2008年の第4四半期からの米国の金融に始まった世界経済の急速な悪化に引きずられ、日本の製造業も未だ深刻な状況にある。世界経済の落ち込みが企業業績の悪化の最大の理由であることは間違いないが、いかなる環境におかれようとも企業経営は、維持継続さらには成長を確保しなければならない。そのために、企業そしてそこで働くビジネスパーソンは、大きく変化する経済環境に適合していくことが求められている。
6割経済とも言われる市場の縮小と、その過程で起こる企業間の競争ポジションの変化の中で、企業は、企業内部よりもむしろ外部をより意識した経営が重要であることを再認識する必要がある。原点に返って考えてみると、企業の成果とは、最終的に企業内部ではなく、外部の競争市場で、そして顧客の現場で達成されるべきものである。また人材、資金、設備、知識など経営資源もまた、企業の外部から調達しなければならないものである。競争市場の構造的変化が起こっている今、企業は外部に目をむける必要がある。
さて、今回の世界経済悪化の中で、半導体、自動車、デジタル家電など、世界でも日本企業がトップレベルのシェアを持っている産業の落ち込みが大きい。急激な在庫の削減から一転して増産に向かってはいるものの、2007年の需要を取り戻せるのは、最低でも2年、4、5年はかかるという予測が大半である。
大きな落ち込みの原因は、経済環境の悪化だけなのであろうか。半導体業界では、TSMCやメディアテックなど、台湾のファブレスメーカーの業績は昨年と比較しても悪くなっていない。また電池メーカーBYDは世界初のプラグイン・ハイブリッド自動車を発売するなど成長著しい。業績がそれほど悪化していない海外の企業に共通することは、他社に負けない技術、業務、サービスなどのコア・コンピタンスを磨き、それをテコにして企業の外部とうまく共生している点にある。そのビジネスモデルは国境を越えたグローバルな機能分担をベースとしたものである。一方多くの日本企業は、事業をグローバル化させつつあるが、日本をベースにした製品企画であり、ビジネスモデルも内部志向が強い。まだまだ自前主義から抜け出せず、製品事業のみならず、業務もあれもこれもと手を出しすぎていて、圧倒的な競争優位性を持つコア・コンピタンスを磨けていないのではなかろうか。
しかし、企業業績の悪化は「変革の機会」でもある。人も企業も業績が悪い時にこそ過去の問題点を洗い出し、イノベーティブな視点での変革が可能である。その変革のターゲットの一つとして先ほど挙げた「強すぎる自前主義、内部志向」が挙げられる。いまこそ日本企業は、その強みは残しつつ、大きな変革ターゲットの一つである、自前主義、内向き志向をよい方向に変革するために、M&Aやアライアンスをうまく活用することができないだろか。
人は誰でも長年行なってきた意識や仕事のやり方を変えることは中々できない。企業も同様な側面がある。だからこそ外部の力、これまでとは異なる人や組織との関係を構築することを通じて、自分の強み、持ち味を生かしつつ、変革していくことが有効なのではなかろうか。
変革の手段としてM&Aやアライアンスを活用するには、まずこれまでのビジネスの発想そのものを変える必要がある。今回はその前提となる3つの戦略発想に関して、企業の変革をリードするビジネスリーダーの方に提言したい。
1.業界全体を俯瞰的に見て、変化の文脈を発見する
デジタル化の波はすべての産業に大きな影響を及ぼしている。各国政府の統計のための産業、業界の厳格な区分は、年を追うごとに現実とは乖離してきている。これまで顧客と考えていた企業が自社の領域の事業を行なう例は、流通業におけるPBブランド、アセンブラーによる部品のモジュール化、ソフト化など、数え切れないほど多い。業界の川上にある企業が、海外では、川下まで一貫して事業展開する例も多い。
さらには業界を超えた参入により、業界の競争メカニズムが大きく変化することも多い。iTunes、iPodをプラットフォームにした、音楽業界や携帯電話、通信業界へのアップルの参入。製薬メーカーであるアマシャムバイオサイエンス社の買収を通じた米国GEの医療器械と薬品の融合戦略。高分子化学の技術と、マーケティング力をテコに、エコナ、ヘルシアなどのキラーコンテンツで食品業界への参入を果たした花王。業界の垣根を越えた企業の参入とそれによるあらたな市場創造の事例は挙げればきりがないほど多くなっている。
業績にインパクトのあるM&A・アライアンスの事業機会は、業界内はもとより、むしろ業界外にあるといえる。ビジネスリーダーは常に、視点を業界の外部に置き、今後どのような業界外の企業が影響を及ぼすのか。また自社がこれまで関連のなかった業界に新たに参入できないかを検討していくことが必要である。企業の新たな業界参入の機会は、顧客や業界全体の“構造的な変化”にある。例えば、経済が急速に悪化することによる機能を絞り込んだ価格製品の増加。エネルギーコスト上昇による太陽光発電の普及などをイメージしていただければよい。これらの変化を機会にこれまで一見対象業界に関連性のなかった多くの企業が参入してきている。
