2010年7月1日に社団法人企業研究会にて「グローバル時代を生き残る『日本型』オープン・イノベーション戦略」セミナー(計5回)の第1回目を行いました。オープン・イノベーション戦略を実施しているベストプラクティス企業からの講演と議論を行う内容です。
第1回目(2010年7月1日)のベストプラクティス企業は、グローバル・レベルでオープン・イノベーション戦略を実践している『P&G』です。P&Gは、『コネクト&デベロップメント』戦略というコンセプトの下、社外の技術イノベーションを活用して、製品・事業開発を戦略的に推進しているとのことです。
彼らの取り組みの中で特に興味深かったのは、P&Gも以前は自前主義的な組織文化であり、外部のイノベーションを受け入れない会社であったとのこと。しかし、90年代後半の業績の下方修正により、当時のCEOは株主から責任を追及されました。そのときの問われたのは、研究開発費の大きさの割に売上の伸びが小さかった点です。2000年に就任した次のCEOでは研究開発戦略を抜本的に見直し、外部イノベーションの積極活用をトップダウンで強制的に徹底させ、業績を伸ばしてきているとのことでありました。
国内大手製造業においても業績が低迷した場合、経営トップの交代はありますが、交代後のトップダウンの組織変革力が弱く、組織の中間層あたりまでで大抵弱まってしまい、現場まで意識変革が進まない状況がみられます。
第2回目(2010年7月20日)のベストプラクティス企業は、『ローム』でした。半導体・電子部品を扱っている売上3000億円レベルの京都企業です。ロームは、他社との開発コンソーシアムを積極的に行っており、技術者も外部との開発は当たり前として行っているとのことでした。ローム曰く、「うちの技術者は歌って踊れる技術者」だそうです。
ロームにいわせれば、売上3000億レベルの会社なので、自社だけの開発では到底経営資源が足りず、外部の力を借りてでも開発を行わないと生き残れないという危機感・緊張感があるからだそうです。その取り組みにより、優れた財務業績を出してきています。組織の全メンバーが外部の風に触れて、常に緊張感を保つためには、事業は大きすぎては駄目で、規模の適正化が必要ということかもしれません。
国内の大手電機メーカーなどは、オープン・イノベーション戦略の取り組みがなかなか進んでいません。トップダウンで働きかけを行うだけでなく、技術者も外の風に自ずと触れるように事業規模の適正化も図って行くことも考える必要がありそうです。
■オープン・ネットワーク型戦略の策定
さて前回までは、オープン・ネットワーク型戦略の背景・コンセプト・特徴などについて説明をしました。今回のコラムでは、具体的にどのような手順でオープン・ネットワーク戦略を策定していくかを紹介したいと思います。
オープン・ネットワーク型戦略は大きく7つのステップで行います。
ステップ1.戦略検討範囲の選択
ステップ2.オープン・ネットワークを考慮した戦略仮説想定
ステップ3.業界横断的な視点からの事業環境分析
ステップ4.エコ・システム全体のアーキテクチャ設計とビジネスモデル構想
ステップ5.エコ・システム全体のロードマップの想定
ステップ6.事業開発プロセスにおける各段階における戦略の検討
ステップ7.実行計画の立案
戦略策定の基本的な流れは通常の事業戦略の策定と同じです。戦略仮説を想定し、戦略仮説を検証するために事業環境分析を行い、戦略策定、計画立案をしていくというものです。各ステップのところで、オープン・ネットワーク型戦略ならではの特徴がでてきます。以降、ステップ毎に分析・検討の考え方の特徴を紹介していきます。
■ステップ1.戦略検討範囲の選択
戦略検討に先立ち、まず戦略検討の前提条件を整理する必要があります。戦略検討における前提条件というと、一般的に財務目標、非財務目標、期限、投資対効果、どこまでの組織を巻き込むかなどの組織的与件などがあります。更にオープン・ネットワーク型戦略では、戦略検討範囲を選定することになります。
R&D部門や新規事業開発部門においては、既存事業ではカバーしていないところで新しい事業の立ち上げを目指します。その場合は、短期的な取り組みではなく、中長期的な取り組みになります。全く新しい市場を創出するような大きなイノベーションを狙うためには、自社にはない異なる要素・視点をもつ他業界との議論が効果的です。中長期的な取り組みであるので、直近の売上・利益といった利害が生じないために、社外とも比較的自由に議論がしやすいはずです。自社の製品・サービスを軸にした『エコ・システム』レベルの事業を新規創出することを狙うことが可能になります。このエコ・システムをグローバル・レベルで構築できれば、自社単独で事業を行うのに比べて、事業スピードやリターンの大幅な増大が期待できます(例:インテルやアップル)。
これが事業部レベルになると、事業目標が短期的であるために、現状のビジネスモデルの競争力向上にフォーカスされます。エコ・システムレベルではなく、現状のビジネスモデルの改善・改良レベルで社外パートナーとの連携を目指します。
