日本の水ビジネスは海を越えられるか
今月はじめの新聞発表によると、日立製作所と三菱重工が事業統合に向けて動き出したそうです。社会インフラ分野などを中心とした事業統合とのことです。日本の社会インフラは今後も大きな成長は期待できません。両社は事業統合を行うことにより、規模の経済を働かせてコスト低減を行う一方、製品・サービスの品揃えを充実させて、グローバル市場に展開する方針をあげています。社会インフラ分野のように国内では豊富な実績・優れた技術・ノウハウ・人材があるが、海外では存在感がない業界は、電機業界をはじめ日本にはまだまだあります。
しかしながら、規模が大きくなったからといって、海外の競争の激しい市場において欧米企業などのライバルに勝てる保証はありません。弊社のコラムで繰り返しお伝えしていますように、自社事業を軸にしたエコシステムの構築がポイントの1つと考えられます。
今回のコラムでは、社会インフラ分野のビジネスの一つである「水ビジネス」に焦点をあてて、エコシステムのポイントについて深掘りして考えていきたいと思います。前回のコラムでご紹介した上水道事業を行う三菱商事・マニラウォーターのように社会的価値と経済的価値とをエコシステムにより実現し、欧米の水メジャー以上の成果を上げた水ビジネスの事例があり、より体系的な検討の価値があると思われるからです。
今回のコラムのキーワードは、「コーディネート型エコシステム」「サポート型エコシステム」です。
■世界の水ビジネスの現状と日本企業と海外企業の比較
水ビジネスは国内では成熟市場ですが、世界的には有望市場として注目されており、東レ株式会社の試算では2025年に111兆円、政府が示す試算では86兆円と予測されています(図1)。
(図1)
水ビジネスにはどのようなものがあるでしょうか。水ビジネスを考えるときの視点は4つです。1つ目は、水ビジネスの「目的」による分類です。「利水(水を利用する)」「治水(水を治める)」「浄化(水をきれいにする)」の3つです。2つ目は、水の「場所」による分類です。水源地や湖、ダムなどの「川上」、河川や上下水道などの「川中」、海などの「川下」です。上記の「目的」と「場所」で分類すると下記のようになります(図2)。
(図2)
本コラムでは、市場規模の比較的大きい「利水」にフォーカスしてみたいと思います。3つ目の視点は、「地域」による分類です。「利水」では新興国を中心にインフラ整備のニーズが強いですが、新興国でもエリア毎に大きくニーズは異なります。例えば、中国北部や中東などの乾燥地帯では常時水不足であり、水の豊かな国の水インフラとは異なる設備や運営方法が必要となります。蒸散を防ぐ仕組みや、低コストで高速に造水する技術などが必要となります。所謂BOP(Bottom of Pyramid、低所得層)人口が多い国では、盗水率や未収金率が高いことが問題となっています。ASEAN諸国の地方においては、運営方法が悪い場合、提供した上水のうちの半分近くを集金できないこともあります。新興国でも都市部となると24時間給水サービスを当然として求められます。4つ目の視点は、「事業領域」による分類です。建設コンサルティング、フィルターなどの素材メーカー、水処理装置メーカー、インフラ構築のエンジニアリング会社、オペレーション&メンテナンス事業者などです。
さて次に、水ビジネスの業界の特徴についてみてみたいと思います。「利水」には、浄水、造水(海水や塩分を含む地下水等から上水を製造する事業)、配水、下水処理、再生水製造、産業用水製造などが含まれます。水源から取水し、水を処理した上で利用し、排水として自然環境に還すところまで入ることになります。
日本企業の場合、水ing、日立グループなどの例外を除き、特定の事業領域に特化している企業が多い傾向にあります。例えば、エンジニアリングはするが装置製造はしない。あるいは装置製造はするがエンジニアリングまではしない、といった具合です。そして日本の場合、オペレーション&メンテナンスは各自治体が行っています。日本の場合、水事業を運営する自治体が製品・サービスの発注主です。各製品・サービスを細分化して発注してきたため、各製品・サービス毎に中小企業を含む多くの企業が生まれるようになりました。その中で、水処理膜やつなぎ目の漏水が少ない配水管、省面積の浄化槽、工期を短縮できる工法など優れた技術が生まれました。
2011年7月に東京で開催された「下水道展」に弊社メンバーで赴き、各企業のブースを視察させていただきました。水を配水管内でトルネード状に落下させて空気の混入を防ぐ技術や、曝気槽に担体を流動させて微生物濃度を高く保つ技術など、多くの先端技術が出展されていました。
さて海外企業の場合はどうでしょうか。海外の水ビジネス企業は日本とは異なり、事業領域横断型の企業が多い傾向にあります。フランスのヴェオリアやスエズなどが代表的な例です。グループ会社を通じて、装置開発からエンジニアリング、オペレーション&メンテナンスまで行っております。この背景には、海外では水ビジネス全般を包括的に民間企業に委託するケースが多いことがあります。そのため総合的に事業を請け負える「水メジャー」が出現したのでした。海外では契約が数十年継続することが前提であることから、安定的な収益源となることが期待できます。
