改善目標を「達成できる組織」と「達成できない組織」の違い
先日、5年前に現場改善の支援をした工場(以下、D工場)を訪問しました。D工場では、改善活動を一通り行い、私たちが関わらなくなってからも活動が継続されており、工場長から「当初とは現場が劇的に変わったので、見に来て欲しい」と何度も連絡を頂いていました。しかし、東京から少し離れたところにあるため、なかなか機会を作れず、先日ようやく訪問することができました。5年前に初めて見たD工場では、冶具や工具が乱雑に置かれ、資材は高く積み上げられおり、使っていない部品や廃棄物が工場の隅に置かれていました。今回再訪して受けた第一印象は『工場が稼働していないのではないか』というほど、今のD工場はモノが定位置に収まり、整然としていました。
D工場では、一人の担当者が製品の組み立て工程を完成まで受け持つ、いわゆるセル生産方式をとっています。改善活動に取り組む前は、組立の作業マニュアルがきちんと整備されておらず、組立方法も先輩から少しは教わるものの、各自が見よう見まねで技術を習得しており、個々の仕事の力量の差が作業時間の差として現れている状態でした。
この状態を改めるため、製造現場改善の依頼を受けました。改善活動に先駆けて経営トップや幹部の方へヒアリングをしたところ、「現場メンバーは仕事に対するモチベーションが低く、改善意欲もなく、ダラダラと仕事をしている」「メンバー間のコミュニケーションも活発ではない」という認識でした。会社としても売上・利益ともに順調に伸びているため、現場に対して改善活動をする必要性、危機感を持たせづらいという状況でした。このような状況で約1年間の改善活動を実施し、結果として製造時間25%短縮、不良品率50%減を実現しました。改善活動の成果が上がった要因としては、業務の標準化、生産管理の仕組みの導入と、工場の5Sの徹底を行ったことです。特に5S活動については、D工場よりも遥かに大きい規模の工場や取引銀行から、5Sの優良事例として講演を頼まれるほど、外部からも改善活動の成功事例として認められるようになりました。
組織が大きな危機や問題に直面している時であれば、改善や改革が余儀なくされるため、有無を言わさず実行することが可能です。しかし、業績が順調に伸びており、提供している製品・サービスの品質に問題がなく、現状に不満を持っていない組織が改善・改革に取り組む場合には、様々な抵抗や拒絶反応が起こります。何かを変える時は、慣れるまでに手間や時間がかかるものです。面倒だという気持ちも分かります。しかし、ビジネスには常に改革・革新が必要です。常に変化を続けていなかなければ生き残れません。
今回のコラムでは、改善目標を達成し、その後もより良い職場を常に目指し、継続的に改善目標を達成している組織の成功要因について考えてみたいと思います。
■改善活動への抵抗
改善・改革を始める時には、必ずと言っていいほど現場の抵抗から始まります。現状の仕事のやり方が自分に合っている、仕事のやり方を変える過程が面倒、手間がかかるという気持ちから起こる抵抗です。D工場でも改善活動に取り組んだ当初は、以下のような反応がありました。この反応は、組織の大小問わず、改善活動を行う際に度々生じます。本コラムを読んでいる方の中にも、同じような場面に行き当たったことがある方が多いかと思います。
①改善によるメリットがない
誰もが改善活動を行うことで、仕事の生産性や品質の向上が期待できることは理解しています。しかし、会社の生産性や品質が上がっても、自分にとってのメリットがなければ人は動きません。生産性が上がっても給料が上がらず、むしろ残業時間が減るために収入が少なくなることで、デメリットを感じる方も多くいます。IT企業のSCSK株式会社のように、残業を減らすことでインセンティブとして還元し、給料を減らさない取り組みをしている企業もありますが、まだほんの一部の取り組みです。改善によるメリットを給与以外の面で感じてもらうようにする必要があります。
②他人に興味がなく、自分だけ良ければよい
D工場のように自己完結型の仕事をしている職場では、周囲の人の行動や考え方、仕事内容に興味を持たず、またメンバーと対話する機会を作ろうとせずに、自分一人で仕事をしてしまう傾向があります。他の人の仕事のやり方を意識し取り入れようとしないために、個々の技能向上が進みません。そのため「自分時間」のマイペースな仕事を行い、残業時間を意識しない仕事のやり方が定着します。このような場合、自分の仕事のやり方が本人と会社にとって最良かどうかを認識させる必要があります。他者の仕事のやり方と比較させ、自分のやり方が非効率であることを認識させることで、個々の能力が格段に上がり、結果として改善活動につながります。
③現場のトップが自分のやり方に拘っている
工場や部門のトップの抵抗から改善・改革が進まない場合があります。現場のトップが抵抗する理由としては、部下に改善活動による余計な仕事を増やしたくないという場合と、これまで自分が確立してきた仕事のやり方・プロセスをいじられたくないという思いによるものがあります。前者に関しては、改善によるメリットを定量的に示す、また現場に極力負荷をかけない方法で取り組むことで納得してもらうことが多くあります。後者については、荒療治になりますが、現場トップより上級職からのトップダウンや、現場トップを除いたメンバーでボトムアップ的に改善活動に取り組む試みが必要です。
④今の仕事が忙しすぎて改善活動の時間を割けない/割きたくない
改善活動をスタートし、「メンバーが忙しくて集まらず、改善ミーティングができない」「突発的な問題が生じたため対応に追われていた」など、普段の仕事が忙しいことを改善活動が進まない理由にすることがあります。このような反応があるのは、改善活動が今の仕事の延長線上にあることが認識されていないためです。今の仕事が効率化することで、忙しいメンバーの仕事をシェアして負担を減らす、突発的な問題に未然に対処することができるなど、改善活動によって現在仕事を忙しくしている原因も解消できるとを気づかせることが必要です。一見、面倒な改善活動に時間を割くことが、今の自分たちの仕事を根本的に減らすということに納得してもらいます。
