■ 国際マーケットにおける日本企業の取り組み
ではどうするか。日本メーカーとしては協調して国産技術を国際 標準にし、その上で参入障壁を無くすことです。国際標準だったらブロックできないで すから。国際標準とってから国際マーケットで競争するという戦略を真剣にやらないと恐らく次の時代は負けるのではないかと私は思っています。予想ではなく て、これはもう流れなのです。
中国はご承知のように模倣の国だっていっていますけど現実には司法が機能する環境を急ピッ チでつくっているのです。弁護士を養成して年間2万5千 人とか3万人とか言っています。10年経ったら25万人位の弁護士が育つのです。そういう人たちは何の仕事をするでしょうか。司法に行くわけです。司法が 機能して、どこへ向けて司法を活用するのかといったら恐らく外国の企業になります。要するに外国企業を特許権侵害で攻めて、損害賠償をとる、差し止め請求 をして、事業を止めるという活動は相当でてくるだろうと思います。
今、日本勢が騒いで中国に対して猛然と模倣品の差し止 めの活動を起こしていますが、ほとんどが行政処分です。差し止めてくれますが、調査費用を費 やしてもお金は入ってこないのです。一方、最近調べた人の話では中国側からの侵害訴訟で外国企業が多額の損害賠償を払った事件、最近の例だとヨーロッパの 企業が負けて60億円ほど払った例があるようです。侵害訴訟で中国企業がそんなに損害賠償を払ったことは今までないと思います。ですから私の予想が当たっ ていてもう、始まっていたのかと思いました。
中国が模倣の国だと思ったら大間違いで、最先端の技術を相当もっているのです。優秀な人たちがいるのです。
私は危惧していることがあります。日本メーカーで中国語のソフトをつくれるところはあるのでしょうか。多くは恐らく中国に頼っているのではないで しょうか。日本のメーカーは中国語のソフトなくして中国のマーケットには入れないはずですから、ビジネスの首根っこを全部押さえられているということなの です。仮に、中国側で少しソフトの提供を遅らせただけで 日本メーカーの事業計画が6か月、1年と狂います。そうなったら中国のマーケットでは競争できま せん。代替開発先を持っているのでしょうか。インドのソフト産業は素晴らしいというけれど中国語まではできないでしょう。英語のソフトは得意でしょうが。 台湾など、どこからか調達できる道を開いていないと中国がその気になったら日本メーカーをガタガタにできるのだと思います。こういう危機感をもってリスク マネジメントを考えなくてはいけないのです。今はすごく大変なのです。
■ ブラックボックスな部品を使うことのリスク
ある化学会社のOBが書いている本では、特許部門の中の最高の仕事はパテントアプルーバルだそうです。事業化する前に製品図面を持ってこさせて、 それをみてYESまたはNOを判断する。カッコいいですよね。でも 今はそんなことできません。他社の部品はブラックボックスで中身が分からないので、 YESやNOを出せないのです。わかっているのは先ほどもいいましたように、自社が開発した特定の部分だけです。それ以外はブラックボックスで、製品の中 にそれらを沢山抱えていることになるのです。これで事業をおこなっているのが現実なのです。
最近までなぜそのような心配をしていなかったかといいますと、例えば最終製品メーカーが部品を部品メーカーから買う時に 部品メーカーから特許補償をもらっていたのです。万一問題が発生すれば、全部部品メーカーが責任を持つという条件付きで取引していた。
ところがこれについて問題が起きたのです。センサーのCCDはいろんな装置で使われています。あるCCDメーカーが訴えられた。さらにそのCCD を使って事業をやっている日本のT社やM社、H社なども全部訴えられた。私どもの製品でいうと、デジカメやプリンターから複写機から全てです。一番高いのはス テッパーにも使っています。何億円という装置から何万という装置までいろいろとありますが、CCDって一個いくらでしょうか。CCD一個1000円としま しょう。そしてCCDメーカーさんが1000円のCCDを提供しました。そしてこのCCDが訴えられた。でも現在、アメリカでは部品が特許侵害しても部品 メーカーに攻めていかないのです。最終製品の事業をやっている大企業に行って、使っているCCDを対象にして文句を言っているのです。ここでCCDメー カーが昔みたいに青天井みたいな補償をしたらどうなるでしょうか。1000円の部品を売っている会社が最終製品の何億という装置の何%の損害賠償払えと言われて負担できるでしょうか。できないです。
