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技術マーケティング戦略によるオープンイノベーション

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■すでに死語になった?「オープンイノベーション」

 「オープンイノベーション」という言葉自体がすでに死語ではないか?と思うほど、イノベーションの源泉を組織内外にこだわることは無意味になってきている。もちろん社内での技術をはじめとするイノベーションを軽視しているわけではない。しかし世界中でIoT(Internet of Things;モノのインターネット)領域の競争が激化している中、すでに一つのモノ、そして一企業単独でビジネスをすることはほとんど無い。多くのモノビジネスは、様々な他の企業のモノや、周辺のサービスや情報提供、アプリケーションソフトウエアなどが組み合わさってはじめて顧客に価値を提供するようになっている。
確かに30年ほど前に日本の製造業が世界を席巻していたほんの一時期、多方面に多角化した日本の大企業は、様々な製品やサービスを自社グループで提供し、組織内部の迅速な連携によって半導体、家電、通信機器、自動車などで世界シェアを獲得してきた。しかしデバイスのデジタル化とインターフェースの標準化の進展で、部品の摺合せによる垂直統合型のビジネスモデルは劣勢となり、水平型のグローバル分業にとって変わられた。さらに、1990年代半ば以降のインターネットの急速な普及によって水平統合型ビジネスがさらに進展し、スマートフォンに代表される様に、ハードだけでなくアプリケーションソフトやICT(情報通信技術)を組み込んだビジネスが加速した。そして現在、すべてのモノがインターネットにつながるIoTの時代となり、一企業、一ビジネスレイヤーでの競争よりも、複数の企業、複数のビジネスレイヤーで構成されるエコシステム・ビジネスモデルでの競争が中心となり、この傾向は今後ますます拡大すると考えられる。
 このように、現在のエコシステム・ビジネスモデル戦略では、外部のイノベーションを取り込むのはごく当たり前のこととなり、「オープンイノベーション」という概念はあまり意味の無いものになりつつある。

■なぜまだ「オープンイノベーション」と言わないといけないのか?

 前述のように、今や当たり前となった「オープンイノベーション」。しかし、日本の多くの企業や組織では、今また敢えて「オープンイノベーション導入」と言わなければいけない実態がある。それは、多くの日本の製造業が持つ、行き過ぎた内製化へのこだわりである。具体的には、品質、コスト、納期が圧倒的に負けているにもかかわらず、社内の部品、部材、サービスを使わなければならないと考える組織体質である。その範囲は、材料、部品、製造、設計サービスだけでなく、法務、経理、総務、福利厚生などの間接部門までにも及ぶことも多い。
 なぜ多くの日本企業は未だに内製化にこだわるのか?それには主に三つの理由がある。一つ目は、日本企業の雇用習慣にある。日本企業は業績が悪化しても容易に社員を解雇できないし、また定年退職するまで社員を雇用するいわゆる終身雇用的な習慣を持つ。このような習慣では、人件費は長期的な固定費となり、組織内で抱える人を食わせていくための仕事をつくらなければならないのである。そのため、多少コストが高かったり品質が悪かったりしても、社内のものを使用することが優先される傾向がある。
 グローバルでの市場競争が厳しく、またインターネットの普及で社内のありとあらゆる仕事がアウトソーシング可能な現在、たとえウエートが小さい原材料や部品、部材、そして業務であっても、市場競争力の弱いものを使うことは、事業や経営の競争力を低下させる原因となりうる。
 実際、国際的に財務の観点からみても、日本企業の収益性は低い。一橋大学の加賀谷哲之准教授の調査によるROEの国際比較では、日本はROEが10%以下の企業が全体の80%以上とある。また「通商白書2015」で多角化企業の事業部門の収益を見ると、全体の90%以上の企業が、営業利益10%未満である。このように、日本企業は社内に競争力のない事業や組織を抱えているという現状がよくわかる。
 日本企業が未だに社内内製化にこだわる理由の二つ目は、「摺り合わせの習慣」である。日本の多くの企業は、いわゆる特注仕様にこだわる。サプライヤーに対し、自社独自の仕様に合わせた部品、材料、サービスを要求し、サプライヤーもまたその仕様に努力して応え続ける習慣がある。摺り合わせによる部品、部材、サービスの連鎖により、競合他社には容易にまねできないバリュ-・チェーンを形成し競争する。東京大学経済学部の藤本隆宏教授は、製品アーキテクチャをインテグラル型(摺り合わせ型)、モジュラー型(組み合わせ型)とクローズド型(囲い込み)オープン型(業界標準)でマトリクスを作り、日本企業は、自動車や一眼レフカメラ、工作機器、鉄道車両などインテグラル型には比較的強いが、パソコン、スマートフォンなどのモジュラー型でオープン型の業界では敗退していることを指摘してきた。

