テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 福島 彰一郎 2011年1月19日

日本は「世界の課題先進国」です。東京大学・元総長・小宮山宏先生が提唱されていることですが、例えば、少子高齢化、需要の減少、社会保障費の増大、深刻な財政赤字、環境・省エネ対応などの課題をもっています。これらの課題解決は一社単独では困難であり、業界横断的な連携、国境を越えた連携による取り組みが必要です。グローバルレベルのビジネス生態系(=グローバル・エコ・システム)の構築が必要ということです。上記のような日本が直面している先端課題を解決できれば、今後同様の課題をもつ中国・アジアなどにビジネス展開できることにつながります。

ここ半年程、弊社が新規事業開発に取り組んでいる製造業のお客様とやりとりをしていて、実際に関心が高まっているのは「いかに自社事業にとってのエコ・システムをグローバルでしかけるか?」ということです。欧米のインテルやアップル、クアルコムなどのグローバル市場における成功をみて、自社の事業に当てはめてみようと試みています。
しかしエコ・システムの構想まではなんとかできたとしても、それを具体的にどのような手順で構築していくかという計画立案になると検討が進まなくなるケースが多くみられます。これは自社だけの範囲でなく、複数の社外企業を、しかもグローバルで巻き込むためには、検討すべき課題・計画が複雑になるためです。今回のコラムでは、どのようにしてエコ・システムを構築していくのか、その手順・ポイントを考えてみたいと思います。

■「コンソーシアム」とは

エコ・システムは、当然のことながら自社単独では構築できないので、そのビジネスモデルで役割を担ってもらう社外企業を巻き込んでいく必要があります。そのためには、社外企業と議論やコラボレーションのための場づくりが必要となります。つまり「コンソーシアム」です。「コンソーシアム」について改めて説明すると、「単独組織で取り組むには大きな課題に対して、当該課題に関心・利害をもつ複数の社外組織が集まり、共同で取り組む組織体」です。ビジネスにおけるコンソーシアムでは、情報共有や共同研究、事業コンセプト創出、事業開発、技術の標準化などが行われます。
コンソーシアムを仕掛けることによるベネフィット・デメリットにはどのようなものがあるでしょうか?主なベネフィットとしては次のようなものがあります。
 
① 大きな課題に複数プレイヤーで取り組むことにより、技術・製品・事業開発に伴う自社負担リスクを低減できます。
② 自社とは異なる視点や専門知識をもつ複数プレイヤーが「創発的」な議論を行うことにより、自社単独では発想できない戦略コンセプトなどの創出が期待できます。
③ 市場・事業において「ネットワーク外部性」のメカニズムが働く場合、コンソーシアムによりインターフェイスの標準化が行えます。このベネフィットについては少し説明が必要です。情報通信および電機・電子産業分野などでは、参加企業を巻き込めば巻き込むほど互いの連携が多様化され、参加企業やエンドユーザーはより多くのベネフィットを得る好循環が生まれます。「ネットワーク外部性」というメカニズムです。それにより市場が拡大し、参加している企業はそれぞれ大きなリターンが期待できます。例えば、かつて日本の電機メーカーが中心となった「DVDフォーラム」が挙げられます。メーカーや映画製作会社などが複数参画することにより、グローバルで規格が制定されました。それにより、メーカー群は規格に添ったDVDプレーヤーを次々に投入し、映画製作会社群は規格に添った映画コンテンツを豊富に投入することができ、グローバルでDVD市場が短期間のうちに立ち上がりました。これにより関係プレイヤーは世界市場で大きなリターンを得たのでした。
④ 製品のモジュール化が進展しているときは、標準化のためのコンソーシアムを行うことが業界的にもエンドユーザーのためにも意味があります。モジュールが各社各様で進んでしまうと、インターフェイスの規格が多様化し、参加企業やエンドユーザーの煩雑さが増大してしまうからです。これはエンドユーザーにとってもベネフィットが下がることにもつながります。
⑤ 製品をつくる上で必要な特許を複数の企業がそれぞれ持っている場合、互いにライセンスしあわないと結局製品そのものが開発されず、市場も生まれません。結果として誰も利益を得られない悲劇が生まれます(『アンチコモンズの悲劇』といいます)。このようなことのないように、コンソーシアムで参加企業同士が互いに非差別的にライセンスし合うことも大切です。
⑥ コンソーシアムに参加し社外との接点を持つことは、自社内の人・組織に緊張感を与えます。社内のしがらみなどを超えた、事業成果にフォーカスした思考・行動を促します。また社外との交流から人・組織の学習と成長が期待できます。
 
