組織革新「ブレークスループロジェクト」

ニューチャーネットワークス 張 凌雲 2009年1月22日

■ 営業起点で組織のビジョンを切り拓く

 米国発の金融危機の影響による需要低迷が一層鮮明になっています。日本自動車工業会によると2009年の国内新車販売台数(軽自動車を含む)は 500万台割れと予想され、これはピークだった90年から4割近く減少することになります。消費者の節約志向は強まっており、デジタル家電や住宅関連の消 費も落ち込んでいます。

 消費の落ち込みにともなって製造業の生産設備も過剰感が高まっており、それは川上の素材産業にまで影響を及ぼしています。例えば、鉄鋼は1-3月 に設備の3割が余剰となり、また、石油製品と石油化学原料は約2割の設備余剰となっています(2009年1月19日 日経新聞朝刊)。1年前のインフレ状 態から一気にデフレ状態の方向に向かっており、今後も需要減が続けば設備廃棄や正社員削減が本格化する可能性が高くなります。

 経済の崩落状態ともいえる急激な事業環境の変化によって、現在多くの企業では中期経営計画や予算計画が立てにくくなっています。特に市場低迷の影 響を直接受ける営業戦略は、早急に見直す必要があります。中期経営計画や年度予算の見直しが済むのを待ってから営業戦略の見直しに取り組んでいたのでは、 会社の損失が拡大する可能性もあります。今こそ、顧客や市場と接点を持つ営業部門が、事業や会社の戦略企画の起点となり、次の時代のビジョンを切り拓くべ きときではないでしょうか。

 需要が激減する現在は、市場の競争ポジションが変化するときでもあります。この危機的状況を新たな成長のチャンスとして捉え、今、どの市場に経営 資源を集中すべきかを見極めます。そして、ターゲット市場を徹底的に攻めるため、自社の商品ポートフォリオを見直し、確実に成果へとつなげられる体制を築 き上げられるかどうかが、今後の企業の存続に大きく影響していきます。

■ 非常時における営業組織マネジメント

 いわば非常時といえる今日は、これまでの営業のやり方が通用しない状況です。営業組織のマネジメントも、非常時に合った方法に変革しなければなりません。“変革”には痛みを伴います。営業組織の“変革”のボトルネックを挙げると、以下の様なものになります。

  • 過去の営業成功体験への固執
  • 営業上の意思決定や新たな取り組みの先送り
  • 市場や顧客の現状分析や戦略計画に時間をかけすぎること
  • 業績悪化の恐怖から営業の行動量が落ちること
  • 過度に既存顧客へ依存した営業施策

 平時の営業戦略から非常時の営業戦略へいかに早く切り替え、実行できるかどうかが、この経済的危機を乗り越え、市場での新たな成長基盤を築けるかに大きく影響してきます。

 このような非常時の営業組織マネジメントを実践するためには、以下の5つのポイントがあります。

  • ポイント1.縮小市場における機会の把握
  • ポイント2.中期の戦略シナリオ仮説を検証する短期の営業目標設定
  • ポイント3.短期の営業目標を達成するための営業現場からのアイデア収集
  • ポイント4.短期の営業目標を営業ブレークスルーできる実行力とフォロー
  • ポイント5.小さな成功の加速度的な展開

 

ポイント1.縮小市場における機会の把握

 今日のように市場が縮小するとき、しかもその縮小スピードが急な場合、市場競争のルールは大きく変わります。市場が拡大するときは製品ラインナッ プを増やし、参入地域も広げて、自社の生産、販売規模をどれだけ多く増やせるかが重要です。しかし、市場の急速な縮小期には、事業経営を維持することと、 自社にとっていかに優位に市場の棲み分けを図るかがポイントになります。

 この事業経営の維持と市場棲み分けへの転換期には、いくつかの営業機会が生まれます。例えば、製品ラインナップや事業展開エリアの絞込みによる市 場シェアの拡大もその一つです。自社の経営資源が効率的に活用でき、かつ中期的には成長する市場を獲得できれば、将来の収益性は拡大すると考えられます。

 顧客も経営資源の効率化を図るため、既存取引先の絞込みや見直しを行います。これにより、過去、取引関係がなかった顧客に入り込む機会が生まれます。そして自社が絞込んだ市場に対して、営業資源を集中して徹底した営業展開を行っていきます。

 変革を生み出す機会は外部の市場だけでなく、企業内部にも発生します。危機的状況であれば、社内の無駄なコストの大幅な見直し、営業組織の統合、開発・製造・営業が一体になった組織横断的な営業活動など、平時にはできなかった改革の機会が生まれます。

 このように、あまりにも急激な市場縮小期で、一見手の打ちようがないと思われるときにも、社内外の機会は存在します。重要なのは、過去を振り返るのではなく、常に将来どうあるべきかというポジティブな思考です。