現にこのCCDの事件のときは CCDメーカーと私どもとの取引契約は皆 青天井の特許補償だったのです。なので、契約的にみれば別に心配しなくて もよかったのです。ところが、日本の場合は結局、泣いてくるに決まっている。日本人ってそういう性格があるのです。でもアメリカの弁護士に契約書を見せま すと、いいじゃないこれで契約しているのだからって一発で済んでしまう。アメリカは契約したら最後です。
訴訟を起こさ れても、ブラックボックスである部品の訴訟ですから、うちの会社はCCDの構成が分からないので事実上応訴しようがない。部品メー カーの訴訟を先に進行してもらうようにお願いしてみた。そうしたら相手の弁護士はそれを認めてくれて、その代り、その部品に特許権侵害の判決がでたらその 結論に従うか。という条件がついたのでした。しょうがないので従いました。結果は、最終的にCCDメーカーが勝ったので、良かったです。
この訴訟で、最初に解決したのはM社でした。CCDメーカーに最終的に訴えてきたXという会社の前にY社が権利をもっていて、さらにその前にG 社が権利をもっており、権利が移転されていた。M社は、以前にG社と契約していたのでした。アメリカの良いところはライセンシー保護の制度が徹底している ことです。以前に契約の事実があればライセンシーは当然保護されるのです。日本はこれがないので事業をやるときの契約の不安定さは大変なことです。我々の 業界はライセンシーを当然保護してくれないと困ると私はずっと主張し続けているのですが未だに完成していないのが現状です。M社は前の権利者と契約してい ることで最初にフリーとなった。権利侵害しているかどうかではなくて、最初の権利者と契約しているということで終わってしまった。他の会社は技術内容的に 反論して結果として勝った。この件は膨大な訴訟費用は別として実際の損害賠償の問題は起きなかったのでした。
でもこう いうことが起きたときに実際どうするか、ということは絶えず考えておかなければなりません。例えば、以前カメラの新商品を開発する時に 2社のLSIを組み込む予定だったことがあります。1社は日本のメーカー、もう1社はアメリカのメーカーです。両社のLSIとも代替性がないのです。どっ ちかが訴訟に負けてLSIを提供できなくなったら、事業計画は頓挫してしまいます。なので、そのリスクに対応するために、両社とも我社に迷惑あるいは事業 計画に影響がないような契約を事前に行いました。するとその後、両社は訴訟合戦を起こし敗訴したアメリカのメーカーの部品が差し止められてしまった。最終 的に差し止め解除になったが、事前に適切な内容の契約を締結していたので、慌てずに済んだ。知的財産の問題は事業に大きな影響を与えます。特にアメリカで の事業は知的財産の問題に充分な注意が必要です。
■ アンチパテントからプロパテントへ
日本企業の経営者が知的財産に関心を持ったのは、我々の業界で起きた事件からである、アメリカのポラロイドとコダックの訴訟でコダックが敗訴し事業が差し止められ たときです。ポラロイドが初めてインスタントカメラを発売した。撮影してフィルムを引き出すと絵がでてくるものです。それに対しコダックが似たタイプのもので後発にて事業参入してきたのでした。9年訴訟をやって、判決がでました。コダックが負けたのです。コダックのカメラは全部市場から回収です。コダックは多額 の損害賠償を払い事業は差し止められた。これは日本企業への見せしめとも当時の記事には書いてあった。大ショックを受けたのは日本の経営者でした。それ以降、各社における知財のポジションは課から部となり、そしてセンターへとなった。知財は組織的にランクがあげられたのでした。
なぜ、コダックが負けたのかというと、これは時代の変化が原因でした。アンチパテントからプロパテントへ変わってしまったことなのでした。当時、 コダックがポライロイドの特許を検討して事業化できるという判断のもと事業化した時はまだアンチパテントの時代であったのです。現に当時アメリカの特許はクレーム解釈が狭いと我々もそう教わってきた。