一方、コンソーシアムによるデメリットとしては次のようなものがあります。
 
① コンソーシアムに参加し社外と情報交換することは、競合他社も含めた社外への自社情報・ノウハウ・技術の漏洩のリスクがあります。
② コンソーシアムにおける議論や行動において、主導権を他社にとられた場合、他社の動きに影響され、自律的な動きがとりにくくなります。そうなると新市場創出などを狙う場合には、将来の市場シェアの低減につながるリスクもあります。このようなリスクがある場合は、コンソーシアムを仕掛けないこともひとつの手です。
③ 製薬業界などでは、標準化のためのコンソーシアムが開かれることはまずありません。薬のターゲットとしている患者数は限られており、薬の市場規模は決まっているからです。そのため標準化して多くの製薬メーカーが参入してしまうと、市場シェアを他社にとられてしまうことになります。コンソーシアムは市場・事業・技術特性を考慮して行う必要があります。
 

■エコ・システム構築を狙ったコンソーシアムにおける必要コンピタンス

このようなベネフィットとデメリットを考慮して、ベネフィットが上回る場合はコンソーシアムを検討することになります。コンソーシアムにおける参加企業同士の力関係は、将来エコ・システムが実際に立ち上がったときの参加企業同士の力関係に大きく影響してくることが予想されます。自社の事業を中心にしたエコ・システムを構築したいのならば、初期のコンソーシアムにおける活動やコラボレーション段階においても、自社が中心となっていることが必要条件ではないでしょうか。
弊社ではコンサルティングの経験から、コンソーシアムで自社が中心となり全体をリードするには次のような3つのコンピタンスが必要と考えます。
 
① 市場全体を俯瞰的にみる視野の広さ&「ステップ1.エコ・のビジネスモデル構想力
コンソーシアムでリーダーシップをとろうとしたら、自社事業の範囲のみの狭い視野で事業環境をみて、戦略を構想していてはいけません。関係プレイヤーとコラボレーションして全員で取り組む市場を俯瞰的にみて、全員でビジネスモデルをニュートラルな視点から示していく必要があります。市場全体で当該事業に取り組む意義をエンドユーザーや社会、環境などの視点から示していきます。
さらにいうと、自社が構想する戦略は競合他社も同様に構想する可能性が高いということです。競合他社が構築しようとする「エコ・システム」よりも、競争力のある戦略コンセプトを構想する必要があります。コンソーシアムに参加するにしても参加企業はコストを払う必要があります。例えば標準化活動におけるコンソーシアムでは、1社あたり年間数百万のコストがかかるそうです。大企業となれば、コンソーシアムは1つ2つでは済みません。100個オーダーのコンソーシアムに参加すれば年間数億円のコストがかかります。標準化活動では、規格同士が争います。ある規格の競争優位性がないと判明するとコンソーシアムの参加メンバーは一気に激減するといわれています。
 
② 自社と参加企業、または参加企業同士のアライアンス関係性の設計力
参加企業の事業面、技術面、法務面、財務面からデューデリジェンス(審査)を行い、参加企業の強み・弱みなどを明確にし、自社と参加企業とのアライアンス・M&Aの関係性を設計する必要があります。さらには、参加企業同士のアライアンス・M&Aの関係性も設計し、参加企業メンバーに提案できることが望ましいです。
 
③ 理念・ビジョンをベースにしたリーダーシップ力
コンソーシアムには、各企業は異なる目的をもって参加します。当然のことながら様々な利害衝突が起こります。それでも、新市場創出や新技術開発などの大きな成果が期待できるからコンソーシアムを行う意味があるわけです。
コンソーシアムの目指す大きな成果(ビジョン)とその取り組み意義(理念)を明確にして、関係者全員が頭で理解するだけでなく、腹の底からやろう!と共感している状態を醸成する必要があります。そうすることで、メンバーは自律的に動き出し、コンソーシアムは小さな利害衝突を超えて、大きな成果を目指すことになります。自社の事業を将来のエコ・システムの中心にしたいのであれば、この理念・ビジョン形成と共通認識形成のプロセスにおけるリーダーシップをとる必要があります。
 