ヴェオリア・ウォーター・ジャパン株式会社の方に話を伺うと、上下水道の価格は政府のコントロールを受けるため利益率は高くないにもかかわらず、長期間一定の収入を得られることが魅力であるとのことでした。ヴェオリアやスエズなどは、水インフラだけなく、地域に必要な電力・エネルギーやゴミ処理などのインフラまでもカバーし、トータルなインフラ事業を展開しています。
一方、米GE、独シーメンスといったメーカーから水道事業の運営に参入しているケースもあります。
このように日本と海外との背景の違いをみると、日本の企業が優れた技術・ノウハウをもっていても、企業単体では売上ボリュームの大きいオペレーション&メンテナンス事業は海外では受注しにくい状況にあります(経産省が示す2025年の水ビジネスの市場規模86兆円のうち、オペレーション&メンテナンスは36兆円といわれています)。
また新興国における水事業については、IMFや世界銀行のコンディショナリティ(融資条件)も影響が大きいです。IMFや世界銀行から融資を受けた新興国の中央/地方政府は、水事業の発注に際して、対象となる企業に制限が加えられるのです。その制限とは、「過去5年以上、水道事業運営の実績がある企業のみが入札」というものです。この制限の下では、事業運営の実績の乏しい日本の企業は、入札に参加することさえ困難です。このような仕組みをつくった欧米諸国の外交成果であり、日本の外交の課題ともいえそうです。
欧米の水メジャーは顧客接点を押さえてしまい、日本の水ビジネスの製品を買いたたける立場にあるのです。
水メジャーなどに営業できるだけの営業力のある大企業はまだよいですが、中小企業は海外展開するための経営資源やノウハウも乏しいです。そのため海外営業を始めるための切り口さえも見出せずにいる企業も多いです。先述の「下水道展」にて出展企業30~40社にヒアリングさせていただいたところ、多くの企業が、チャネルがなく販売機会が少ないという問題を抱えていました。
このような状況において、日本の水ビジネス企業はどのような事業展開を工夫するべきでしょうか。エコシステムの観点から考えてみたいと思います。
■水ビジネスにおける「コーディネート型エコシステム」と「サポート型エコシステム」
前章で説明したように、水ビジネスは大きく2つの形態に分けられます。1つ目は上下水道等の事業運営ビジネスであり、2つ目は、水処理を行うための設備や部品を開発・製造するビジネスです。この2つのビジネスのそれぞれについてエコシステムのポイントを考えていきます。
1つ目の事業運営ビジネスでは、進出する地域特性・ニーズを把握した上で、多様なメーカーが提供する浄水施設や下水施設、配水システム等を選定し、コストを抑えつつ最適にコーディネートします。水の品質や給水時間を維持するために様々なリスクを回避し、地域の利用者から確実・効率的に水道料金を徴収することがポイントです。運営事業者のメーカーに対する交渉力は強く、メーカーは引き合いがあれば納入するという御用聞き的な立場になってしまっています。エコシステムの観点からは、事業運営ビジネスはどうあるべきでしょうか。
このコラムでお伝えしてきているように、エコシステムの基本理念は、顧客やエンドユーザー、パートナーとの「共生」です。そして3つのポイントがありました。
①共生の理念をベースに関係プレイヤーと創発的な議論や取り組みを行い価値創出
(経済的価値&社会的価値)
②価値創出の取り組みを通じた関係プレイヤーの成長
③ネットワーク外部性のメカニズムによりエコシステムの外部への影響力・ブランド力の増大
この切り口で考えると、運営事業者は例えば次のような工夫がありえます。
①メーカーを価値創発のための対等なパートナーとしてつきあう。
地域特性やニーズ情報を持つ運営事業者はメーカーに顧客情報を提供し、メーカーの技術・製品開発力を引き出す働きかけをしていく。研究開発部門まで巻き込み次世代の水処理装置などを共同開発するなども可能性がある。また、地元社会も参画してもらい中長期的な共生の関係をつくることで、水という社会インフラを通じて地元社会の雇用創出や都市開発に貢献し、それは巡り巡って、人口増大、そして水のさらなる利用増大につながり、自社の業績向上につながることになる。
②運営事業者はメーカーとの対等な交流を通じて、メーカーのもつ製品・技術などについてもっと学ぶ。
メーカー側は運営事業について学ぶ。それによって互いの会社の人・組織の成長が期待できる。
③メーカーが参加したくなるような場づくり。
エコシステムに参画することで価値創発と自社の人・組織の成長が期待できるとなれば、より多くのメーカーが参画し、運営事業者には各メーカーの製品・技術の情報が集積していくことになる。それらの情報は競合の運営事業者に対して半歩先にいくための差別化要因にもなる。
