■“エコシステム”の構築そのものが戦略
日本経済を引っ張ってきた電機、情報通信機器業界の業績低迷が長期化しつつある。今後、大規模な雇用調整も予想される。低迷の原因は、単に米国発の金融不況だけではなさそうだ。根底には、日本のモノ造りの強みが、かならずしも企業の成果に反映されない、経済、産業の構造的な変化があると考えられる。
その経済産業の構造的変化の一つと考えられるのが、“エコシステム”や“ビジネススキーム”というキーワードに象徴される、“業種、業態を超えた連携”である。“業種、業態を超えた連携”とは、これまで過去数十年続いてきた業種、業態の区分を崩し、それらを超えた連携で競争優位を築くこと指す。この様な連携を“エコシステム”とか“ビジネススキーム”と呼ぶのだが、近年、モノ造りだけでなく、どの様なエコシステムをつくるか、またどの“エコシステム”のグループに参加するが、企業業績を左右する重要な要因になってきた。
“エコシステム”と言う言葉は、1980年代後半のパーソナルコンピューター市場で、米国IBMが、日本電気の98方式を崩すために、インテル、ウインドウズなどDOS/V連合を形成する戦略をとったあたりから使われ始めたキーワードである。“エコシステム”は、強い拘束力をもつ契約は締結しない緩やかな連携である。しかし、おのおのの製品、サービスの企画や開発を連携し、同期化させながら、早期の市場創造や市場参入障壁を実現するのに大変効果的である。またエコシステムに参加する各社は、日本企業のように親会社、子会社のような資本関係を持たないため、環境変化にも柔軟に対応しやすい。また拡大スピードが速いため、ライバルの事業を短期に破壊するパワーを持つ。
競合が新たな連携をつくり、市場を包囲してしまえば、自社の個々の製品の企画や品質がいくらよくても、勝ち目はない。かつてのパソコンに限らず、米国アップルのiPodの携帯音楽端末、ノキアの携帯電話など、技術や製品は日本企業が優れていたにもかかわらず、グローバルでは、シェアを取られてしまっている例は多く見られる。
電機、情報通信機器業界に限らず、日本企業はこの“エコシステム”“ビジネススキーム”を今一度認識し直す時期にさしかかっているのではなかろうか。
■IT(情報通信技術)顧客ニーズの進化が大きなドライバー
次に業種、業態を超えた連携“エコシステム”“ビジネススキーム”がなぜ普及していったのか、またそれがなぜ可能になったのかを考えてみたい。
まずは、1990年代から世界の隅々まで行き渡ったインターネットをはじめとするIT(情報通信技術)が普及の背景に挙げられる。現在のような情報環境がない時代は、企業間の連携は、時間のかかる、難しいものであった。特に業種、業態が異なれば、ビジネスの価値観、使う言葉、取引慣習も大きく異なる。従って、多くの大企業は、多くの産業を系列化し、多角化、コングロマリット化していった。米国GEは、ジャック・ウエルチ氏が社長になる前の1980年はじめ、300以上の事業を抱えていたという。日本でも、三井、三菱、住友など資本関係のある財閥グループを形成し、業界内外の取引を活発化させた。
インターネットが普及すると、世界レベルで情報のやりとりが簡単になり、いわゆる“取引コスト”が大幅に低減した。またネット化されることで、ベストなパートナーがどこであるかが誰でも簡単に解るようになった。いくら資本関係があったとしても、弱い企業と連携するとこは、競争上で不利であると考えられるようになった。インターネットにより、業界や会社を超えてネットワークされたことが、これまでの取引の概念を大きく変えたのである。
“エコシステム”“ビジネススキーム”の普及のもう一つの背景は、顧客、消費者のワンストップのニーズである。例えば携帯電話では、どこへでも持ち運べるだけでなく、デジタルカメラ機能を持ち、音楽やゲームも楽しめ、TVも見られる。金銭の決済機能までも持っている。一つの端末で複数の機能やサービスが使えなければならない。
ワンストップニーズは消費者に限らない。例えば、会計事務所では、会計監査や財務コンサルティングだけでなく、業務プロセス改善や企業の情報システムさらには、間接業務そのものを請け負うサービスに大きく変化した。全ての業界で、このような顧客や消費者のワンストップニーズが当たり前のように期待されており、また企業側は新たな潜在的ワンストップニーズを発掘している。それをささえるのもまたITである。
これからも、これまでの常識を覆すような業種、業態の連携が次々と生まれてくるだろう。業種、業態の発想の枠を超えて、連携することの重要性はますます高まる。
■業種、業態の枠を超えた連携の事業戦略上の効果
もう少し踏み込んで、業種、業態の枠を超えた連携に関して、事業戦略上の効果を考えてみたい。実務として事業戦略を企画するにあってのヒントになればと思う。
効果1:デファクトスタンダード獲得を可能にする
デジカメ、カムコーダー、ビデオ、携帯電話のメモリはできるだけ共通のモノにしたい。消費者の使い勝手や維持コストを考えると当然のことである。消費者は何か中心的な機器で一つの方式を選択すると他の機器も同じ方式を選択する。このように、国や公的機関によって標準化が示されなくても、ビジネスの実態で事実上の標準化されることをデファクトスタンダードと呼ぶ。
電機、自動車、食品、エネルギーなど全ての分野と言ってもよいほど、グローバルレベルで、標準化が進む傾向がある。この標準化が自社有利でなければビジネスは発展しない。自社に有利な標準化を進めるためにも、同業種は当然のこと、ユーザー業界、関連業界といかに連携していくかが大変重要な戦略になってきている。
