われる」ではなく「パートナーを選ぶ」という視点に切り替えることが必要になる。中長期的なパートナーとして適切なのか、実績や投資理念・投資手法に加え、担当者の信頼性・相性なども重要な要素となり得るため、事業運営上のパートナーを選ぶ時と同じような目線で納得のいくパートナーを選ぶことが重要であると考えている。

 

アドバンテッジパートナーズ ディレクター 印東 徹

アドバンテッジパートナーズ ディレクター 印東 徹

慶應義塾大学経済学部卒業。大学卒業後、監査法人トーマツにて、商法・証券取引法監査を中心に、株式公開支援、財務デューデリジェンス等の業務に従事。その後、PwCアドバイザリー株式会社の事業再生サービス部門において、事業再生計画の策定、債権者調整、債権者による事業再生計画の検証等に関するアドバイザリー業務に従事。2005年3月、アドバンテッジパートナーズに参加。

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