日本と中国は相互理解が必要という前提に基づいて、マスメディア経由では聞こえてこない、日中の近代以降の歴史認識や、ギョーザ事件などの近年の事件について、率直にお話いただきました。
今回、ご講演内容を是非皆様にご紹介させていただきたいと思います。
ニューチャーネットワークス 張 凌雲
私は、1992年に現在の商務部(商務省)、当時の対外経済貿易部に入省してからずっと日本関係の仕事をしています。
(中国大使館)経済商務処は、“お役所”の仕事であり、経済や取引の第一線で仕事をしているわけではありません。また、シンクタンクのような研究をしているわけでもありません。今回の講演では、公式見解を省いて、私が仕事で感じたこと、思ったこと素直に皆様にお話させていただきます。
講演の内容は、以下になります。
1.相互理解の必要性
2.話題の事件と報道の問題点
3.協力関係がますます緊密に
4.結び:戦略的互恵関係とは
1.相互理解の必要性
まず、私はこれまで2回の駐在と留学を含めて13年間日本にいましたが、中国と日本の相互理解が必要だと感じております。
中国人と日本人は、『同文同種』という言葉があるように、顔も同じですし、同じ漢字を使っていますが、やはり、違う国、違う社会環境で育った人間、またその国同士も非常に違っていることを理解した上で、付き合い、仕事をした方がよいと強く感じます。
まずは、歴史の違いが非常に大きいと思います。
近代まで日本も中国も封建的な農耕社会で、鎖国政策をとり、西側の世界との付き合いはほとんどありませんでした。海外への開放は、両国とも自らすすんで始まったわけではなく、欧米の進んだ文明に起こされ、叩かれて開国しました。中国の開放はアヘン戦争から始まり、日本の開放はペリー来航から始まりました。しかし、それ以降歩んだ道は、中国と日本では大きく異なります。
例えば、日本では、つい最近までNHK大河ドラマで「竜馬伝」が放送され、もっと前は、「坂の上の雲」などが放送されていました。
あの頃の日本は鎖国時代から、外に向けて日本を興こして、列強と並ぶような国になるためにがんばったという経験がありました。今、明治維新などあの頃を振り返ると、元気付けてくれる意味で使われています。
明治維新を経て、国内を治め、目が外に向いてからは、台湾出兵があり、朝鮮に出るなどもあり、日清戦争で中国に勝ち、日露戦争でロシアにも勝ちました。最後は米英とも戦争するようになり、太平洋戦争まで突入しました。敗戦で頓挫しましたが、戦後の経済成長がありました。
逆に中国のその頃の歴史は、今振り返ると屈辱の連続でした。戦争と内乱が続き、対外戦争は全部負けて、領土をたくさん失いました。例えば最初はアヘン戦争で、香港がイギリスに取られました。また、アロー戦争では九龍を取られ、ロシアに現在の黒龍江省より北の領土を全部取られました。そして、フランスとも戦い、ベトナムを失いました。ベトナムは中国領ではありませんでしたが、中国の属国のようなものでした。その後、日本と戦争をして台湾を取られました。
戦争以外に、たくさんの内乱がありました。例えば、太平天国の蜂起です。一つの国として南京に首都をおき、13年もの長い戦争が続きました。その後もいろんな内乱があり、一番ひどいのは、1900年の義和団の事変です。イギリスをはじめ、日本も含めた8カ国に攻められ、徹底的に負けました。条約を結んで、領土は失わなかったものの、半植民地化が決定的になりました。
20世紀に入っても多くの戦争が続きました。抗日戦争が終わっても、すぐに国共内戦に入りました。戦争が終わったら、今度は1970年代末まで過剰な政治闘争が続き、まともな経済建設、民生向上などの政策を行っていませんでした。
改革開放になって、やっと中国も民生を重視するようになり、経済が発展し、高い成長率を遂げています。改革開放以降、毎年平均10%以上の経済成長があり、「中国の奇跡」といわれていますが、背景には、長い内乱、戦争があり、その遅れた分を取り返すために一生懸命がんばっているだけです。
現在の中国でもまだ発展途上のところが多く、例えば、中国には「絶対的貧困人口」という、収入が1日1ドル以下の人口が、まだ3600万人います。10年前の2000年は9000万人ぐらいいました。つまり、日本の人口に匹敵するぐらいの人が、1日100円以下の生活をしていました。
電気がまだ通っていない、道路が整備されていない市町村は2000ぐらいあります。まだまだ発展途上です。言い換えれば発展の余地が非常に大きく、経済発展の潜在力も非常に大きいです。これが、中国を理解する上で、経済活動をする上で非常に重要な意味があるかと思います。
