テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 福島 彰一郎 2010年5月12日

最近、弊社ニューチャーネットワークスでは、中国関連のコンサルティングサービス提供に取り組み始めています。
ご承知のように中国経済の成長は目覚しく、GDPでは日本を抜き世界第2位になり、GDP成長率は年8%で当面成長するとのことです。大規模な社会インフラ整備、個人消費の拡大がそれをけん引しています。中国企業は、低コスト戦略で今まで蓄積した豊富な資金を背景に、先進国から先端技術を導入し、高付加価値商品を開発し、中国国内だけでなくグローバル市場に積極的に取り組んでいこうとしています。
このトレンドは業績低迷に苦しむ日本企業にとって大きなビジネスチャンスです。以前のように中国を生産拠点としてみるのではなく、「共生」の戦略的パートナーとしてみて、日本企業と中国企業との互いの繁栄の実現のサポートができないかと日々コンサルティングに取り組んでおります。
 
さて前回コラムでは、日本製造業がグローバル市場で競争力失った原因を分析しました。「ビジネスモデルの転換ができなかったこと」「日本市場を起点とした戦略からの発想転換ができなかったこと」「自社のビジネスしか考えなかったこと」「業界内のみの発想であったこと」「トップダウン型の意思決定ができていないこと」の5つの原因を指摘しました。これらの原因により、欧米企業の新興国との国際分業を利用したオープン・イノベーション戦略の前に市場シェアを奪われていったのでした。
そして今後のグローバルレベルの市場トレンドを踏まえたときに、社外の経営資源・イノベーションを活用する『オープン・イノベーション戦略』の必要性はますます高まると予想されます。
日本製造業としてはオープン・イノベーション戦略に、具体的にどのように取り組んでいけばよいのでしょうか?今回のメルマガでは、日本企業のとるべきオープン・イノベーション戦略についてもう一歩踏み込んで考えて行きたいと思います。

 

■「オープン・イノベーション戦略」の課題

前回コラムでは、オープン・イノベーション戦略の全体像を説明しましたが、オープン・イノベーション戦略の手段には具体的にどのようなものがあるでしょうか。
 
事業開発プロセスに沿ってリストアップしてみると、「研究開発段階」では、ライセンスやM&Aによる事業・技術獲得、顧客や他社との共同研究、研究開発コンソーシアムなどがあります。「製品開発段階」では、業界で標準化された設計ツールやモジュールの活用、顧客や異業種とのコラボレーションによる製品コンセプト企画の仕掛け、製品アイデアやニーズを吸い上げる顧客同士のコミュニティの仕掛け、などがあります。「市場創造・浸透段階、量産化段階」では、他社との連携による量産技術の確立、製造装置一式の購入によるフルターンキー、新興国のパートナー企業に自社部材を使った最終製品を作らせて自社の部材を広く普及、自社製品と連動する他業界製品メーカーとアライアンスを組み顧客の囲い込み、などがあります。
 
手段としては様々ありますが、これらについてのよくある議論を聞いていると、議論の前提として、『自社の短期的な財務的成果を上げること』にフォーカスしすぎている傾向が見られます。
事業というものは持続的成長を前提としていますが、社外活用に偏った短期志向型の戦略を「連続」させることで、事業の持続的成長は本当にありえるのでしょうか。外部活用に注力し、経営資源の全てを外部に依存したとしたら、一体どこで収益を上げるのでしょうか。他社には真似できない、自社独自の「クローズドな部分」があるからこそ、競合に対して差別化でき、高い付加価値を獲得できるはずです。「クローズドな部分」をじっくり強化していく、「オーガニック・グロース」戦略も同時に考える必要があるはずです。
また自社にとって必要な有益な経営資源・イノベーションが社外に存在し、自社が独占的にアクセス・活動できるという保証は必ずしもありません。持続的成長を目指すならば、自社向けの社外イノベーション促進のための活動も必要でしょう。インテルは米国企業でありますが、インテルの取り組みを詳細に見ていくと、将来、自社に有益なイノベーションをもたらすポテンシャルのある企業とはパートナー関係をつくり、市場・技術情報の提供や専門家の派遣、開発に必要なモノや資金の提供などを行っています。これは自社の利益のみにフォーカスした戦略ではありません。エコ・システム的な戦略発想で、様々な企業がビジネスを営む、いうなれば「森」である業界全体のイノベーションを考えた上で、自社のイノベーション活動、パートナー企業のイノベーション活動を考えています。それによって、中長期的な繁栄を築いてきている姿が見えてきます。