商品企画レベルとなると、ビジネスモデルの構造は基本的に変更せずに、新規商品の企画を行います。必ずしもエコ・システム視点で発想しないといけないということはありません。戦略を検討する組織のミッションに照らし合わせて、戦略検討範囲を選択することになります。
■ステップ2.オープン・ネットワークを考慮した戦略仮説想定
戦略検討範囲が決まると次に戦略仮説の想定を行います。限られた時間や経営資源の中で成果をだそうとしたら、どのような仕事でも詳細な情報収集・分析からスタートするということはありません。必ず仮説を設定してから、その仮説を検証する形で仕事は行われます。
一般に製造業の事業戦略の仮説というと、ターゲット顧客・商品サービス・コア技術・ビジネスモデルの特徴をセットで想定することになります。エコ・システムレベルでの戦略検討を行う場合は、上記の項目に追加して、さらに研究開発段階→製品開発段階→市場創出・浸透段階の各ステップの戦略仮説も追加しておくことが重要となります。
戦略仮説の想定のための視点としては、例えば、次のような視点があります。
研究開発段階では、『テーマ探索のための研究者と顧客とのコンソーシアム』『開発コンソーシアム』などです。『テーマ探索のための研究者と顧客とのコンソーシアム』では、市場におけるリーディングカンパニーとの共同開発を行います(B2Bの場合)。リーディングカンパニーは先進的なニーズをもっている可能性が高く、それに応えることで先進的な製品・事業につながる技術開発が行えます。このような取り組みで他社に先行することで、先駆けとしての強力なブランド構築やコア技術の標準化も狙っていきます。
『開発コンソーシアム』は、複数の社外パートナー企業との共同開発です。取り組む開発テーマの複雑性や参加メンバーの意思決定権の強さによって、コンソーシアムを使い分けることがポイントです(参考文献:Diamond Harvard Business Review April)。
視点①: 1つ目の視点は、取り扱うテーマの課題の複雑さです。テーマの取り扱う課題が大きくても、細かい課題にブレイクダウンできる場合は、テーマ全体についての知見がなくても、個別の専門性があれば参加できます。多くの参加者が参加しやすいようにオープンなコンソーシアムにすべきです。例としては、リナックスのようなオープンソースの開発が挙げられます。複雑なテーマの問題は、専門性の高いメンバー限定のコンソーシアムにすべきです。例としては、半導体分野における共同研究コンソーシアムがあります。
視点②: コンソーシアムの成果の取り扱いの意志決定権が特定企業に集中するのか、参加者が平等の意志決定権をもつのかによってもコンソーシアムの体制は変わってきます。例としては、有力顧客企業を起点とした複数サプライヤーによる開発コンソーシアムが挙げられます。自社が取り組む開発テーマの特性にあわせて、開発コンソーシアムを使い分けて、仕掛けることがポイントです。
製品開発段階では、『顧客コミュニティを仕掛けて、商品アイデア自体を吸い上げる』『顧客や生活者の巻き込み型の商品コンセプト企画』などがあります。顧客が情報や意見を交換するコミュニティという「場」をリアル・バーチャルで戦略的に仕掛けて、顧客のニーズを吸い上げる取り組みです。化粧品の情報交換サイトの「@コスメ」などは有名です。生活者巻き込み型の商品コンセプト企画では、生活者自身にも企画に参加してもらい、使い手である生活者と作り手である企業との創発的な議論により、商品を企画する取り組みです。
市場創出・浸透段階では、『パートナー企業との連携による自社商品の市場浸透』があります。自社単独の経営資源では、市場自体の創出や市場への商品のスピーディな浸透ができないとき、パートナー企業との連携を行います。インテルのMPUにおける新興国メーカーとの国際分業は、インテルMPUのグローバル市場への爆発的な浸透に大きな役割を果たしました。このような切り口から、戦略仮説を複数想定し、「市場の魅力度」や「戦略の実現可能性」から戦略仮説を評価・優先度付けし、詳細検討に値する有望な戦略仮説を選定します。またこの時点で大まかに財務シミュレーションを行うことも重要です。売上計画、投資計画、費用計画、利益計画です。財務面からみて非現実的な戦略仮説を古い落とすためです。
■ステップ3.業界横断的な視点からの事業環境分析
次に、選定された有望な戦略仮説について、それを検証するために事業環境分析を行います。オープン・ネットワーク型戦略では、自社とは異なる業界との連携が重要となります。そのために事業環境分析では、他業界も含めた、より俯瞰的な業界構造マップの作成が必要となります。
例えば、電気自動車の開発では、多様な業界が関係してきます。自動車メーカーはもちろんのこと、電力会社、政府・自治体、通信キャリア、ソフトベンダー、電機メーカー、電池メーカー、などが関係してきます。しかも、国境を越えた取り組みです。業界全体の動向やバリューチェーンの変化、参入しているプレーヤー動向、エンドユーザーの動向などを把握します。そして業界という大きなシステムの変化を捉えていきます。
■ステップ4.エコ・システム全体のアーキテクチャ設計とビジネスモデル構想
