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パーパスとブレークスルーゴールを共有する(価値観と目標の共有) ブレークスループロジェクトを組織化するための条件(1)
前回、これまで通りの経済性・合理性重視の仕事と、共創・創発型の仕事との両方で力を発揮する「二刀流」の人材を育てるためには、従来の職制中心のピラミット構造の組織に加えて「最も親しい5人の部族(トライブ)」から成るチームを組織横断的につくり、機動的に運営することが効果的であるとお伝えしました。これはまさに、私たちが提唱するブレークスループロジェクトの活用によって目指すべき組織運営そのものです。
今回から7回にわたり、その「最も親しい5人の部族(トライブ)」組織をつくり、運営するための必要条件を見ていきましょう。初回は「パーパスとブレークスルーゴールを共有する(価値観と目標の共有)」です。
■なぜ勉強するのか?なぜ働くのか?
気がつくと期末試験に追われ、受験勉強に追われ・・・。学生時代、多くの人は「なぜそれを学ぶのか」を考える余裕もなく、ただ勉強させられてきたのではないでしょうか。「三角形の内角の和はなぜ180度なのか」などとじっくり考えていたら試験で良い点数がとれない、となればそれも致し方ないのかもしれません。
会社の仕事も同じです。「なぜその顧客にF商品を、X価格で販売するのか?」「なぜこのような設計仕様になるのか」「なぜその会議は必要なのか」などといちいち考えていては仕事が前に進まない。学生時代の勉強と同様、そんな議論をしていると業績目標が達成できない、と思っている人は多いでしょう。
しかし、この「なぜ」を軽視し過ぎて、やっていることの「意味」や「意義」がわからない時間が続くと、人は機械のように目的もなくただ働くだけとなってしまいます。そうなれば、モチベーションが低下し、新たな気づきが減り、行動も起こせなくなるのは当然のこと。結果として組織全体が劣化していきます。
「なぜ」「どうして」「どうなりたいか」を絶えず問い直し、内部で共有することは、組織が志向・体現する価値観を構成員が認識する上でとても大切なプロセスです。しかし多くの企業で今、そのプロセスに費やす時間がどんどん減少しているように思われます。理由の一つは、デジタル化の進展で情報処理や手続き作業などのプロセスの自動化が進み、結果だけが提示されることが多くなったこと。結果の背景にある経緯や事情、そこにたどりつくまでのプロセスを知る機会が減り、「なぜ」や「どのようにして」を考えにくい環境になってしまったのではないでしょうか。
たとえば、ある会社の強み・弱み・機会・脅威、いわゆるSWOT分析をするとき、生成AIを使えば10秒ぐらいで一定以上のレベルの解答を得ることができます。しかし、その分析結果はどのような情報に基づいているのか、どのような論理で生み出されたのかは把握できません。このように「答え」が簡単に手に入るようになると、「なぜ」や「どのようにして」をあまり考えなくなってしまう可能性が高まります。このことは年代や国を超えて問題化していると感じます。
■会社は新たに「パーパス」を設定したが・・・
この「組織が志向・体現する価値観」を言語化する試みとして、過去の経営理念を衣替えして新たに「パーパス」を設定する企業が増えています。従来の経営理念は「私たちはどうなりたいか」を示すものが多かったのに対し、パーパスは「私たちは社会をどう変えていきたいか」を示すものが多いのが特徴です。SDGsは言うまでもなく、地域社会から地球環境まで周囲との関係を考慮した企業経営が求められる現在、こうしたパーパスを導入するのは自然な動きといえるでしょう。
しかし、そのパーパスの意味を社員同士で議論したり、その一部でも実行を試みたりする企業は極めて少数にとどまっているようです。それ以前に、パーパスの作成自体を外部のコンサルティング会社や広告代理店に丸投げ、というケースも頻繁に見かけます。そうなると、完成したパーパスの真の意味をきちんと語れる人が、経営トップ含めて組織内に誰もいない、という事態になりかねません。「組織が志向・体現する価値観」をパーパスとして言語化するなら、自分たち自身でとことん突き詰めて議論すべきでしょう。
■本気を出せるのは、それを成し遂げなければならない「強い理由」が存在するとき