たとえ改善活動への抵抗が表立っていなくても、心理的な抵抗が強ければ、改善が進んでもちょっと手を緩めるとすぐに元に戻ってしまいます。改善活動の最初から抵抗を全て取り除くことは難しいですが、活動を通じて徐々に抵抗感をなくしていくことは可能です。
■改善目標を達成するための取り組み
①お互いが理解しあえる雰囲気を作る
改善活動を成功するために重要なのは、メンバーの仕事とプライベートに関する思いや、価値観をお互いに認め合うところからスタートすることです。「自分の夢100個リスト」のように、仕事とプライベート関係なく成し遂げたいことを互いに共有することで、各々が将来どんな成長をしたいか、何をしたいかを知ることができ、結果として仕事に対する思いや価値観を把握することができます。メンバーの仕事に対する考え方を理解し合うためには、それぞれが何を目的にして過ごしているかを認識することが必要です。
②目的を達成した後のワークライフを描く
業務上の問題点などダメなことを具体的に示すことは比較的容易にできます。しかし、目標達成後のあるべき姿はぼんやりと考えることはできても、具体的な状態をイメージできていない場合があります。改善後の具体的な成果イメージを持ってもらうためには、仕事が効率的になることによる仕事上のメリットだけでなく、プライベートが充実することによるライフスタイルの変化も描いてもらう必要があります。残業時間が無くなることで「早く帰って子供と過ごす時間が増える」「夜間のビジネススクールや習い事に行き、自己啓発の時間にあてる」「ジムに行って運動し、健康を維持する」「会社帰りに買い物ができる」など、ワーク後の自分の生活(ライフ)の向上も一緒に組み込んで改善活動に取り組むことが、目標達成へのモチベーション向上につながります。自分たちの望む仕事のやり方をプライベートも含めて考え、そのために「こんなことはできないか」「どうしたらこんなことができるか」という問いかけをもとに、ワークとライフを充実させるための改善目標と改善課題を設定します。
③すぐに行動に移せるように、個々の得意分野を把握する
改善目標を達成できた組織に共通していえることは、「良さそうな取り組みは、とりあえずやってみよう!」と、気軽に取り組み始めたことです。すぐに行動できるような改善アイデアを出し、行動しながら見直します。改善活動は、これまでの行動や習慣を変革することになるため、最初から上手くいかなくても当然です。試行錯誤するうちに、今までの行動や習慣など染みついてしまったものを落とすことができます。
直ぐに取り組むためには、メンバーが得意な分野から始めることです。自分が不得意であったり、知見や経験のないところから始めても、重い腰が上がらないまま改善への取り組みが進まず、取り組んでもあまり効果が望めません。むしろ、本人や周囲にストレスを増やす要因となり、改善活動の停滞を招くことになります。
D工場の改善活動では、各々が得意とする業務を抽出し、それをビデオに撮り、そのやり方をメンバーで共有してベストプラクティスとして標準作業手順としました。その結果、各人の仕事に対する自尊心を刺激するとともに、組織における存在価値を高めることができました。
④常に上を目指すためのお手本を作る
成長し続ける組織は、いつも現状に満足していません。D工場も、常に今よりも良くなりたいという気持ちを持ちづけ、日々改善活動に取り組んでいます。D工場では、まったく別業種ですが、平安時代から鋳物を作り続ける『傳來工房』をベンチマークしています。この会社の5Sに感銘を受け、常にそこを意識して改善活動に取り組んでいます。自分達よりも高みにある組織を知り、そこを目指すことは、メンバーの改善ベクトルを合わせるとともに、新たな改善の知見を得ることができます。
⑤成果を外部から認めてもらう
改善活動に長年取り組んでいる組織の中には、改善活動が恒常化し、改善疲弊を起こしている現場もあります。特に製造現場では改善活動が日常的に行われており、改善はやって当たり前の風潮があります。しかし、私共が製造部門に限らず各社の改善活動を見てみると、現場それぞれが工夫を凝らしており、他社でも取り入れるべき改善方法は少なくありません。改善活動の取り組みや成果は、外部はおろか、自社の他部門でも共有されていないことが多くあります。D工場が自分たちの改善活動に自信を持ったのも、他社で成功事例として講演したことがきっかけです。掲げた改善目標を達成することで、一定の達成感を味わうことはできますが、第三者から成果を認めてもらうことは、自分たちの取り組みは間違っていないと認識し、他よりも優れた活動を行っているという自信につながります。D工場では、経営トップが積極的に自社の改善活動の成果を外部に発信しました。組織が改善活動を継続的に取り組むためにも、社内外で活動成果が認められる環境を用意することが必要です。
■改善は人の意識・行動改革から始める
今日、IoTやAIによる作業分析技術を取り入れた改善活動が盛んに行われています。しかし現時点では、依然として改善の成果は人による行動や意思決定に左右されます。優れたツールや仕組みを構築しても、その活用を人が拒めば、活かすことはできません。手法やシステムを取り入れることが目的となった改善は、長続きしません。
改善活動で最も重要なことは、具体的な達成目標を描き、そこに向かう一歩を踏み出すことです。自分たちは「何を達成するために改善活動を行うのか」「そのためにはどの程度まで到達する必要があるのか」をメンバーで納得し、「やらされている改善」から、自分たちの目的を果たすための「やるべき改善」をお互いが認識することが重要です。