侵害訴訟をおこしても7割の特許は無効にされてしまうのだ、ということ で、今の日本の裁判所と同じで原告が不利なのでした。そういう環境下で、弁 護士が一生懸命検討した結果に基づき事業をおこなったのでした。そういう経緯もあり、コダックは基本的に悪くはないと弁護士の世界ではもっぱらの話だっ た。そしてプロパテントに移行した。同じ時代に取得した特許権が、訴訟になったら7割が有効で3割無効という形に逆転した。権利解釈も「均等論」が出てき た。拡大解釈がなされ、文言からはずれていても事実上侵害となってしまうようになった。
アメリカは判例法ですから結構幅をもって運用できるのです。さらに時の大統領の方針に沿って司法も行政もベクトルをあわせるのがアメリカのようです。
一方、日本は三権分立といってベクトルは合ってないようです。知財立国といってもそれぞれで別々の方向を向いている。今裁判所はアンチパテントの 方をむいているのではないでしょうか。今、産業界でだいぶ批判がでて直そうとしているようですが、裁判所では、特許無効になってしまうケースが多いので す。特許庁と違い、裁判所は厳しいのです。日本では特許庁で許可されても 裁判所で無効にされる場合が多いのです。とはいえ日本も変化し始めてはいます。
ただアメリカはプロパテント政策へと大きく変化し、裁判所は権利者優位な判決を出してまいりましたが、最近は多少見直しています。あまり権利を活 用しすぎると産業が危険であるという理由から、最高裁などでその傾向が見られます。実際、訴訟費用がGDPの2%に達しており、それを1%に下げたいとい う希望が2004年発表の、委員長を務めたIBMパルミザーノ会長の名にちなんだ、「パルミザーノレポート」にありました。このレポートで初めて権利制限の トーンがでましたが アメリカでそのようなレポートが出たのは異例です。
一番極端に困っているのがソフト系の事業を行っ ている大企業なのです。ソフトウェアの特許というのは結構だれでもとれます。そこで裁判が起きて も、標準化された技術やOSなどは変えようがないのです。変えようがなく事業が大きいところが狙い撃ちされるのです。他者から差し止め請求権を行使される と、驚異を感じ、妥協してお金を払うことにもなるのです。
そこで事業を行っていない特許権者の差し止め請求権をなくして ほしいという声がこの産業界からでているがこの内容の特許法改正案は通らなかった。 一方バイオ関係からは差し止め請求権を残してほしいという意見があったりします。判決を見てみますと、最高裁などでは、事実上事業をやっていない会社は差 し止め請求権を認めない判決がでていたりします。ある一種の権利制限をする動きは出ていますが、全体的にはまだプロパテントは変わらないと思います。
■ 事業、研究開発、知財の先読みの必要性
知財制度・運用は、その国の産業政策に関連しており、知財制度は各国独立です。事業を行う上では、その国の知財制度・運用の変化を読まなければな りません。環境規制も含め、その知財制度が確定してから対応するのでは遅い。問題を先読みして、予測して、先に手を打つことが非常に大切です。
例えば或る国で何か事業を計画するとして、その事業の実施のときにその国がどの様な制度を持ち、運用するのかを先読みする。アメリカはどうか、 ヨーロッパではどうか、中国はどうか、インドではどうかなど、参入する地域における変化を先読みして、それに合わせて戦略を立てる必要があります。事業の 先読み、知財の先読み、技術の先読みの連携プレイが必要です。このことは研究開発段階だけでなく、事業が始まってからも連携し続けなければならないので す。先読みの中で、製品が絡むすべての法律、規制、運用の先読みをする場合、一つの部門では出来ないので、私は社内に製品法務委員会をつくりました。法 務、品質保証、化成品、事業部門などに参加してもらい、委員会において事業にインパクトのある情報を収集し、分析し、事業にフィードバックした。これをか なり広い範囲でやっていった。知的財産は勿論のことダンピング、独占禁止法、環境規制、移転価格など、製品に関わること全てです。
知的財産戦略で最終的に知的財産を活用する場面が大事です。知的財産の価値は知的財産制度と裁判所の判決できまるものです。例えば、自社の事業の 競争力を維持する守りの知的財産を侵害された場合の訴訟は事業の差し止めと損害賠償金の高額な判決を出してくれる国の裁判所を活用することが重要となり、 交渉で問題を解消する場合も裁判所の判決例を背景に相手が脅威を感ずる国の攻めの知的財産権を活用することが重要です。知的財産戦略で大事なことは知的財 産権を活用する時点で活用し易い国を先読みし、権利形成、権利活用を行うことである。先読みにより、強みを増し、弱みを解消し事業競争力を高め維持する目 的が達成されるのです。