それから、私から見れば、日本には中国に対するゆがんだ常識、考え方があります。
私たちは大使館、政府だから、よく言われるのですが、中国政府が反日教育を行っているという話です。
実際に中国で教育を受けた私の経験からすれば、そういう印象はまったくありません。むしろ最近は、反日にいくかもしれないような動向を中国政府が一生懸命抑えようとしています。逆に日本のマスコミをみると、中国に対するマイナスの報道の方が多く、中国政府としてもイメージが非常に悪くなっています。
反日教育に対する捉え方の違いだけではなく、もう一つが反日デモについてです。
反日デモは、去年のほか2005年にもありました。それは日本で非常に大きく報道されました。その頃、私は北京と長春にいましたが、全くデモを見ていませんし、聞いてもいませんでした。デモは、普通の市民の生活には全然関係のない話ですが、日本では非常に大きく取り上げられました。まさに中国が今、全国が反日のために燃えているような感じでした。一部の中国に駐在していた、駐在している日本の方に聞いても、「現地ではそんな雰囲気は感じなかったが、むしろ日本のマスコミや報道を見て、こんなひどいこともありましたよ」という感じです。
相互理解を深めることが重要ということで、話しました。
2.話題の事件と報道の問題点
次に話題の事件について、私の仕事に関係することで話をしたいと思います。
一つは食品安全問題です。
食品安全問題の代表として、2007年にギョーザ事件がありました。それ以降、日本のマスコミでは中国製の食品に対して非常に厳しい報道になっています。未だに中国製のものは店頭に並ぶものが少なく、消費者から敬遠される傾向にあります。
これは、日本の厚生労働省が公表した平成21年の輸入した食品の違反(主に農薬残留)の状況です。この表を見ますと、違反の数量に関しては、中国産が断然多いことがわかります。これは発表の文面をそのまま写していますが、違反の状況をみると、中国は378件。総違反件数に対する割合は24.8%で最も多く、続いて、アメリカ、ガーナ、タイやベトナムの順となっています。
生産・製造国別届出・検査・違反状況:国(地域を含む)別の届出件数をみると、中国の539,069件(29.6%:総届出件数に対する割合)が最も多く、次いでアメリカの198,297件(10.9%)、フランス166,894件(9.2%)、タイ139,896件(7.7%)、韓国122,671件(6.7%)、イタリア78,252件(4.3%)の順であった。また、違反状況をみると、中国の387件(24.8%:総違反件数に対する割合)が最も多く、次いでアメリカの187件(12.0%)、ガーナ182件(11.7%)、タイ118件(7.6%)、ベトナム83件(5.3%)の順であった。 |
中国の違反が一番多いのは、輸入する件数も数量も一番多いからです。では、違反率(総輸入に対する違反数)はどうなっているのでしょうか。そのために、厚 生労働省の発表したデータを元に、独自に計算しました。違反率ベース、つまり、違反した分と検査した分を割り算して、計算したものです。表が全部で46番 まであります。長いので6番から15番までは省略していますが、中国は44番になります。
この表を見て分かるとおり、中国の違反率は0.349%になります。言い換えれば、99.6%ぐらいのものは安全なものです。
最初のカメルーンやガーナは極端なものかと思いますが、他の日本が農産物輸入量の多い国と比較しますと、コロンビア(主にコーヒー豆かと思いますが)、スペイン、カナダ、タイ、フランス、韓国などよりも、中国の方が違反率が断然低いのが分かります。
この表は私が自分で作りました。このようなことは日本の報道には出ていません。
違反率で見ると、中国製のものは優等生といえると思います。
関係業者の人からもよく聞きますが、今中国産食品が日本の市場に入ることは、非常に難しいです。工場を出る段階では、中国の工場が自分で農薬を検査します。中国から出す場合は、水際で中国の植物検疫局が検査します。その後、日本に入るために、日本の水際の検査があります。厚生労働省、農水省の検査があります。また、市場に入ったら企業の自主検査があり、消費者団体の検査まであります。店頭に並ぶようになるまでは、これぐらいの難関をくぐらないと入らないのです。むしろ、日本で売っている中国の食品は安全です。
日本製のものは、国産として高く売っていますが、実はあまり検査されません。輸入品と比べて、チェックする人はほとんどいません。少なくとも農薬に関しては、日本に入っている中国産のものは安全です。