海外の水メジャーに比較して、事業運営の実績の乏しい日本企業は、まずは特定の国・地域でエコシステム型の事業運営を行い、経験・ノウハウ・実績をつくることが重要です。水メジャーが狙わないような小さい規模の案件から取り組んでいくことになります。その規模の小ささ自体が水メジャーに対する参入障壁となります。経験・ノウハウ・実績づくりができたら、他のリターンの期待できる地域に展開していくことです。
ここでポイントは、各ローカルにエコシステムをカスタマイズしつつも、ノウハウの共有、専門知識をもった人材の一括教育、人材の戦略的な異動・配置を行うことでしょう。また装置や部品はなるべく共通化して、規模の経済を働かせて、コストダウンを図ることも必要です。この切り口で水インフラ分野をまず押さえ、合わせて電気や道路などの他の社会インフラにシナジーを考慮しながら展開していくことになります。運営事業の場合、このようなポイントを押さえて、コーディネート型エコシステムを展開することがポイントです。
では2つ目として、水処理を行うための設備・部品を開発・製造するビジネスの場合のエコシステムについて考えてみたいと思います。水の品質は、水処理工程の優劣によって大きく変化します。日本の上水道のように、豊かな水源から飲用水を製造する場合には、水処理に高度な技術はあまり必要ないかもしれません。一方、海外の水資源が乏しい地域で水の品質を効率的に高めるためには、先端の技術が有効です。メーカーとしてはどのようなエコシステムを構築すればよいでしょうか。
まずメーカーとしては自社の設備・部品へのニーズが強い地域を選定します。次に選定した地域において水事業にすでに携わっている運営事業者やメーカーのリストアップを行います。大手メーカーであり投資力があるのでしたら欧米メーカーのように運営事業者のポジションにも取り組み、全体のコーディネートをエコシステム的に行う戦略があります。
中小メーカーの場合コーディネートを行うには財務や人員の面で体力が劣ります。その場合は、運営事業を行うメイン企業をみつけて、その企業と親密なパートナー関係をつくり、地域ごとのメイン企業にリーダーシップをとってもらい、エコシステムをしかけます。エコシステムの構想・実行の「知恵袋」という参謀役として参画することになります。エコシステム全体の成功は参謀役の貢献あってのことですから、貢献に見合ったリターンが期待できます。
この参謀役を世界の各地域で担うことにより、地域のニーズ情報を集約し、自社製品・技術の継続的イノベーションにつなげることができます。また規模の経済が当然働くので製造コストも下がり、利益向上が期待できます。参謀役として事業展開しつつ、実績やノウハウ、経営資源を蓄積し、長期的には運営事業まで展開することも狙えます。
もう一つの切り口としては、他メーカーとのアライアンスにより、水処理装置の品揃えを増やし、単品でなくソリューションとして提案していくことも運営事業者への交渉力を高めるために必要です。メーカーの場合、このようなポイントを押さえて、サポート型エコシステムを展開することがポイントです。「コーディネート型」「サポート型」のポイントをまとめると次のようになります(図3)。
(図3)
水ビジネスを通じてエコシステムについてポイントをまとめましたが、これは社会インフラ全般だけでなく、他業界のメーカーが海外展開するときにも検討すべきポイントではないでしょうか。
■まとめ
水資源は有限であり、今後人口増大や経済活動の活発化で、地域の水資源はますます乏しくなるリスクがあります。各地域の行政のニーズを先取りして、自社の製品・サービスをエコシステムとあわせて提案していくことも競合に対して優位に立つためのポイントとなります。このニーズを先取りするためには、各地域のマクロ調査だけでは難しく、現地に入り込んで、現地のプレイヤーやエンドユーザーの目線で把握しようとする姿勢が必要でしょう。水ビジネスに限りませんが、現地に入り込んだマーケティングを日本企業はまだまだできていないと言われます(韓国企業のように)。
特定地域に入り込んで現地での「対話」を通じて製品・技術・ビジネスモデルのイノベーションを創発し、そのイノベーションを他の地域に展開して、効率的に売上をあげる。地域横断的に資材やナレッジを共通化することでコストダウンも図る。地域共通のマクロ課題をみつけてコーポレートで投資をすることで大きなイノベーションを起こす。その成果を各ローカルに広める。このような「各ローカルからのボトムアップ」と「グローバルからのトップダウン」という双方向からのダイナミズムが働く事業スキーム構築を日本企業に目指していただきたいものです。
今回コラムでは、水ビジネスの現状を俯瞰的にみて、エコシステムの可能性について検討を行いました。次回コラムでは、海外における日本企業による水ビジネスの可能性を現地取材も含めて述べたうえで検討してみたいと思います。