IFRS導入が経営に与える影響(2)
前回は、IFRSについての動向、日本基準との基本的な違いについて考えてきました。
今回は、IFRSによって、何が変わり、どのようなインパクトがあるのか、そして、経営者や現場の方々は、何を意識し、どのように準備すればよいか考えていきたいと思います
■IFRS適用による業績評価への影響
IFRSによる各財務数値への影響は、企業の業績評価にも影響を与えます。
従来から採用されていた、利益率、ROE、ROAなどの業績評価指標は、IFRSの導入により、経営環境に変化がないにもかかわらず、変化が生じることになります。
経営者は、以下のことを考慮に入れ、従来までの経営目標を見直すとともに、あらたな業績目標を再設定する必要があります。ここでは、代表的な業績評価指標について、その留意点を考えてみます。
(ア) トップラインとボトムライン
業績評価のトップラインとして、売上高は、出荷基準から検収基準となることから変化が生じます。その一方で、業績評価のボトムラインとして、従前どおり当期純利益とするか、それとも、包括利益とするか、企業ごとに、注目されるところです。
ボトムラインを包括利益と考えた場合、経営者のコントロールできない資産の変動損益が算入されるため、本業の業績評価と包括利益を含む全体の業績評価にズレが生じる可能性があります。管理不能な利益も含む包括利益を業績評価とする場合には、留意する必要があります。
(イ) 売上高営業利益率
IFRSでは、営業外損益、特別損益が、営業利益に含まれるようなるため、営業利益は大きく変動することになります。営業利益を経営指標とする場合には、発生が経常的でないものにも十分留意した経営を行う必要があります。
また、継続事業と廃止事業が遡及して区別されるため、足を引っ張っている廃止事業の損益や財務状況が明確になります。廃止事業が赤字の場合には、継続事業では、営業利益がプラスとなるなど、業績評価がより適切に行えます。
(ウ) 売上高経常利益率
経常利益を業績指標としていた場合には、たとえ営業利益が悪くとも、有価証券の配当や、貸付金などの配当や利息などの営業外収益により、経常利益の見栄えを良くすることができました。
IFRSが導入されると、経常利益の開示がなくなるため、営業利益、当期純利益、包括利益などの他の指標に利益目標を変更する必要があります。
(エ) 売上高当期純利益率
今まで、当期純利益を業績指標としていた場合には、不況による営業赤字や減損など特別損失により赤字を計上しそうになると、含み益のある投資有価証券や土地を売却することで益出しを行い、赤字を回避することがでました。
しかし、IFRSでは、過年度に計上された含み益がある投資有価証券を、当期純利益へ振り替えることが禁止される可能性があり(リサイクリングの禁止)、益出しができなくなる点、厳しい経営にさらされることになる点に留意する必要があります。
(オ) ROE
ROEは、株主から預かっている資金に対する、株主に帰属する利益率の割合です。
ROEは、「当期純利益÷自己資本」で算出され、具体的に自己資本は、「その他有価証券評価差額金」や「繰延ヘッジ損益」などを含む純資産から、新株予約権などを抜いて計算します(自己資本=純資産-新株予約権-少数株主持分)。
このように、ROEの計算にあたっては、その他の包括利益を含まない当期純利益を分子に、その他の包括利益を含む自己資本で算定されることから、保有株式の株価暴落によってROEの分母が縮小し、結果としてROEが大幅に“改善”することが問題点として指摘されておりましたが、従来どおり、分子に当期純利益を用いるべきか、それとも包括利益を用いるべきか注目されるところですが、分子に包括利益が採用されることで、このような問題が回避される可能性があります。
しかし、IFRS導入後は、当期純利益および株主資本ともに影響をうけるため、新たに目標指標を設定する必要があります。
(カ) ROA
ROAは企業が調達した資金全額に対するリターンを表す指標です。負債と資本の加重平均資本コスト以上のリターンがあるかを%によってみることができます。
ROAは「事業利益÷総資産」で算出され、事業利益は営業利益に受取利息・配当金および持分法利益を足し合わせて算出します。
IFRS導入により、開発費の資産計上、リース資産計上、さらには、SPCの連結対象が新たに増えることで、総資産が膨らむ可能性があります。
また、事業利益の算定にあたって、営業外損益、特別利益などが含まれるため、新たに目標指標を設定する必要があります。
(キ) キャッシュフロー