 

■ポスト・オープン・イノベーション戦略 ~オープン・ネットワーク型戦略~

オープン・イノベーション戦略という考え方は、自前主義的な日本製造業に対して、外部を活用することの有効性を気付かせるよいきっかけとなりました。しかし、外部の経営資源を活用して、自社だけが財務的成果を上げればよい。そのためには社内リストラも行うという考えは、長期雇用システムを前提とした日本企業には馴染みにくいのではないか、という声が多くの日本製造業の方々から頻繁に聞かれます。
そこで、日本製造業向けのオープン・イノベーション戦略として、ニューチャーネットワークスでは、ポスト・オープン・イノベーション戦略である「オープン・ネットワーク型戦略」を提案したいと思います(図1)。
 

(図1)
 
この『オープン・ネットワーク型戦略』では、自社と社外の組織・個人との『相互関係性』を重視します。そして、この相互関係性の中から共創・創発的に新しい価値を創出することを目指します。この価値創出のプロセスを通じて、自社と社外組織・個人の双方の成長があります。つまり、「共生」という考えが根底にあります。
この戦略におけるポイントは次のように3つあります。

 ポイント①: ユーザー、売り手、作り手などの相互関係による創発
 ポイント②: 多様なメンバーの相互関係による個々の成長
 ポイント③: オープン・ネットワーク自体のブランド構築

 

■『ポイント①: ユーザー、売り手、作り手などの相互関係による創発』

同質のモノ同士からは創発は起きません。異質なモノ同士から創発は起こります。企業の創発にはいろんなパターンがありえますが、いま製造業に必要な「創発」のパターンには次のようなものがあります(図2)。


(図2)
 
『パターン①: 生活者と研究開発部門の創発』。新しい市場自体の創出につながる技術を開発するためには、研究開発者も生活者との「対話」の機会を増やす必要があります。技術開発課題の達成は顧客価値の達成とイコールではありません。顧客との「対話」を通じて、技術は顧客価値につながっていくはずです。かといって「対話」だけでも不十分で、生活者も自分のニーズをうまく言葉にできない場合があります。それは形式知として表現しにくい暗黙知の場合です。その場合は、生活者の生活シーンまで入り込んで、生活者を客観的に見るのではなく、生活者の主観から生活者のニーズを理解しようとする「エスノグラフィー調査」なども行い、生活者の視点に立ったニーズ探索が必要となります。さらには生活者との対話やエスノグラフィー調査を超えて、製品・事業企画自体に生活者にも参画してもらい、創発的に企画を進めるアプローチさえもありえます。
 
『パターン②: 生活者と生産財メーカーとの創発』。生産財メーカーでも特に顧客企業が消費財メーカーの場合は、生活者と接点をもつことが必要です。付加価値の高いビジネスをするためには、顧客企業の事業成果に貢献できるソリューションを提供する必要があります。そのためには、顧客企業の顧客である生活者の理解なくして、ソリューションは構想できません。
 
『パターン③: 財務的成果を目的としないネットワークによる創発』。一見ビジネスとは離れている分野と接点をもつことも有効です。文化・芸術やNPO活動・社会貢献、大学・教育などです。それらと接点をもつことによって、社会・生活・価値観などについての洞察が深まり、新しい切り口のビジネスチャンスを見いだせるかもしれません。
 
『パターン④: 異業種ベンチマーキングによる創発』。他社ベンチマーキングには、競合他社ベンチマーキングと異業種ベンチマーキングの2種類があります。競合他社ベンチマーキングでは、競合の強み・弱み・過去の戦略パターンなどは分かります。しかし、同じ業界でビジネスをやっていることもあり、新しい発想が得られる可能性は低いです。逆に、異業種のベストプラクティス企業のベンチマーキングからは気づきや新しい発想を得られることが多いです。ベストプラクティス企業は問題意識も高く、ベンチマーキング訪問などを行うと、キーパーソンとの議論により啓発も行われ、自社メンバーの問題意識が高まることも期待されます。
 