ポイント2.中期の戦略シナリオ仮説を検証する短期の営業目標設定

 市場が混乱すると、企業の内部もまた混乱しがちです。将来が見えなくなり、当面の目標も見失います。特に営業は、顧客訪問・提案といった顧客との 接点を持つ行動量が減少していく可能性もあります。外部市場に向かっていた組織のエネルギーが社内に向かってしまい、組織間の対立も起こりがちです。この ことは自社だけでなく、市場に参入しているライバル企業にも同様に起こりえます。したがって、このような状況で競争に勝てるか否かは、いかに素早く中期の 市場シナリオを描き直し、当面の営業目標を設定し、行動を起こすかにかかっています。視界不良のときこそ、短期の営業目標を繰り返し達成していくことで営 業組織の行動量を増やし、仮説を持ちながら試行錯誤を繰り返していきます。新たな市場環境の中でも成功の方程式を他社に先駆けて見つけ出すことが、中長期 の競争優位の構築につながります。

ポイント3.短期の営業目標を達成するための営業現場からのアイデア収集

 非常時における短期の営業目標達成の具体的な方策は、日ごろ顧客と接点を持っている現場担当者の“意外な気づき”や“アイデア”にあります。それ らを効果的に引き出すためには、営業現場からアイデアを引き出すための“場”を作ります。さらに、この“場”には営業担当者だけでなく、開発、製造、調達 など組織横断的に他部門のメンバーを巻き込み、組織全体を営業目標の達成の一点に集中させます。

 市場の構造、顧客の購買行動が様変わりしている状況においては、これまでの既成概念を取り払ったアイデアで顧客への提案をしなければなりません。 組織横断的に取り組むことは、営業が市場のニーズを伝え、それを商品・サービスへと形にしていくプロセスを早めることで、競合よりも一歩先に提案することが可能になります。

 現場から出されたアイデアは、取り組みの優先順位や目標値を明確にし、具体的な営業活動計画に落とし込みます。市場機会を逸しないためにも、これ ら一連の活動は、数日間かけて行うのではなく、一日もしくは半日程度で行います。この場には営業トップも参加します。営業トップにとってこの場は、市場の 状況把握と中期の戦略シナリオ仮説の検証、現場のモチベーション向上の機会にもなります。

ポイント4.短期の営業目標を営業ブレークスルーできる実行力とフォロー

 上述の戦略とその実行アイデアを検証し、成果に結びつけるために、営業ブレークスループロジェクトを実施します。営業ブレークスループロジェクト では、営業戦略の一部分を取り出して、8週間から12週間くらいの短期間で成果を生み出すことを目標とし、組織一丸となって徹底的な営業活動を行います。
 営業ブレークスループロジェクトを成功させるためには、以下の5つの点に留意します。

  • 目標は、売上・数量など具体的な数字で示す
  • ストレッチした目標を立てる
  • 担当者ごとにターゲット顧客、達成目標と期限を明確にする
  • リーダーや営業の管理スタッフは進捗状況の日々のチェック及び現場担当者との定期的なミーティングを行い、実行のフォローをする
  • 複数の営業ブレークスループロジェクトチームをつくることで、競争意識を持ち、お互いを刺激しあいながら進める

 営業ブレークスループロジェクトでは、成果を出すことを最優先します。これまでの営業活動のルールにとらわれず、目標達成のために行うべきことを実施します。リーダーや営業の管理スタッフは、組織間の調整や権限委譲を行い、担当者の実施を支援します。

 短期間での成功体験を作ることは、戦略の妥当性を示すだけでなく、営業組織に自信をつけさせ、行動力を一層上げることができます。

ポイント5.小さな成功の加速度的な展開

 営業戦略実行を組織全体で一気に加速化させるためには、営業ブレークスループロジェクト実施によって得た成功の要因を迅速に組織全体へ展開していくことです。

 成功要因の組織への展開を素早く行なうために4つの仕掛けが挙げられます。

 まず、具体的な行動内容と実施期限を明確にして、個々の営業能力や実行力のギャップに関わらず一定の成果を上げられるように導きます。

 2つ目に、担当者をエリア、ターゲット顧客などの括りでチーム分けし、チームでの目標を立て、担当者それぞれの目標とリンクさせます。営業は個別 での活動が多くなり、自己完結的に行われる傾向があります。チームでの共通の目標を立てることが、有効な営業手段の共有や活動の行き詰まりに対する打開策 の検討を促し、組織力を活かした営業活動を実現させます。

 3つ目に、営業の管理スタッフや組織のリーダーは、実施状況を常にチェックします。チェックは「定期的」ではなく、「日々」行うことが重要です。 日々チェックすることによって、問題やボトルネックが発生したときに迅速に対応することができ、現場のモチベーションや行動量が落ちるのを防ぐことができます。

 最後に、優れた成果を出した担当者やチームを褒め、その取り組みを示すことで、“やればできる”という前向きな雰囲気を持たせます。

 今は百年に一度の経済社会環境の激変のときです。事業をうまく維持しつつ、市場の競争ポジションの変革をしかける絶好の機会です。そのためには、 我々自身の過去の成功体験を今一度見直し、先入観を捨てて顧客や営業現場を起点にしたアイデアを発想し、その試行錯誤から新たな戦略シナリオを見出だすこ とが大切です。

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