業界の変化軸とそれによる新たな流れを「ビジネス文脈(コンテキスト)」と呼ぶ。ビジネス文脈をとらえるには業界内外との接点を持ち、変化を捉え、その変化が自社や参入する業界にどのようなインパクトがあるのかを具体的に、できれば売上、コスト、投資、資産などの視点で分析、考察してみることが必要である。そこから自社のビジネスの機会を創造していかなければならない。
2.自己の強みを再定義し、それが最大限発揮できる領域を定める
新たな視点で業界全体を捉えなおし、新たなビジネス文脈が発見できたら、自社の強みを再定義する。人も企業においても、強みとは単独で存在するものではない。誰かと比較して、またはある特定の状況下において「強み」と定義されるのである。したがって、業界の範囲やそこでのビジネス文脈が変化すれば、当然強みの定義も変わる。もしかしたら弱みと思われていたことが強みになる可能性もある。事業領域の範囲の設定と強みの分析は同時に行なわれなければならない。
この場合、自社の強みがより強く、そして弱みを補完してくれるM&A・アライアンスを前提に戦略を組み立てることが重要な戦略となるケースが多くなっている。以前のように自社の資源だけで、事業を組み立てていると参入のタイミングを逸するためである。時間をかけて自前主義で進めているうちにM&Aやアライアンスを駆使した他社にすべてを持っていかれてしまう危険がある。
このことは決して自社の力を超えた事業領域を設定することではない。あくまでも自社が価格決定権をもち、市場をリードできる事業領域を創造することが目的である。
3.新たなビジネスモデル、エコシステムを構想し外部に働きかける
ビジネスモデル革新とは、自社の新たな収益構造を構想し、変革することである。具体的には、企業の収益源を多様化もしくは拡大することを目指し、モノやサービスの流れ、情報の流れを再構築することである。1990年半ばから、社会やビジネスの情報ネットワーク化が進んできたことで、ビジネスモデルを革新することが企業戦略の中心となってきた。
さらに企業のビジネスモデルだけでなく、その上位の業界全体もしくは社会全体が大きく変化してきている。ビジネスモデルよりも上位の次元の範囲を「エコシステム」「共生システム」と呼んでいる。
ある程度事業領域が明確になったら、ビジネスモデルやそのビジネスモデルが包含されるエコシステムを構想することが必要となる。その場合エコシステムを1社だけで構想することは難しい。業界内外のどの企業とどのような関係を構築するかが戦略そのものとなる。関係を構築するのは企業に限らない。政府、NPO、自治体など多岐にわたることも多い。
以上のことからもわかるように、今日の企業経営では、他社、他業界を含めた業界構想力と、その実現のための行動力が経営成果に大きく影響する。このような構想力を高めるには、次のようなことが必要である。
①戦略的な意図をもって企業外部と接点を保持しておくこと。
その範囲を広げておくこと。国家で言えば広く多様な外交戦略を維持拡大していくことに当たる。
②企業、業界の利害関係から新たなビジネス文脈とは何かを常に考えること。
業界内外の変化が、新たにどのようなビジネス文脈を創りだすのかを考えて、
ビジネスモデルやエコシステム構想の題材にすること。
③新たなビジネスモデルやエコシステムの中で、自社の役割、機能を再確認しておくこと。
ビジネスモデルやエコシステムが変われば、求められる自社の役割や機能も変化する。
それをいち早く見つけ、他者に負けないコンピタンスにしておく。
構想ができたら、変化の兆しを捉え、積極的に外部の企業に働きかけていく。変化の兆しという点で、経済環境変化やそれによってもたらされる企業戦略の変化を捉えることは、大変重要なことである。特に今日のような大きな経済環境の変化の下では、どの企業も、過去の考え方、仕事のやり方の見直しを迫られる。企業内で、過去には考え難かったことも、今ならば十分検討されるべきこととして取り上げられることが多くなる。
相手企業の戦略の変化は、じっとしていてもわからない。自社からの適切な働きかけが効果的である。このとき、日ごろの企業外交力がものを言う。経営トップはじめ、各機能部門や事業部門の現場にいたるまで、外部との接点を持つことを訓練されている組織とそうでない組織では、M&Aやアライアンスのスピードがまったく異なる。
以上日本企業が内部志向を脱し、外部との関係性の中で企業を変革するために、M&A・アライアンスを活用した戦略発想やその考え方を述べてきた。繰り返しになるが、それは決して日本企業の強みを捨てることではない。むしろ強みが発揮できる「場」を選択しなおし、強みがより強くなることで、外部とも連携しやすくなり、自ら内部志向を脱却できるという考えのものである。