 

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 三つ目は、二つ目の「摺り合わせによる独自仕様」の習慣からか、競合のベンチマーキングを行わない傾向である。私は2015年に「勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法」(中央経済社)著したが、多くの日本企業は自社の技術、製品、事業やエコシステム・ビジネスモデルを競合と比較したがらない傾向がある。そのため、品質、コスト、納期などの競合とのギャップを直視できておらず、それがグローバル市場で競争力のない状況を作り出してしまう結果となっている。
 このような理由から、多くの日本企業は、頭では解っていても内製化の習慣を切り替えられずにいる。そのような理由から、エコシステム・ビジネスモデルが競争の中心になった現在でも、敢えて「オープンイノベーション」という言葉を掲げなければならないのだろう。
しかしこのグローバル化の時代、ネットの時代に、行き過ぎた内製化志向は企業の存続を危うくする。今こそ日本企業は、競合他社と自社の競争力を比較し、組織内部の技術、製品、サービスを市場競争に晒し、鍛え抜くべきである。そして真に競争力のあるものはさらに強め、弱いものは内製化をやめ、外部の強い企業と連携するべきである。グローバル競争に勝ち抜く意志と覚悟を固めるために、敢えてこの「オープンイノベーション」というキーワードを使うのならば私も賛成である。

■オープンイノベーションを実践する“技術マーケティング戦略”とは

 オープンイノベーションの本質は、イノベーションの源泉を社内だけでなく、社外にも求めることであり、社外で生まれたイノベーションを社内のイノベーションに結びつけ、より強いエコシステム・ビジネスモデルを形成することである。もっと簡単に言えば、社内のイノベーションと社外のイノベーションを結びつけ、競合がまねできないようなエコシステム・ビジネスモデルと高い顧客提供価値を創造し、その好循環システムを構築することだと考える。私はこれを“技術マーケティング戦略”と呼び、コンサルティング活動の中で実践してきた。
 技術マーケティング戦略は以下の3つの要素で構成されている。

 

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① 市場イノベーション
 市場イノベーションとは、現在の市場構造を大きく変革することである。具体的には既存の市場、業界の参加者を大きく変え、市場規模を現在の数倍にし、急成長市場に変革することだ。自社が参加可能な市場をいくつか調べ、自社のコア技術、そこから生み出された製品・サービスによってイノベーションを起こせそうな市場を探すことである。現在市場イノベーションが起こると考えられている例をあげると、自動運転市場、データヘルス市場、ビットコインなどのフィンテック市場などであろう。既存の業界構造を破壊しながら新たな市場構造を創り出し、市場自体が急成長をしていくものである。IoTが関わる市場は、市場イノベーションそのものであると言ってよい。
市場イノベーションが起こった状態とは、業界のエコシステム・ビジネスモデルが大きく変化していることであり、市場参加プレイヤーが変わることに加え、市場参加プレイヤーの関係性、具体的には情報の流れ、モノの流れ、カネの流れが大きく変わることである。

 