■『ポイント②: 多様なメンバーの相互関係による個々の成長』

共創・創発的な取り組みにより、新しい価値が生まれるだけでなく、その取り組みに参加した個々の成長です(図3)。


(図3)
 
ここで大切なのは個人での参加ではなく、チーム・個別組織で参加をすることです。なぜなら実際にビジネスを実行することになると組織的なサポートが必要となるからです。外部ネットワークに参加することで、そのチーム・個別組織の成長が期待できるだけでなく、外部ネットワークを獲得することにより自社内のチーム・個別組織の存在価値の向上、参加メンバーの能力・意識向上も期待できます。しかしながら、経費節減や機密漏洩への過度のリスク認識から、そのような社外活動をサポートする体制・文化ができている企業は日本にはまだ少ないようです。

 

■『ポイント③: オープン・ネットワーク自体のブランド構築』

オープン・ネットワークの活動が継続的に行われていくと、ネットワークの存在が広く外部に認知され、評価が高くなります(図4)。つまり、ネットワーク自体のブランドが構築されることになります。ブランドが構築されると、ネットワーク外部への影響力が上がり、既存メンバーの取り組み意欲の向上が期待できるだけでなく、新しいメンバーの更なる参加が期待できます。

(図4)

■「共生」を理念においたオープン・ネットワークの活動の流れ

 このような「共生」を理念としたオープン・ネットワークの活動の流れの全体像を示します(図5)。

(図5)
 
ステップ1は、共創・創発をベースに取り組むべきテーマの設定です。オープン・ネットワークは特定の成果を創出することが目的ですので、テーマ・ビジョンの設定が必要となります。参加メンバーの自発的な参画を促す、チャレンジングで魅力的なテーマ設定をすることが大切です。そのテーマ・ビジョンへの取り組みにおいて必要な組織や個人のメンバリングを行います。共創・創発的な議論をするためには、オープンでフェアな場作りが大切ですので、メンバー同士に上下関係はなく、対等な関係性であることが前提となります。そして、このステップで最も重要なのは、参加メンバー全員がビジョンを理解し、それに対して「共感」するということです。ビジョンへの共感がないと、参加メンバーは個別の利害を追い求めるようになり、到底大きな成果は期待できません。
 
ステップ2は、共創・創発的なコラボレーションによる成果創出と個々の成長です。議論や共同作業を通じて成果が創出されます。成果創出の貢献の度合いに応じて、参加メンバーは公平・オープンに評価され、リターンを得ることになります。成果創出のプロセスを通じて、参加メンバーは他メンバーから知識や視点、思考を学びます。また啓発されることにより問題意識やモチベーション向上も期待されます。メンバーに上下関係はなく対等でありますが、テーマについて議論を行う上で、メイン役とサブ役に分かれることは考えられます。テーマの議論の状況に応じて、適宜メイン役とサブ役は入れ替わることが望ましいです。
 
ステップ3は、次に取り組むべきテーマ・ビジョンの設定、ネットワークの新陳代謝です。成果が生まれると次に取り組むべきテーマが設定されます。その際に、参加メンバーの新規参加や既存メンバーの退出というネットワークの新陳代謝が起こることが望ましいです。
このような活動が継続することによって、ネットワーク自体の魅力、ブランドが高まり、多くの参加メンバーが期待され、よりネットワーク自体の拡大が期待されます。
オープン・ネットワークにおける参加メンバー同士の関係性は、事業化されたときのビジネスモデルの構造にも大きく反映されてくる可能性が高いのではないでしょうか?自社にとって有利なビジネスモデルを具現化させるためには、早い段階からこのようなオープン・ネットワークを自社がリーダーシップをとって戦略的に仕掛けることが重要と考えられます。
このような取り組みがあった上で、社外の経営資源・イノベーションを活用するさまざまな手段を検討すべきでしょう。
 
次回コラムでは、このようなオープン・ネットワーク型戦略の流れやオープン・ネットワークを具体的に仕掛けていく手順について紹介したいと思います。
 
(次号につづく)

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