■ アライアンスにおける知財の運用
次にアライアンスでの知財の運用の話をします。特に垂直のアライアンスで開発成果に関する知的財産の形成と運用が極めて重要になります。
垂直のアライアンスとはお互いに技術を補完して目的に適った技術開発を共同で行うことで、技術開発の段階はお互いの利害が一致しますが開発成果を事業化する段階ではお互いの利害が反するからです。
例えば、プリンターメーカーA社とモーターメーカーM社があるとします。性能のよいモーターを採用してプリンターの事業競争力を高めようと意図し た場合、プリンターメーカーA社でプリンターを開発しようとした場合、まずプリンターメーカーA社は、モーターそのものを開発できません。目的とするプリ ンターとして好ましいモーターのスペックや仕様特性は出せる。そこでモーターメーカーM社と共同開発を行なうことになります。その共同開発したモーターを モーターメーカーM社はプリンターメーカーA社のみならずA社の競業のB社、C社等にも販売を意図します。これはプリンターメーカーA社の開発成果のモー ターを採用し競業のB社、C社等に対し事業競争力を高める意図に反するわけです。
そこで両社の意図が叶うような開発成果 の権利形成と運用が重要になるわけです。ではどうするかというと、共同開発前に、一定期間は開発成果をA社 が独占しM社のみからモーターを予定量購入する、お互いに同時期に同じ開発を他者としない、一定期間終了後はM社はB社、C社等に共同開発成果のモーター を販売できるようにし、A社は特定のモーターメーカーに共同開発成果のモーターを作らせることができるという契約を結ぶということです。
そして、A社、M社それぞれ事業化に必要な専有特許を得る取り決めが必要となます。
さらに材料メーカーも含めて3社で共同開発するということは良くあることです。そこで大事なのは共同開発成果の知的財産をそれぞれの企業の事業目 的に叶った活用ができるように取り決めておくことです。そのセンスが重要です。知財センスとは必ずしも法律を勉強することではありません。何が特許とな り、どうゆう特許をとれば事業目的に叶うかを知ることです。日本企業で良くある話だが、共同開発の話がまとまり、契約書にも共同開発の成果は共有となって いるので公平だとサインする。しかし共有の特許権についての理解が必要です。日本の特許法では特別な取り決めがない場合共有の権利は、事業はそれぞれ単独 で行うことができます。特許権侵害者に対する提訴も単独でできます。第三者にライセンスする場合は相手の合意が必要で勝手にできません。また出願も共有会 社全てが合意しないと出せません。権利化過程の手続きも共有者全員で行うことが必要です。ここでアライアンス参加企業がM&Aされた場合など共有 者が変化した場合は、合意形成が難しくなることも多いです。従って、アライアンス、共同研究の成果の共有は不安定さが高いと思わなければなりません。知的 財産の共有か、または単独かをよく考える必要があります。
米国では共同研究で獲得した共有の特許権は、相手に関係なく、 単独でライセンスができます。したがって、米国の大学と共同研究しても、大学は相手 にかまわずライセンスしてしまう。第三者へのライセンスができない共同開発は魅力がないと考えます。だから米国での共有は少ない。従って、価値ある特許権 は単独で所有し、そうでないものはライセンスを受けた方が良い。
米国企業は日本の制度を知らない、その反対に日本企業は米国の制度を知らないことも多い。国によって違う。それぞれの国の状況を把握する必要がある。日本の常識が通用しないし、時代によっても制度は変化するものです。
この垂直的なアライアンスの場合、研究成果の取り決めは事業化に向けて重要なポイントとなります。
■ M&Aにおける知財と人
M&Aにおいても様々な視点からみていないといけない。私が経験したのは外国企業だったのでした。相手先は事業を売りたいというが、当社 としては事業や商品は興味なく、相手先企業のもっている特許に興味があった。それが自社にとってどれだけの価値になるのか、特許は第三者とどのような関係 で契約されているのかでした。その実態をさぐるためにデューデリジェンスを行った。