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② 顧客提供価値
 前にも述べたが、現在では一製品・サービスの範囲の価値創出にとどまっていては市場競争で勝てない。自社がリードし、有望なパートナーも巻き込んだエコシステム・ビジネスモデルによって生み出される最終受益者の“顧客提供価値”が重要である。顧客提供価値とは最終受益者が受けとるベネフィット(便益)を顧客が負担するすべてのコストで除したものである。顧客が負担するコストの中には、サプライヤーに支払うコストのみならず、顧客がその製品・サービスを使用するに当たって負担するすべてのコストまで含まれる。たとえば製品・サービスを使用するために必要な学習や、修理・メンテナンス費用などである。
技術マーケティング戦略として私は、この顧客提供価値を少なくとも現在の1.5倍以上にできなければ市場で勝つことはできないと考えている。1.5倍という数値は厳格なものではないが、提案する価値に対して顧客が関心を持ち、現在使用しているものをやめ、新たな価値を受け入れるためには、既存の1.5倍の価値は最低ラインと考えるのが妥当であろう。

 

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③ コア技術戦略
 コア技術戦略とは、上記の①市場イノベーション②顧客提供価値を創造する上で中核となる自社または自社が獲得可能な他社の技術を指す。コア技術を見つけ出すには、いくつかの方法がある。既存事業の技術を進化発展させることや、異なる複数既存事業の技術を組み合わせること、自社の技術と他社の技術を融合させ、より強く模倣困難な技術を創造することなどである。

 

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 外部のイノベーションを取り入れるといっても、何らかの形でその技術を社内に取り込み、競合はじめ他社が勝手に使えないような排他権を獲得することが重要である。また自社がリードするエコシステム・ビジネスモデルの中で、このコア技術に対し、顧客やパートナーからの情報がフィードバックされ、自動的に進化していく仕組みが必要となる。

 

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 技術マーケティング戦略の全体像をモデル化すると、下の図になるが、エコシステム・ビジネスモデルを構成するパートナーやコア技術そのものに外部のイノベーションを取り入れるという点では、技術マーケティング戦略はオープンイノベーションそのものといえる。

 

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 大事なのはイノベーションの源泉を自社の英知だけでなく、パートナー企業や顧客など外部に求め、それらをエコシステム・ビジネスモデルという仕組みで循環させ、進化させていくことにある。

■オープンイノベーション、技術マーケティング戦略実践で重要なこと

 内製化を中心に進めてきた日本企業にとって、オープンイノベーションと技術マーケティング戦略を進める上で重要なことは、大きく分けて以下の三つである。

① 「未来デザイン」で発想した結果から、バックキャスト思考で取り組む
すべてがインターネットにつながるIoTの時代は、現在の技術レベルに依存しない予想外の発展が起こる。そこでは「現在がこのレベルだから次にこうなる」といった積み上げの発想は全く通用しない。むしろ、現在の技術レベルや社会的制約を外し、「未来はこうなる」「未来をこうする」といった「未来デザイン思考」で考え、「結果」から逆算してシナリオを策定することが重要である。

 

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 日本の伝統的な大企業ではこうした「未来デザイン思考」のようなプロジェクトはほとんど実施されていないか、実施されたとしてもその結果を軽視する風潮がある。しかし米国シリコンバレーはじめ、世界中のイノベーターが、ベンチャー企業を立ち上げ、結果として未来デザインを実現させ、多くの市場を変革している。
現在すでにある理論と情報を使って考えるのは悪くはないが、その結果は少し努力すれば誰でも思いつくことばかりである。他社ができないイノベーションを起こすためには「感性、感情などの主観も含めた自己の独自性」から発想するしかない。ロジカルシンキングだけでなく、デザインシンキングとそこからのバックキャスト思考が重要なのだ。そういった個性、独自性から他の人が予測もしなかった顧客提供価値や市場イノベーションが生み出される。
 弊社のコンサルティングの現場では、未来のありたい姿、技術マーケティングでいうところの革新的な「顧客提供価値」をデザインするため、「体験発想」「学生とのワークショップ」「異業種ワークショップ」の三つを推奨している。「体験発想」は、テーマに関して「タウンウォッチング」や「顧客現場体験」「現場観察」などを通じて、感性、情緒を刺激し、未来を発想する手法である。「学生とのワークショップ」は、過去の経験が少ない大学生などとテーマをディスカッションすることで未来を発想する手法であり、「異業種ワークショップ」とは利害関係のない異業種企業同士で未来を発想し、異なる専門の知識、知恵が交わり独自のアイデアを発想させる手法である。