業績評価指標として、営業キャッフロー、そして、営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを差し引いたフリーキャッシュフローを活用していた会社も多いかと思います。IFRSが導入されると、その作成方法が間接法から直接法になることで、営業キャッシュフローの中身をより詳細に分析することができます。さらに、事業活動と投資活動の区別が今まで以上に明確になることから、キャッシュフローを使った業績評価がより精緻なものになる可能性があります。
(ク) EVA(経済的付加価値)
EVAとは、投下資本を元手にどれだけの真の経済的利益を生み出せたかを測る企業評価指標です。EVAは、EVA=税引き後営業利益(NOPAT)-投下資本×資本コスト(WACC)として、営業利益をベースに計算します。IFRS導入後は、営業利益に、営業外損益、特別損益含まれるため、新たに目標指標を設定する必要があります。
6. IFRS導入が経営に与える影響
IFRSについては、財務に与える影響面ばかりが強調されておりますが、IFRSの導入は、単なる会計上の組み換えに留まりません。
厳格な決算が行われることから、事業計画の作成はいままで以上に難しくなる可能性があり、業績評価などの経営管理はもちろん、M&A研究開発、資産をどのように持ち、負債をどのように圧縮していくかなどの経営戦略にも影響します(図7参照)。
(図7) |
また、IFRSに基づくグループ基準を設定、関連する業務プロセス、マニュアルの整備、JSOX対応、管理会計の見直し、グループの人材の育成が必要になるなど、組織、業務プロセス、情報システムにまで影響します。
これほどまでに、大きなインパクトがあるIFRSですが、企業側の対応を見てみると、まだまだ真剣に捉えられておらず、対応が進んでいない会社がほとんどのように感じます。
2012年に金融庁が強制適用するか否か方針発表を待って対応する企業も多いかと思います。
今後のIFRS導入の取り組みにあたって、大きな2つの選択肢があると思います。一つは、単なる会計基準の差異調整だけに影響するものとして、決算時にのみ、数字の組み換え作業として捉える方針、もう一つは、IFRSを全社的な改革と捉える方針。
前者と考えた場合には、経営者も現場にとっても、IFRSは作業コストばかりかかる、やっつけ仕事のように映るかもしれません。
もっとも効果的なのは、後者のように全社的改革として捉える方法です。
グループ全体でIFRSが導入され、共通言語としてIFRSが広がることで、バラバラな業務プロセス、情報システムが見直され、業務の標準化・統一化が進むことで、意思決定も迅速なり、更なる企業価値の向上が可能となります。
全社的な改革には、膨大な作業とコストはかかりますが、経営高度化のためのツールとして活用することで、大きな成果が得られる可能性があります。
どちらを選択するは、経営者がどのようにIFRSを捉えるかにかかってきます。
経営者は、IFRSをよく理解したうえで、IFRSに向けた方向付けを行う必要があります。
企業は、従来と比較すると様々なリスクにさらされており、その中で、IFRSは、本業の真実の姿を表すともいえます。IFRSが導入されると、柔軟かつ実態を理解した経営が求められ、より一層、厳しい経営を迫られることは間違いありません。厳しい基準の中で企業経営を行うことは、企業そのものを強くしますが、その一方で、IFRSを知らないで経営を行うことはとても危険です。IFRS導入にあたっては、経理部、管理部が中心になって推し進められるものではなく、経営者がリーダーシップをとり、現場と一体となって進めるべきです。そのためには、経営者自身が、IFRSに関するリテラシーを高め、企業を見る目をしっかり持つことが必要といえます。
(おわり)
株式会社オーナーズブレイン 代表取締役 公認会計士 小泉 大輔
・所属・役職
株式会社オーナーズブレイン 代表取締役
公認会計士
・略歴
朝日監査法人(現あずさ監査法人)、新日本監査法人を経て現職。
株式公開、M&A、内部統制のコンサルティング業務を主たる業務とする。
・著書・訳書など
『コーポレート・ガバナンス報告書 分析と実務』2007年4月(共著、中央経済社)
『要点解説 金融商品取引法』2007年10月(共著、中央経済社)
「財務スキル教室」(「クオリティー・マネジメント」‐日科技連)
「金融商品取引法に向けた企業の対応」(「クオリティー・マネジメント」‐日科技連)等
株式会社オーナーズブレインURL http://ownersbrain.com/