知財立国ということを最初に検討した 行政庁の委員会がありました。その際にある公認会計士で大学の先生が、投資家のために、会社の研究開発の内 容、将来どういうことをやろうとしているかをオープンにする、いわゆる情報開示、IRするという、どういうテーマで、どのくらいのお金で、何人かけて、いつごろどういう商品を売り出すのか、オープンにすべきといっていました。私が「そんなこと企業秘密でできません。そんなことしたら、ライバル会社が喜ぶだけで、そんなのとっても出せません。」と言ったのでした。そうしましたら怒られて、「あんたの会社なんていつでも買収できるのだ」と言われたのです。同じ日 本人からそんなこと言われたのは初めてでした。買えるものなら買ってみろ、誰も動きません。我々は物じゃないのです。人間だ。投機家は所詮会社を育てよう なんて考えてはいない。でも人が動かなかったら意味がない。ノウハウは人に依存しているはずです、特に技術は。買われたときにその人が出てしまったら意味 がないのです。企業の技術者というのは、外から来た技術は喜ばないものです。自分の行っている技術が一番尊いのであって、他の人の技術なんて、という発想 が基本的にあるものです。マネジメントはすごく大変です。
買われたほうの会社の人も新しい会社でどのような気持ちで働く のか、気持ちを察してあげないといけない。私が退任してから、うちの会社がある会社 を買収したのです。会社全体のビジネスフェアのときに買収された会社の人が説明していたので、真っ先に私が「やりがいを感じていますか?」と聞いたので す。すると「私は、嬉しいと感じていますが、妻が心配しています。前の会社だったら、どっちかといったらエリートクラスだったのでしょう。でも、今度の会 社では果たして、そういう立場で働けるのかを一番心配しているというのです」と答えが返ってきた。いろんな問題があるのです。問題は、人がどういう気持ち で、新しい所で働けるかが大事だと思うのです。
簡単にM&Aっていいますが、融合するって、すごく難しいので す。買った状態でそのまま継続するならやりやすいのですが、経営がおかしく なって買った場合、どう立て直すのかもあります。いいところは売りにでることはないです。売りにでるというのは、将来性に何かしら問題があるということな のです。それを前提にして、どう立て直すかが大切なのです。
■ 大学と民間との産学連携における知財
大学から技術を導入する場合に気をつけないといけないのは、大学の先生の研究テーマというのは民間企業も情報を入手しやすいので、いいテーマであ れば他社が開発して特許をすでに出してしまっている可能性があるのです。大学もそのことに気づかないといけないですね。基本特許を持っていれば事業化でき ると思ったら大間違いなのです。事業化を狙うのでしたら、本当に事業できるような環境下で産学連携やらないといけません。大学の先生の技術がどんなに良く ても、他社に事業化に必要な関連特許を出されていると事業ができないリスクがあるのですから。早い時期に企業に参加してもらって、事業化に必要な知財戦略 はその企業にまかせたほうがいい。大学の先生は、研究に専念してもらったほうがいいのです。知財本部は基本発明の戦略的権利形成と連携契約に力を注いだ方 が良いと思います。
文部科学省も大学が国際的に産学連携をするよう勧めています。許可をもらった大学が外国の企業とのア ライアンス(産学連携)をやるというのです。 援助も出ます。私に産業界の立場としてコメントしてくれと言われたことがありまして、「大変ですねえ」と言いました。「国内でもうまくいっていないのに、 外国でどうやってうまくいくのか」と言いました。国内と外国ではルールがぜんぜん違いますし、外国のルールは厳しいのです。契約が極めて重要になります、 契約の仕方一つで根こそぎ技術を持って行かれてしまうのです。約束した期日までに約束した成果を出さないと契約不履行で損害賠償を請求されたり、訴えられ るかもしれない。大学が国際感覚を持つというのは、私は別に反対ではないのですが、私の経験からいっても、自力で有利な交渉、契約等をやるのは難しいと思 います。その国その国の専門家とよく連携をとりながらやる必要があると思います。でも専門家に相談や仕事をお願いしたら文部科学省から受けた援助資金はす ぐになくなってしまいます。外国の弁護士などの専門家の料金は高いです。では自力でやるとしたら、何年かかるでしょうか。外国企業との産学連携は5年で達成するそうですが、5年ではとても自力で達成できるとは思えません。安易にやったら失敗だけだと思います。
■ 大企業とベンチャー、中小企業等との共同開発における知財