よく報道されるのは、中国国内の問題です。中国国内にいろんな食の安全の問題が確かにあります。例えば、粉ミルクの問題や、ダンボールで肉まんを作ったなどの報道がありました。「ダンボール肉まん」は結局、やらせのスクープでしたが。
しかし、中国では、海外に出すものと国内で流通するものは、生産から販売までのルートが全く違います。特に日本向けの場合は、日本は品質に関してはうるさいので、別途単独に作って、単独で輸出します。現在でもたくさんの関係企業が品質を保つために努力しています。逆に、品質が評価されたからこそ、たくさんの量が日本に入ってきています。
ギョーザの問題のあと、中国産がスーパーに並ぶことが少なくなっています。逆に業務用、外食用として、たくさん使われています。つまり、消費者の目に触れないような形でたくさん使われています。
では、何で違反が多いかといいますと、2006年に日本が導入した「ポジティブリスト制度」があります。この制度ができるまでは、品目ごとに農薬の残留の基準を作っていました。基準がない品目に対しては、ルールがないということで検査しようがありませんでした。それを改めて、基準のないものに対しては、一律基準を適用しましょうというものです。一律基準というのは、0.01ppmと決めました。
ppmというのは、濃度の単位で百万分の1という意味です。百万分の1というのは、例えば25メートルのプールにコップ1杯分の薬品を入れると百万分の1になります。
0.01ppmというのは、1億分の1になります。つまり、25メートルのプールに小さじ1杯の量になります。これが一律の基準になりました。つまり、それまでは基準がなかったものは、この一番厳しい基準を適用するようになりました。
次の表は、中国産の食品の違反の事例のデータです。
ポジティブリスト制度ができて、違反の多くは、この一律基準に引っかかったものです。例えば、2007年のデータですが、生鮮ケールは0.04ppm、生鮮スナップエンドウは0.02ppmなどがあります。これは基準が0.01ppmになったので、違反になりました。
違反した分はみんな処分か返却されます。多くが処分されます。0.01ppmは厳しすぎると思います。なぜかと言いますと、日本で一番消費が多い野菜である大根に対する農薬残留の基準は、日本では3ppmです。大根は3ppmですが、他に基準のない品物は0.01ppmを適用します。つまり、0.01ppmで違反なのに、大根はその300倍の農薬をつかっても大丈夫ということになります。大根は海外から輸入しません。ほとんど国産です。
この基準は技術的なレベルでも、事務局のレベルでも、中国政府も日本のほうへ意見は言っています。検疫の基準を決めるのは、国の主権ですので、なんとも言えませんが、不合理なところがあります。だから、「中国産のものからまた違反が出ました。基準値の何十倍の量を超えました」というような報道がよくありますが、だいたい0.01ppmを超えたものです。
だからといって、危ないということは全くありません。
だいたいこういう発表の後に「食べても体に影響はない」というような文面があるのは、その意味です。
食品安全の問題、特にギョーザ問題が起きてから、我々はたくさんの仕事をさせられました。
実は、ギョーザ事件というのは、後で分かったのですが刑事事件でした。人がわざと毒を入れた犯罪なのです。それが明らかになるまでは、食品安全問題として取り上げられました。たくさんの中国製のものが売れなくなりました。結局、去年毒を入れた犯人は捕まって、発表されました。少しは落ち着きましたが、まだまだ経営が厳しいと業者の方が言っています。
食品安全の問題は消費者にも大きく関係ありますが、取り扱っている業者もたくさんあり、特に大手商社はだいたい取り扱っており、非常に苦労しています。ただし日本のマスコミには、あまり、このようなことは出ません。困っている商社が我々に一生懸命文句を言います。「本当は厳しすぎますよ、違いますよ、本当は違いますよ」と言います。
しかし、商社に「マスコミに出れば」というと「いや、我々は商売だから言えません」というのがほとんどです。
もう一つ去年の話題といいますと、釣魚島、日本でいわゆる尖閣諸島で起こった漁船の衝突問題がありました。これは直接私の担当ではありませんが、レアアースは私の担当でした。
日本の報道で違うなと思ったのは、レアアースと漁船衝突問題を関連付けて報道していることです。
本当は、レアアースに関しては事件の前から中国は輸出を制限する方針を出していました。
環境保護と密輸対策のために、これからも輸出をどんどん厳しくする方針を出しています。たまたまあのタイミングで事件が起こりました。