前々回のコラムで紹介したように、ロームにおける研究開発コンソーシアムでは理念・ビジョンの共有・共感のための「対話」に1年もの時間をかけることもあるそうです。この対話をリードまたはファシリテートすることを通じて、リーダーはメンバーから信頼を得ていくことになります。しかし、コンソーシアムの参加メンバーは日本企業だけではありません。グローバルでのエコ・システム構想となると、海外企業がパートナー企業となります。言語や価値観、ビジネス慣習の異なる海外企業にとっても理解・共感される普遍性のある理念・ビジョンの共有・共感を醸成するリーダーシップが必要となります。理念・ビジョンについての真剣な議論に馴れていない日本企業(あるいは日本人)にとって、ここは大きな意識改革の課題となりそうです。
なお、これら3つのコンピタンスはチーム・組織として有していればよく、1人で有する必要はありません。前回紹介した「オープン・ネットワーク戦略オフィス」がこれらの取り組みをサポートする役割を担います。

■コンソーシアムの具体的な実行ステップ

エコ・システムの具現化のために、企業は具体的にどのようなステップでコンソーシアムを仕掛けていくのでしょうか。ステップとしてはおおまかに次のようになります。
 
ステップ1.エコ・システムの戦略・ビジネスモデルの構想
ステップ2.コンソーシアム全体の企画構想
ステップ3.コンソーシアム参加企業のリクルーティング
ステップ4.コンソーシアムの実施
 
「ステップ1.エコ・システムの戦略・ビジネスモデルの構想」については、前々回のコラムで戦略構想の流れを示してきました。「戦略検討範囲の選択」→「オープン・ネットワークを考慮した戦略仮説想定」→「業界横断的な視点からの事業環境分析」→「エコ・システム全体のアーキテクチャ設計とビジネスモデル構想」→「エコ・システム全体のロードマップの想定」→「事業開発プロセスにおける各段階における戦略の検討」→「実行計画の立案」の流れです。ここで大切なのは、自社なりに戦略・ビジネスモデルを構想してから、社外アプローチしていくことです。魅力的な事業構想もなし、外部を巻き込んでいくことはできません。
 
「ステップ2.コンソーシアム全体の企画構想」では、コンソーシアムを具体的に立ち上げ・運営するための企画書を作成します。企画に必要な項目としては以下のとおりです。
 
① 理念・ビジョン、目標・成果、期間
② 自社の技術・特許などの強み
③ 参加企業の要件、主な参加企業の候補、参加企業にとってのメリット、参加企業同士の利害関係・リスク
④ コンソーシアムの形式
⑤ 実施スケジュール、組織体制・役割分担
 
①~③については、ステップ1の戦略・ビジネスモデルの構想において、すでに検討している内容です。④の「コンソーシアムの形式」については、「構想したエコ・システム/ビジネスモデルの内容」「主な参加企業同士の関係性」などを考慮して検討することになります(図1)。
 

 
⑤の「スケジュール」は、コンソーシアムで取り組むテーマの内容・難易度によって異なりますが、コンソーシアムがスタートしたら、短期間のうちに『象徴的な成功実績』をつくることを狙います。多様な社外パートナー企業に対しての求心力を得ていくには、短期的な成果は必須です。成果がなかなかでないと、パートナー企業のがコンソーシアムから離脱するリスクが高くなります。事業開発では財務的な成果がでることがベターですが、それ以外に『有力な顧客企業との関係性を構築できた』『重要なコア技術のブレークスルーができた』といった内容でも結構です。
 