大勢の人が集まってひとつの目標を達成するというのは、みんなのベクトルが合っているうちはよいのです。問題は目標達成した後です。それぞれの参 加者が独自にビジネスを展開するといったときに利害がものすごく対立するのです。成果が出たあとにお互いが事業的に満足するような取り決めをしておくのが 重要なのです。
今、「ソフトIP」化という考えがでています。これは特許権の差止請求権を排除して、特許権を財産権の形 にして誰でも使えるようにしようという考 えです。そうなったときに、誰が事業競争力を持つかというとベンチャー企業ではなくて大企業だと思います。ベンチャー企業は特許の実施料は入ってきます が、事業競争力はなくなってしまいます。大企業のみが事業競争力を高めてしまうのです。ベンチャー、中小企業育成も国の方針です。革新技術を有するベン チャー、中小企業育成を阻害する制度は好ましくないと思います。協調領域と競争領域があって、協調領域は「ソフトIP」化して、その成果を活用して競争領 域で勝てばいいという考えもあります。では協調領域を主事業としている革新技術を有する多くの会社(ベンチャー、中小企業、大企業)はどうするのでしょう か。事業競争力がなくなるのです。特定の大企業は、協調領域の研究成果を「ソフトIP」として利用し、競争領域で特許権の差止請求権を活用して事業競争力を更に高めることができるのです。これでは特定の大企業は別としてオープンイノベーションは進まない。
ほんとに日本のためにどうしたらいいのか を真剣に考えたほうがいいと思います。アメリカでもある業界においてはソフトIP化を進めることを主張 し、製薬業界やバイオ業界、ベンチャーの分野は大反対しています。当然なのです。一部の大企業がソフトIP化により事業競争力が高まるからという理由で差 し止め請求権をなくせば、誰かから侵害だって訴えられた場合でも、金に任せて訴訟をとりあえず行っていればいいのです。その間事業は継続させる。そのうち 訴訟を起こした相手は企業規模が小さく継続できないのでつぶれてしまう。そんな発言は誰もしないけれど現実に起こりうるのです。大企業にとっての一番のリ スクは、差し止め請求権で事業が止まるということです。それがなくなったら、怖いものがなくなります。
もちろんパテント トロールとか、ある一部のお金稼ぎのために差し止め請求権を使うというのは、ある意味制限したほうがいいと思います。特定な案件 ごとで考えればいいのであって、それを法律で一般化するというのは無理だと思います。日本みたいな成文法の国は、特定の案件(人)だけを対象にする法律を 作ることは難しいと思います。すべてに影響を及ぼすような法律を作らなくてはならない。アメリカのような判例法だったら、裁判所が案件ごとにうまく運用し て対応できます。だから日本も判例法的になればできるけれど、今の成文法では、裁判所が融通きかして運用するといっても無理があるでしょう。
今、グローバル・オープンイノベーションが必要なのはわかりますが、そこでどのような仕組みを作るのかを真剣に検討することがが大切です。拙速につくったら、ある一つの目的は達成するかもしれないが、それ以外のところで被害をうける企業がいっぱいでます。
■ ベンチャー企業における知財の問題点
ベンチャーの社長さんの話を聞いて驚いたことがあります。そのベンチャーは革新的な技術開発成果を事業展開したいらしいのですが、事業化に必要な 技術開発、特に量産技術の開発が自力ではできないので大企業とアライアンスを望み、組む相手企業を探しているところでした。問題なのは、技術を聞きにきた 人に、契約もせずに覚書(MOU)の段階ですべて相手に開示してしまっているのです。これじゃ誰も買おうと思わないし、契約しようとも思わない。それで情 報を開示するのはとんでもない話なのです。話を聞いた人はよい話を聞いた、儲けたと思っておしまいなのです。ベンチャービジネスを起こそうとしている人 は、いろんな知識を持っているが、知財の視点が弱いことがよく見られるのです。それでは事業で成功するわけない。
聞いた 話と似たようなことは大企業などではすでに研究しているから、話を聞いただけで分かってしまうのです。全部見せてはだめなのです。結果だけ 見せて関心をとってノウハウは見せてはいけないのです。この社長さんはいろんな知識を持っておりましたが、正直すぎました。事業の目的が何なのかはっきり させて、達成するための手段を選ぶようにしないと成功なんてあり得ないのです。知財で他社から金を得ることが目的なのか、それとも事業することが目的なのか。実際には両方を選んでしまうことが失敗の原因だったりします。目的によってアプローチが全然違うのです。