効果2:強みに絞り込むことで高い経済性を獲得できる
先にも述べたように、かつては企業内もしくはグループ内に関連する機能をもつ会社をいくつも保有していた。しかし競合と比較した場合、競合よりも弱い機能を社内、グループ内に保有し続けることは、競争力を下げてしまう。
一方強い機能は、企業や業界を超えネットワークされ、活用される可能性が高まっている。多くの種類と量の業務をこなすことで、業務の習熟度合いが向上し、スケールメリットが働き、高い利益を獲得できる可能性がある。
強みに絞り込んだ事業をおこなうことが、むしろ他社とネットワークしやすくなり、その強みがさらに強化されていけば、そのことが大きな差別化となると思われる。
効果3:戦略計画を実現するまでの時間が短縮される
株主の最大の関心は、投資に対し、ある一定以上のリターンがどれだけ早い段階で回収できるかを考えることである。従って、事業戦略計画策定のポイントとは、早く資金を回収するためのアイデアをどれだけ出せるかと言える。戦略計画実行のために、自社で全ての能力を蓄積するには時間がかかることが多い。たとえできたとしても、他社と比べてそれらの能力が弱い場合は、競争上不利になる。業種、業態を超えた連携は、事業戦略計画の実現を早め、かつ、競争上のリスクをさげる可能性がある。
効果4:常に変化することのベースをつくる
事業に必要な機能を自社で抱えることは、一見柔軟性が高いように思えるが、実際のマネジメントでは、必ずしもそうではないことの方が多い。特に企業のメイン事業と業種が違えば、ビジネスそのもののサイクル、スピードなども異なり、事業環境変化に対応し難いことも多くなる。また一旦社内でつくった部門や組織をなくすには時間がかかることも多い。
資本関係のない企業どうしの連携であれば、状況に応じてパートナーを変えやすいため、環境変化に対して自由度が高い。
優秀なパートナーとネットワークをもつことは、外部環境変化に関する情報が集まりやすく、自社の企業思考、行動、意識など企業文化を変えやすくなる。企業は組織構造としても、環境変化を取り込みやすくしておくことが大変重要である。
効果5:ビジネスに拡張性を持たせることができる
ビジネスでは、リスクを抑えつつもいかに拡大、発展の可能性を確保しておくかが重要である。拡大、発展の可能性の多くは、社内ではなく社外に存在する。顧客も含め、社外のどのような企業や組織と、どのような関係を構築するかが鍵となる。その関係性が企業や組織の価値ともいえる。
同業界だけでなく、自社とは異なる業種・業態との関係をつくっておき、必要に応じ連携を図り、ビジネスを拡張できるようにしておくことは大変重要なことと言える。
■業種・業態を超えた連携“コンソーシアム戦略”を構想する方法
業種・業態を超えた連携“コンソーシアム戦略”を企画構想することは戦略企画として最も高度な作業といえる。その企画構想のポイントは大きく3つある。
一つは自社の強みは何かを徹底分析し、異なる業種、業態の視点から捉え直すことである。強みとは競合や顧客に対して相対的に認識されるものであり、既存、新規の市場での顧客の視点、競合の視点から分析するものである。従って、自社の強みを認識するためには、常に外部との接点がなければならない。戦略構想実現のためのコンソーシアムの前に、外部の視点を持つためのコンソーシアムも必要かもしれない。最近、企業の研究所の幹部の方達に、利害があまり意識されない緩やかなテーマで“異業種研究会”を実施することを進めている。外部の接点を常日頃数多く持っておくことが、自社の強みの認識には必要である。
しかし、多くの日本企業で“内向き志向”が見られる。社内、部内だけで何でも解決しようとする傾向が未だ強い。業績が悪化すると、トップの指示で何でも内製化を進めようとする企業もある。エコシステムがますます重要な今、“内向き志向”はそれだけで大きなリスクである。
“コンソーシアム戦略”構想の2つめのポイントは、エコシステムの範囲の設定と主要プレーヤーの関係性の設計、さらには自社のビジネスモデルの設計である。エコシステムの範囲の設定は極めて難しい。一旦設定した範囲も、状況によって拡大したり縮小したりする。あくまでも仮説でしか設計できない。顧客の視点での範囲の設定も可能であるが、顧客のパースペクティブを超えたエコシステムも十分にあり得るため、顧客の視点を持てばよいというものではない。できるだけ広い範囲の認識を持ちつつ、そのフォーカスを自由自在に調整できることが望ましい。
ビジネスモデルは、自社の収益構造を設計することが目的で、エコシステムよりももっとフォーカスされた範囲となる。エコシステムと密接な関係があるため、同時に設計構想するべきである。ビジネスモデルと言った場合、自社の収益源や情報のフィードバックル-プ、拡張性などが明確になっていなければならない。
3つめのポイントは、エコシステムもしくはビジネスモデルの中の、参加企業、組織と自社の利害関係を明確化することである。構想段階では、参加企業が、エコシステムやビジネスモデルに参加する“目的”の仮説を持つことである。その目的は自社の目的と共生できるかを見極め、参加企業を選択する。しかし、相手の目的の仮説を持つためには、自社の目的を十分に明確化しておく必要がある。何のため、何をめざしこの事業、コンソーシアムを行うのかを徹底議論し、共有しておかなければ、コンソーシアムをリードしたり、参加したりすることはできない。
今回は、主に業種、業態を超えたエコシステムそしてコンソーシアムの重要性に関して述べた、次回は、コンソーシアムを形成していく具体的な手順や、コンソーシアム形成の組織インフラに関して述べる。