ニューチャーネットワークス 程塚 正史
2010年11月、ニューチャーアジアは長江デルタ地域に出張し、海寧市の皮革市場、紹興県の軽紡城、義烏市の雑貨市場を視察してまいりました。いずれも面積は広く、店舗数も数万を誇り、安価で多種多様な製品を扱っていました。その具体的な様子は前編でご紹介したとおりです。
ここで注意しなくてはならないのは、品質の水準は同じ市場内でも店によってバラバラということです。たとえば義烏市場で私が購入したサイコロ200個(40元)は、すべてのサイコロに本来あるべきではない穴が開いていました。1から6の数字が均等確率で出現するという最低限の機能は果たしてくれる(と思われる)のですが、商品としては難がありそうです。
ご案内いただいた貿易会社社長によると、日本に輸出する際は高い品質を強く求めるのだそうです。日本向けの品質を満たしている店舗とのみ取引を行うとのことでした。逆に店舗にとっては、日本向けに販売していることがブランドになるようです。世界一品質に厳しい日本に輸出していることが、大きな信頼になるということです。
振り返ってみれば、日本製は高品質です。これは、どのような分野のもの/ことでも総じていえます。電気製品や自動車などの完成品から、化学素材や鉄鋼金属などの部材製品までその通りです。工業製品だけではなく農作物も、日本製は品質が高いと言われます。さらにモノだけではありません。小売業などの接客も高品質、鉄道の運行システムは世界一と言って間違いないでしょう。サービスの分野でも日本イコール高品質の図式が成り立つといえます。
ただそれが時にはハイスペックを通り越してオーバースペックとなり、一部ではガラパゴス化と揶揄されています。もちろんこれは由々しき問題です。せっかくコストをかけて創り上げた製品が、むしろ海外の市場では裏目に出ているのは面白くありません。
しかし、日本と付くだけで高品質を連想させることは決してマイナスではないでしょう。特にブランド力があまり高くない中小企業の場合、「日本から来た企業なら信頼できるだろう」という期待を持たせられるだけでも一つのアドバンテージです。ホールマークの国・日本、その強みを活かす機会はどの企業にもあります。
今回の視察では大規模な市場3か所を視察してまいりました。世界の市場(イチバ)・中国。徐々に技術力を上げてきた工場と、まだまだ比較的安価な労働力をもって、その製品を世界に向けて送り出しています。さらに、たとえば義烏市場には日本からの輸入品を扱う店もあり、この市場経由で第三国に売り出していくケースもあるようです。
その特徴はどこにあるのでしょうか。中国の市場を見る際に、私は、主に以下に述べる3つのポイントが重要だと考えます。
1つ目は、政府が音頭を取って始められた市場だということです。まず土地を確保し、建物を建て、インフラを整備します。そしてその中の店舗物件を、対象となる産業の企業に有利な条件で貸し出すのです。この方法によって、バラバラに存在していた店舗を1か所に集めることができます。後にも述べますが、各店舗は小規模です。バラバラに点在していては、購入側も効率的に仕入れ先を回ることも、商品を比較することもできません。1か所に集まることで顧客のメリットも増し、多くの顧客が集まるようになります。そうなれば次のステップとして、さらに多くの店舗が集まることになります。浙江省の繊維産業の発展には、このような産業育成戦略の成功も大きく貢献しているのかもしれません。
*紹興市政府の建物の一つ。
2つ目は、少なくとも市場では、商品の見せ方・売り方にはほとんど考慮がされていないということです。3つの市場はどれも、一直線に続く廊下(と言っても数百メートル続きます)の両側に店舗がズラリと並んでいます。店舗内では商品の並べ方を工夫することもなく、ただ整然(ときには雑然)と置かれているだけなのです。
*雑然と商品が並べられた店舗の様子。
商品は顧客から見えればそれで十分ということなのかと思われます。日本ではマーケティングの概念は当然の常識になり、同じ商品でも売り方によって売上は大きく変わってきます。しかし現在の中国では、物があれば売れるという時代なのだと考えます。よい物を作れば、それだけで顧客へのアピールになるということです。もちろん一方でそうではない兆候も見られます。都市部には外国のブランド品の店も多くあり、百貨店の陳列は見栄えよくデコレーションされています。今回訪問した海寧市の中国皮革城でも、主に個人客をターゲットにしている店舗はキレイでした。
3つ目は、市場の各店舗はほとんどが家族経営だということです。店舗をまわっていて驚くのは(中国では常識ですが)、店舗内でスタッフさんが食事をしていることがよくあるのです。中には家族で鍋を囲んで団欒という雰囲気の場合もあります。
*昼食も開店中の店舗内で。
各市場をご案内していただいた方に聞いてみると、商品を製造している工場は、卸店舗のもともとの知り合いや親戚の場合が多いそうです。各店舗のスタッフの方に直接聞いてもそのような回答でした。今回の視察では家族経営の工場の中までは足を運べなかったのですが、紹興市内で工場を経営する日本人の方に車の中からご案内していただいたところ、生地や雑貨をつくる工場はやはり小規模なようでした。当然ですが規模拡大による生産性向上に国境はありません。現在の段階では中小の業者が入り乱れている市場ですが、今後の展開がどのようになるか、見通しを持って関与していくべきかと思います。
3つの市場を見て回ると、勃興する中国経済の側面をまざまざと見せられた思いがします。東京の問屋街というと、たとえば浅草橋や馬喰町が思い浮かぶでしょうか。それらが江戸期からの長い歴史の積み重ねであるのに対して、長江デルタの市場は政府主導により短期間で巨大なものにつくりあげられていました。
それらは成功してきていると言えるでしょう。中間所得層や高所得層が育まれ、経済的な成功者にはさらに高品質な製品を購入する機会が増えてきています。象徴的なのが、紹興県の軽紡城のすぐ近くにある高級寝具店でした。この店舗は地元で財を成した資本家が、イギリス人デザイナーを雇って経営していました。ベッドで数十万円するものが売られていました。布団もおしゃれなデザインで高品質でした。どんな人が買うのかと不思議に思って店舗を出ると、目の前には高級高層マンションが立ち並んでいます。この一帯は成功者が集まる地域だったのです。
*紹興県の高級寝具店
成長著しい中国を見ると、つい日本はもう危ないと考えてしまいます。しかし逆に言えば、すぐ隣国で購買力のある層が急拡大し、提携先となりえそうな会社が増えてきているということです。もちろん様々なリスクはありつつも、多くのチャンスがある国だということは間違いありません。
コンテナトラックが行き交う義烏市の入口には、大きな看板がかかっていました。「商材之都 商機無限」。そこにある商機を、リスクを回避しながらいかに掴むか。ニューチャーアジアとしても、その商機をつかもうとする日本企業の皆さまの支援をしていければと考えております。
(おわり)