■ 複数の企業が共同研究を行うときのリスク
共同研究のアライアンスではこんな問題もあります。複数の企業がそれぞれの専門性やノウハウを活かして大きな成果を出す目的で共同開発したとしま す。各社が事業を行うには事業に必要な知的財産はお互いにクロスライセンスが必要になります、各社が希望を持って参画しているうちはいいのだけれど、その うち事業環境が悪くなると、事業を撤退していく企業が出てきます。そうすると事業を撤退した会社は実施契約があるにも関わらず知的財産権を他社に売ろうと します。これが共同開発のメンバー企業に移転すればいいですが、外国企業に売られてしまうこともあるのです。そうなると外国企業が一気に競争力を上げてし まいます。若しその権利で権利行使されれば共同開発に参加した企業の事業も脅かされます。こういったことを防ぐライセンシーの当然保護の法律、運用がない のが現状です。共同開発も必要ですが、常にこのようなリスクを抱えているのです。実際企業ではそうゆうことも考えて行動しなければならない。甘くはないの です。最悪のことをいつも考えている必要があるのです。最悪のことを想定して、それにどう対応していくかを考えていかないと、起きてから考えても手遅れな のです。知財も経営の視点をもって見ていく必要があります。
■ オープンイノベーション時代の知財
いま、研究開発の成果を事業に活用する場合、知財的な発想からどう成功させるかという知恵を出さないと成功しません。R&Dをやっている人は、まだ知財の重要さを感じていない人がたくさんいると聞いています。さらに事業部の方でも知財を考えない人が多いので困るとも聞いています。中には、 イノベーションには知財が邪魔だとかいう方もいるのです。それは一面からのみ見ているので頷けません、その人がいい研究開発成果を出しても、どうやってそ れを守れるのかという疑問がでます。それこそ特許権の排他権がなかったら、誰でもその研究開発の成果を自由に利用し事業を行ってしまいます。これでは研究 開発のインセンテイブがなくなりイノベーションもなくなります。
これからのイノベーションの時代は、オープンイノベー ションで知財はない方がいいなんて堂々と言っている学者さんさえいるのです。それだとやって いる側は何のためにやっているのだということになります。社会貢献のためならいざ知らず、イノベーションを起こすところばかり考えて、その人が成果を出したとき、どのようにしてその人の成果を守るのかという部分を考えてない。だからその学者は一面しか見てないなと思います。研究開発成果を活用した事業の競争力を高め維持するには知的財産権の排他権が必要なのです。ビジネスを実際にやっていないから分からないのです。そうなったら、知的財産権の排他権がなけれ ば誰もイノベーションをやろうとしないだろうし、人がやったら、「はい、使わせてもらいます。」ってやればいいことになってしまう。トータルとしてモノを 見ていない人が本当に多いのです。
■ 業界毎の知財の違いを考慮した事業戦略立案
製 薬業界は基本特許の役割が大きいのです。それがあれば事業ができてしまう。あとソフトウェアは著作権で保護され独自に創作したソフトは他者の著 作権の影響をうけませんので事業化が容易です。今はソフトウェアもそのアイデアが特許の対象になりましたから、第三者の特許権の影響を受ける余地がありま すが、でも基本的には著作権の世界です。自分で創作すれば第三者の権利の影響をうけないので事業化が容易です。現にアメリカのベンチャーで成功したのは ITビジネスが多いのです。IT系か製薬です。基本的な創作、発明であれば第三者の知的財産の影響は少ないからです。
一方、ハード系のベンチャーは、革新的な技術開発成果の発明の基本特許をとっても事業を実施できる保証はございません。特許権は独占的排他権で第三者の参入を阻止すことは明確ですが、特許発明の実施は第三者の特許権の排他権の影響を受ければ阻止されます。
自分の発明の特許権の前に基本的な発明の特許権があったら事業は実施できない。基本発明の特許権者でもその特許発明の事業化に必要な改良技術や関連技術の特許を第三者に取られたらその特許権の影響を受けます。
事業戦略として基本特許権の「強み」と第三者の特許権の影響による「弱み」を認識し、弱みを解消し強みを増す研究開発戦略と知的財産形成、活用戦略が重要になります。