「あなたは過去どのような場面で本気を出しましたか?」「それはどうしてですか?」 研修やワークショップで私がよく尋ねる質問です。その答えには、受験、部活、趣味やスポーツの競技会、会社でのプロジェクト、病気やケガからのリハビリなど様々な物語が出てきますが、共通していることが一つあります。それは、なぜそれを成し遂げなければならないか、という「強い理由」が存在していること。絶対にそれをやらないといけないと強く感じた、という事実です。入念に計画した結果、そういう気持ちに至ったとは限りません。偶然、あるとき突然気がついた、という場合もあります。
企業にとっても同じです。「組織が志向・体現する価値観」であるパーパスこそ、自分たちがなぜそれを成し遂げなければならないのか、という「強い理由」に他なりません。では、個人や組織はどうしたら「強い理由」を持ちうるのか。ここで大切なのは周りとの関係性です。個人なら親や先生、友人、先輩、同僚など。企業なら顧客や取引先、社員、株主、そして社会全体。それらとの関係を紡ぐ中で、やがて「強い理由」を形成するに至る問題意識が、何らかの形で、長い時間をかけ徐々に蓄積されていくのです。
■パーパスは、経験の蓄積による「個人の主観」として認識・体得される
以上のことから、組織の構成員が本気を出して何かを成し遂げるためには「強い理由」、つまりパーパス(組織が志向・体現する価値観)を認識する必要があるとおわかりいただけたと思います。
しかし、パーパスの認識には時間がかかることが多く、またいつ認識できるかの予想も容易ではありません。なぜなら、それは客観的・概念的に理解できるものではなく、個人の主観、すなわち「腑に落ちる」形で体得されて初めて、理解できるものだからです。体得のためには、何かのきっかけで個人の感覚や感情が刺激され、新たな思考が生まれ、行動が誘発され、誰かと共感する、つまり一連の経験が絶対に必要です。こうした一定以上の経験が蓄積されて初めて、「パーパス=組織が志向・体現する価値観」は構成員個人に認識されることができます。
■京セラグループに見るパーパスを体得する「経験の場」
パーパス体得に必須の「経験の場」。その好例として京セラグループを紹介しましょう。
京セラグループの社是は「敬天愛人」です。その説明として「常に公正明大 謙虚な心で 仕事にあたり 天を敬い 人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心」とあります。また、経営理念は「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」とあります。京セラの公式サイトで「パーパス」という言葉は使われていませんが、こうした社是・経営理念こそ同社のパーパスと言っていいでしょう。その源流について創業者の稲盛和夫氏は、小さな町工場から出発し「頼れるものは、なけなしの技術と信じあえる仲間だけ」だったと振り返り、「私利私欲のためではない、社員のみんなが本当にこの会社で働いてよかったと思う、すばらしい会社でありたいと考えてやってきた」と記しています。
この社是と経営理念、つまりパーパスは、「京セラフィロソフィ」として冊子にまとめられているほか、「アメーバ経営」と呼ばれる独自の経営管理方法を通じて実践され、社員が実際に経験できるようになっています。アメーバ経営とは、「京セラグループの企業哲学を実現していくために創り出された手法で、会社の組織をアメーバと呼ばれる小集団に分け、その集団を独立採算で運営する経営システム」(京セラグループ公式サイトより)です。小さなチーム組織を一つの会社に見立てて、その構成員が協力して運営するということです。新入社員であってもキャリア入社であっても、このアメーバ経営を経験すれば、京セラグループのパーパスを個人として、またチームとして経験することができるようになっているのです。
京セラグループの強さは、この「京セラフィロソフィ」というパーパスを、言語や理論だけでなく「アメーバ経営」という「経験の場」を通して浸透させ、かつそれを継続・発展させているところにあります。京セラグループに限らず、ユニクロ、ドン・キホーテ、ジャパネットグループなど環境変化に耐え、継続した成長をとげている企業はいずれも、パーパスを体感できる「経験の場」を持っていることは記憶しておくべきでしょう。