確かに、事件のために中国政府が何回も交渉して、話し合いによる解決を求めたのですが、日本のほうで司法的手続きを開始するということで、中国政府は反発していろんな対抗措置を出しました。一部の政府間の協議を停止しました。また、政府が絡む商売の一時停止がありました。例えば、LT貿易(日中長期貿易に関する覚書)の石炭の定期協議を延期したというのはありますが、レアアースは、それとは関係ないのです。たまたま時期が重なって、日本に入る量が少なくなったというのがありますが、そればかり取り上げられ、中国はひどい国だという議論がありました。
3.協力関係がますます緊密に
現在中国と日本の経済関係は非常に緊密になっています。ヒト・モノ・カネの行き来に関しては、非常に頻繁に行われており、また非常に速く発展しています。
中国から日本の入国者数は、2009年は100万人、2010年は11月までに既に135万人を突破しました。10月に入ってから尖閣諸島の問題で入国者が減ってきました。
貿易に関しては、両国とも発展しています。現在、日本にとって、中国は輸出・輸入でNo.1の国になりました。貿易は、私の担当の仕事でもありますので、このような表を作りました。
上の表は中国の統計で、下の表は日本の統計です。つまり、中国側から見たものと、日本側から見た中日間の貿易の傾向です。貿易額は、特にこの10年間は非常に速く増えています。両国の貿易額の統計にそれほど多くの違いはありません。違うのは、それぞれの貿易に占める割合です。赤と青の線は中国の統計における対日貿易の割合です。
これを見ますと、額は非常に増えていますが、中国の貿易全体における対日の貿易の割合は下がっています。
80年代は、中国の輸入の4分の1は日本からでした。当時、一番多かったのは鉄鋼でした。
中国の対日輸出の方も、非常に割合が高く、当時の一番の品目は石油、石炭などの化石燃料でした。それが数量的にはどんどん増えていますが、中国の貿易全体に占める日本の占める割合が少なくなっています。
逆に日本から見ると、対中貿易の依存度がどんどん高くなっています。現在、2割以上になっています。
4.結び:戦略的互恵関係とは
最後に結びとして、中国と日本は、やはりwin-winの関係を構築することが現在求められていることかと思います。
win-winというのは、まさに戦略的互恵関係という言葉にありますように協力すればお互いに利益が生まれます。戦えば、両方とも損をするというのが中国政府の思想でもあり、私の考えでもあります。
そのために、具体的に以下の面でwin-winの関係を構築することが求められると思います。
1、高所に立ち、将来を見つめ、大局を重んじること。
中日両国は永遠に隣人で、引っ越すことはできません。だから友好的に付き合うことが最良の選択であります。双方は常に中日関係の大局に立ち、長い目で見て、意見の相違を適切に処理し、両国関係が健全・安定の軌道に沿って発展することを確保しなければなりません。
2、相互信頼を増進すること。
これには政治、安全保障など戦略レベルの相互信頼と国民・社会レベルの相互信頼があります。双方は共に努力し、両国の「互いに協力パートナーで、互いに脅威にならず、互いに相手側の平和的発展を支持する」という約束を実行に移し、互いの政策の中に協力、win-winの意識を真に体現しなければなりません。
3、共通の利益を拡大すること。
両国はポスト金融危機の時代にあって経済構造の転換・高度化を推進し、持続可能な発展を実現するという重要な課題に共に直面し、経済協力はますます双方向、対等の方向に発展しています。双方はすでに省エネ・環境保護、グリーン経済などを今後の重要な協力分野として合意しており、中日ハイレベル経済対話、省エネ・環境保護フォーラムなどの協力の仕組みを十分利用し、両国の経済協力を新たな段階に進めなければなりません。同時に双方は地域の多国間の枠組みの下で実務協力を積極的に推進し、アジアの振興に共に力を尽くさなければなりません。
4、人文(人と文化)的価値の共通性を深く掘り起こすこと。
双方は両国の地理的関係、人の関係、文化的関係における独特の優位性を生かし、多くの共通の歴史、文化遺産を相互理解と友好的感情を増進する現実的成果に変え、特に両国の青少年の友好交流を強化しなければなりません。
時間になりましたので、まだ伝えたいことがありますがここで終了とさせていただきます。
ご清聴ありがとうございました。
郭 強(Guo Qiang)
・所属・役職
中華人民共和国駐日本国大使館経済商務処 一等書記官