基本発明技術の事業化に必要な改良技術、関連技術の開発が資金の関係で自力では困難な場合は他者とのアライアンスによる研究開発で達成する戦略も必要になります。
その一つの例としてLLP(有限責任組合)の活用が好ましいと思います。開発資金調達のために基本特許の実施許諾をすることは事業競争力を失い好ましいことではありません。
業界毎の違いがあるので、事業戦略立案段階から事業目的に叶った知的財産形成、活用戦略を取り入れないとだめなのです。知財参謀の力を活用してでも事業戦略に叶った知財戦略を考えることが必要です。
■ 事業部や研究開発と知財との信頼関係の構築の必要性
知財の担当も、契約書の作成を事業部からお願いされた場合、まず契約が自分の会社にとって必要なものなのかどうかの考えをまとめるのです。必要だと思った らどんな契約にまとめれば目的に叶うか。どうすれば会社にとって有利になるのかを考えることになります。その際に、事業部には、この契約をする意味は何か と質問します。それがわからないと契約のドラフトは創れないのです。それがきちんと理解できていれば、よいドラフトができ、大きなミスはなくなります。し かし、考えがまとまっていないと大きなミスを犯してしまう可能性があるのです。特にアライアンスは契約したほうがいい場合としないほうがいい場合がありま す。相手が情報をくれてこっちが出さなくてもいいなら契約はしないほうがよかったりもします。
私の経験した例に、事業部 の人の本音が分からないということがありました。本音を聞きだすのですが、何をしたいのかがはっきりしない人が多い。失敗したくない。成功したら自分に有利に、責任はとりたくない、いったいどっちなのだ、という人が多い。「あなたのために仕事しているのに、これじゃ知恵が出 ない」と言ったものです。自分がいくら知恵を使ってもその前提が崩れるとだめなので、事業部の「本音を聞くまでは仕事をしない」と言っていました。本音と 違う仕事は無駄どころかマイナスになってしまう可能性がある。
知財の仕事の中でもっとも大切なのは、本音を聞ける立場を 作っておくことです。皆、いいことは言いますが、欠陥は言わないものです。その本音を聞 ける関係を作っていることが必要です。そのためには信頼関係がないと聞きだせません。いきなり弱点を探っても言いません。研究所の人は、技術の弱点を言え ば研究テーマがボツにされると思うから、ウソは言わないにしても弱点は言いません。知財人材の育成とはそんな本音を聞ける信頼関係を作ることなのです。こ のことを考えない上司の下で、いい仕事なんかできません。弱みを補って、強みを引き出してあげる仕事が重要なのです。知財と事業部、研究所の信頼関係が大事なのです。信頼があれば真の情報を共有できよい仕事ができる。本音を言えるような信頼関係がないとだめなのです。
知財 の責任者の仕事とは、そんな組織間の信頼関係をつくること。そうしないと若手が動けません。例えば情報は、事業部の上層部の人が持っているも のです。知財の若手は事業部の上層部とはすぐに話ができないものです。タイトルに関係なく知財の人は誰とでも仕事ができる環境を整えてあげるということで す。それがなかったら若手の意欲も起きません。
事業部のほうも、知財からこうやった方が事業の目的が達成しやすいですと 提案されて、いい内容であったら信頼関係が増すわけなのです。そのために は知財の人も技術を知り、事業を知ることが必要です。そうして次から次へと継続して事業の目的に叶う仕事をしていくと事業部側も本音を随分言ってくれるよ うになるものです。本音で話をしてくれる人が出てくるものです。知財は表面の情報だけで仕事する世界ではないのです。
(おわり)
丸島 儀一
・所属・役職
キヤノン株式会社顧問、金沢工業大学大学院知的創造システム専攻 教授、
東京理科大学専門職大学院客員教授、早稲田大学ビジネススクール 非常勤講師
・専門分野
弁理士、知的財産戦略
・略歴
早稲田大学卒業後、キヤノンカメラ(現キヤノン)入社、弁理士登録、特許部長、
特許法務本部長、製品法務委員会委員長、役員時代には新規事業推進本部長、
研究開発、国際標準も担当、専務取締役を経て、2000年から同社顧問。
政府の知財改革関連審議会、委員会委員、各種団体の知的財産関連の要職や委員
を歴任している。
・著書・訳書など
『キヤノン特許部隊』丸島儀一著、光文社
『知財、この人にきく (Vol.1)』丸島儀一著、発明協会
『知財立国への道』内閣官房知的財産戦略推進事務局編、共著、ぎょうせい