「ステップ3.コンソーシアム参加企業のリクルーティング」では、参加企業をリクルーティングする順番に工夫が必要です。関係しそうな企業全てに対していきなり声をかけるのは懸命ではありません。もし、声をかけて多数の企業が参加した場合、大した強みもない企業までが意見を主張することも想定されるため、合意形成に手間がかかります。まずはエコ・システムを具現化する上で必須の強みをもつ企業を中心に声をかけていく必要があります。
参加してもらいたい企業が自社よりも規模が大きい、圧倒的な強みをもつ場合にもリクルーティングに工夫が必要です。自社が声をかけても、相手企業が「格上」の場合は、直接リクルーティングするのではなく、間接的にリクルーティングしていくのもひとつの手です。例えば、有力な顧客を巻き込んでから、その顧客の「名前やブランド」を利用して、「格上」の企業の巻き込みを図ります。
 
例えば、東京精密の半導体製造装置の事例があります(日経ビジネス)。2002年当時、東京精密は半導体製造装置の大手・東京エレクトロンの10/1以下の規模の会社でした。東京精密は当時主流であった光学式の露光装置に代わるレーザー方式の露光装置の要素技術を米国のベンチャー企業から導入しました。しかし東京精密単独では露光装置を開発する能力はなく、NECやローム、大日本印刷などの大手と組む必要がありました。しかし、「格下」の東京精密が声をかけても、これら大手が協力してくれる可能性は低い。そこで当時の重要顧客であった「ソニー」に声をかけて巻き込みを図り、ソニーから声をかけてもらって、NECやロームなどをコンソーシアムに参画させたのでした。結果として、新方式の製造装置は開発され、東京エレクトロンなどが手がけていた光学式の製造装置の市場からシェアを大きく奪取することに成功したのでした。
業界における企業同士の力関係をよく分析した上で、リクルーティングの戦術を構想することは重要です。
 
「ステップ4.コンソーシアムの実施」では、3段階にわけて実施していくのがよい方法です。コンソーシアムは、責任とリスクにより3つぐらいの段階を踏んで実施します。各段階を区分することで、参加や撤退のリスクを下げることができます。
 
第1段階『準備、企画構想』: 機密保持契約なし、参加責任なし、目的・ビジョンの共有、エコ・システム仮説の企画
第2段階『ビジネスモデル開発段階』: 規約、機密保持契約あり、参加責任あり、具体的なビジネスモデル設計、競争開発、事業形態などの企画計画
第3段階『ビジネス実行段階』: 規約、機密保持契約あり、参加責任あり、計画の実行段階、具体的な開発、ビジネス成果を追求、定期的な体制、実施方法の見直しなど
 
コンソーシアムの実施では、全体の運営を行う事務局を設置することが必要です。リーダーおよびコアメンバー企業で担当します(図2)。

 
参加企業には、役員クラスのコミットメントをお願いすることが必要です。その理由は、コンソーシアムにおいて事業について議論を行い・価値ある事業計画が立案されたとしても、実行段階において一部の参加企業の経営トップ層からブレーキがかかっては意味がないからです。役員や組織のコミットメントを得るために、コンソーシアムの参加企業が互いに協力して、説得することもできます(図3)。


社外にパートナー企業が存在することにより、自社の経営層は意思決定におけるリスクを低減することができます。コンソーシアムの「場」の運営においては、創発的な議論がなされるような場づくり・運営を行う必要があります。『視野を広く持ち検討範囲を限定しない』『制約条件をポジティブに捉える』『できるだけ多様なメンバーで取り組む』『価値観の違いや利害の対立を恐れず、そこから独自のアイデアを生みだす』『各メンバーや要素が影響し合う“場”をしかける』『トップダウン、ボトムアップを繰り返す』などがポイントになります。コンソーシアムのリーダー・コアメンバーは、このようなポイントを押さえた場づくり・運営に留意する必要があります。

■最後に

エコ・システム構築は、1、2年の短期間でなく中長期的な取り組みが必要です。製造業の場合、全社的にみて中長期的な取り組みをしている研究開発部門の役割、そして中でも技術者の役割が大きくなります。
しかし、多くの製造業の戦略検討のコンサルティングをしていて言えるのは、社外パートナー企業との厳しい「外交」を事業・技術・知財といった面からリードできる技術者は極めて少ないということです。技術者全員に社外との「外交」ができるスキルやマインドを求めることは実際には難しいですが、何割かは戦略的に技術系ビジネスリーダーとして育成していく必要があります。中国や新興国の各産業分野における国際競争力の高まる中、そのような人材育成が日本製造業の急務となります。

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