事業環境分析の結果に基づき、今後取り組むべき製品やビジネスモデルを構想します。R&D部門や新規事業開発部門が行うオープン・ネットワーク型戦略では、自社の製品・サービスを軸にした「エコ・システム」レベルのビジネスを構想することがポイントです。まず事業環境分析結果を踏まえて、エンドユーザー起点でエコ・システム全体のアーキテクチャを設計します。
ポイントの1つ目は、エンドユーザーへの価値提供では重要にもかかわらず、既存の業界では十分対応されなかったボトルネックを新しい全体アーキテクチャはクリアしていることです。ポイントの2つ目は、新しく構想した全体アーキテクチャにおいて、自社の技術的な強みを活かせて、高いリターンの期待でき、全体に影響を及ぼせるポジションを自社が確保することです。
自社のポジションが決まると、そのポジションの周辺とのインターフェイス部分の標準化戦略も重要です。インターフェイスの標準化を行うと、そのインターフェイスが『敷居』となり、インターフェイスで遮られた部品同士は、相互依存性がなくなります。それは個々の部品のイノベーションがそれぞれ独立して起こっていくことを意味します。これらをコントロールすることにより、自社の製品・サービスをベースにして、他のプレーヤーが他の部品でイノベーションを次々に行い、結果として、エコ・システム全体が大きくイノベーションしていく状態が実現できます。
一方、アーキテクチャ上重要にもにもかかわらず、自社の強みがない部位については、有力パートナー企業とのアライアンス・M&Aにより、自社陣営に取り込んでしまう対応が必要となります。このような検討を行った上で、戦略・ビジネスモデルを構想していきます。
ニューチャーネットワークスでは、製造業における戦略検討を行うコンサルティングを行うことが多いですが、このような全体アーキテクチャを設計できる技術者が少ないようです。もっと言うと自社製品のアーキテクチャすら描ける技術者は少ない印象も受けます。アーキテクチャを描かなければビジネスモデル構想もできませんし、また原価企画すらできません。技術と事業の両面からバランスのとれた事業戦略を構想できる人材の育成が必要となっています。
■ステップ5.エコ・システム全体のロードマップの想定
ビジネスモデルの構想した後は、中長期的なロードマップを描きます。エコ・システム全体の成長は巡り巡って結局は、エコ・システムにおいてリーダーシップをとっている自社の成長に大きくつながります。よって自社のロードマップよりも先に、エコ・システム全体のロードマップを描くことが重要です。パートナー企業も一緒にやりたい!と理解・共感できる魅力的なロードマップを描くことを目指します。市場として魅力があるか?顧客に独自の価値を提供できているか?社会的に取り組む意義はあるか?パートナー企業全員にリターンが期待できるか?パートナー企業が取り組みに参加することで成長があるか?などの問いかけに答えられるでしょうか。
エコ・システム全体のロードマップ を描けたら、各パートナー企業のロードマップも描きます。というのは、エコ・システムの中でリーダーシップをとっていくためには、各パートナー企業にリーダーからの積極的な働きかけ・提案・対話が必要だからです。これらのロードマップを使って、パートナー企業と対話をして、巻き込み・積極的な参加を促すことになります。重要なツールです。
■ステップ6.事業開発プロセスの各段階における戦略の検討
ビジネスモデルおよび中長期的なロードマップが描けたあとは、より具体的な戦略検討が必要となります。研究開発段階、製品開発段階、市場創造・浸透段階の3つの段階について、機能別戦略を具体的に検討していくことになります。
■ステップ7.実行計画の立案
最後に戦略実行における課題をブレイクダウンし、実行計画の立案を行います。
エコ・システムレベルの戦略をつくるときは、多様なパートナー企業とのコンソーシアムを仕掛けます。コンソーシアムでは、テーマに取り組む意義や理念、ビジョンについて徹底的に議論することが重要です。
冒頭紹介したロームでは、社外とのコンソーシアムの立ち上げのために、1年を要して関係者と徹底的に議論を行い、意義や理念、ビジョンの合意形成を行ったとのことです。この部分を一度メンバーが共有・共感すると、その後の行動がスピーディに展開されたとのことでした。
次に、戦略実行においては、戦略実行スタートから短期間のうちに『象徴的な成功実績』を作ることも必要があります。財務的な成果がでることがベターですが、それ以外にも『有力な顧客企業との関係性を構築できた』『重要なコア技術のブレークスルーができた』といった内容でも結構です。多様な社外パートナー企業に対しての求心力を得ていくには、短期的な成果は必須です。成果がなかなかでないと、パートナー企業のコンソーシアムからの離脱のリスクが出てきます。
実行計画と平行して詳細な財務シミュレーションやリスク分析も行います。
次回コラムでは、オープン・ネットワーク型戦略を策定するためのインフラおよび仕組みづくり、コンソーシアムの成功のポイントについて紹介したいと思います。
(次号につづく)
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