 

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② はじめに仮説を立て、その仮説検証を高速で行う
 技術マーケティング戦略では、はじめに市場イノベーション、顧客提供価値、コア技術戦略の三つの要素の仮説を立てることから始める。「現在の顧客提供価値を3倍に拡大」「IoTを活用したグローバルプラットフォームをベースにしたビジネスモデル」「自社のコア技術の変革」といった大まかなビジョンを掲げ、それに向かって①のいくつかのデザイン思考の手法を使い、思い切った仮説を企画する。
 次にそれを顧客やパートナー企業などの関係者とのコミュニケーションを通じて、受容可能かどうかを素早く検証する。米GEでは、リーンスタートアップのGE版「ファストワークス」手法を全社に展開し、インダストリアル・インターネット(GEにおけるIoT)において優先順位の高い顧客価値のポイントに重点を置き、検証し、モデルを作り、過去の半分以下の時間で導入可能性を検証している。
 いくつかの先行技術開発を行ってその目処が立ったたら製品企画を行い、開発設計を終えて量産化の目処が立ったらマーケティングを行うといった積み上げ発想では競争に勝つことはできず、投資回収ができないリスクも極めて高い。特にIoT分野では、いったん火がつき始めたら世界中のイノベーターが次々と企画開発を始める。その競争に勝てなければ生き残っていけない。その意味で、これまでの常識を破った素早い仮説検証は大変重要である。

③ 世界中の関連する人・組織の情報が自動的に入ってくる仕組み
 技術マーケティングやオープンイノベーションで成功する前提は、世界中の関連する人・組織の情報が自動的に入ってくる仕組みを持っているかどうかである。個別にマーケティングリサーチや技術情報を収集しているレベルでは勝つことはできない。積極的に情報を発信し、その結果、価値ある情報が自動的に入ってくる仕組みを持っていなければならない。
 その意味では、研究開発活動において、自社からの情報発信と他社とのコミュニケーション活動は大変重要な役割である。他社に対し優位な技術を開発したら、それを情報発信することで関連する他社の情報を収集し、さらにはアライアンスの関係を構築することができる。
 この点における日本企業のボトルネックは、技術開発情報の開示範囲である。「すべて開示したくない」という完全クローズな発想や、「戦略が不明確なため開示範囲が曖昧」であることである。このような姿勢では、オープンイノベーションをベースにしたIoT関連ビジネスでは成功は望めない。
また、世界中の関連する人・組織の情報が自動的に入ってくる仕組みは、アライアンスやコラボレーションをリードすることによって、効果的なエコシステム・ビジネスモデルを構築することにつながる。オープンイノベーションや技術マーケティング戦略を実現させるためには、アライアンスやコラボレーションの知識、スキルと、それを実践し、リードする人材が必要となる。

 以上、技術マーケティング戦略によるオープンイノベーションに関して簡単に述べたが、モノのインターネット化、IoTはこれからますます進化する。日本企業は、ビジネス、企業経営のやり方を大きく変えていかなければ、今後グローバル市場での存続も厳しくなるだろう。一方でIoTは「モノ」のインターネット化であり、多くの日本企業が得意とするモノづくりがベースとなっている。インターネットが新たな局面を迎えた今、勝つためのオープンイノベーションを積極的に取り入れ、ポジティブに企業変革を実行する時が来たと考えられる。

 

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