■ M&Aを取り巻くビジネス環境や価値観の変化してきている
最近の世界的ヒット商品や成功企業を分析してみると、イノベーションのスタイルそのものが、これまでとはまったく異なってきていることがわかる。
例えば検索サイトを運営するグーグル(Google)。そのグーグルが生み出す価値とは、世界中の人が情報発信したいことをウエブサイトに自由に 書き込んだものを、世界中の人が誰に指示されることなく自分の好きなように検索などができる場の提供である。また、書籍のネット販売で成功し、その後世界 最大級のECサイトに発展したアマゾン(Amazon.com)の価値もグーグルと根本は同じ原理で、世界中の人が本をはじめとするさまざまなモノを自由 に売り買いする場の提供である。
これまでは業界の専門家や流通などがプロの目で選択し、店頭に並べて、消費者が購入していた。いわば売り手中心のトップダウン型の方法である。し かし、グーグルやアマゾンなどのネットビジネスでは、このような売り手中心のトップダウンのプロセスがなくなり、世界中の多くの消費者が選択し、その選択 の結果がひとつの総意となり、全体に影響を与えていく。グーグルやアマゾンは有機的なボトムアップとその結果のトップダウンが何度も繰り返されていく“場 ”を提供することでこれまでのビジネスのやり方をイノベートしている。
このような傾向は、モノづくりにも見られる。アップルは、音楽を自由にダウンロードできるサービスやソフトウエアを起点にビジネスモデルを構築 し、直感的な操作で音楽を楽しむ音楽携帯端末iPodを開発し世界中に広めた。iPodのビジネスは、イノベーティブなテクノロジーが組み込まれたハード ウエアである一方で、音楽コンテンツと音楽業界と消費者、あるいは消費者同士を結びつけ価値を創り出すネットワークという場の提供とも言える。
これらの例からもわかるように、イノベーションの方法は、企業が価値を開発し、消費者にそれを提供するワンウエイのスタイルから、複数企業と消費 者が協働して価値を創り出す“価値共創、創発”型のイノベーションへと大きく変化しつつある。これからの企業は、産業分野に関わらず、この「価値共創、創 発型」のイノベーションの方法を身につけておく必要があろう。
■ 「価値共創、創発型」という視点から見たM&Aそしてアライアンス
M&Aさらにアライアンスまで範囲を広げ、それらを「価値共創、創発型」という視点でとらえ直してみると次のようなことが言える。
「M&A・アライアンスとは、異なる文化、異質なものが融合する仕掛けである。その融合の際にM&A・アライアンスは、ある一定 の範囲の法的な拘束力のある関係を結ぶ。法的な拘束力で半強制的に融合することを機に、過去よりも新しい価値を生み出すことができた場合に、 M&A・アライアンスは本当の意味を持つようになる」
組織と組織を融合させるには、必ずしも法的拘束力を持つ必要はない。組織間で情報を交換しあうことや、ネットを通じたコラボレーションなど、情報 技術が進んだ現代では、融合の方法はいくらでもある。反対に、法的拘束力を持つことによって、「価値共創」が阻害されるのであれば、ビジネス的に意味のな いものになってしまう。
しかしながら、永続性や安定性などを考えた場合、ある程度の法的拘束力を持つ関係性を構築することは効果的である。
■ ネット社会がさらに「価値共創、創発型」を大きく進める
「新たな価値の共創」という点では、今後さらに広がるネット社会はその大きな支えとなる。ネット社会の本質とは、企業の歴史の長さや規模の大きさ に限らず、異なる価値観から生み出された知識を組み合わせたり、そこから新たな価値を創造し、世界に発信すること、つまり「価値の共創、創発」が過去と比 べ物にならないほど容易にできるということである。「価値の共創、創発」には、サプライヤー同士だけでなく、顧客、NPO法人、行政などありとあらゆる、 人、組織が関わる。またその価値は絶えず変化するものである。
このようなことから組織の歴史や規模に関わらず、すべての分野で「価値の共創、創発」が今よりももっと重視されていくであろう。
M&A・アライアンス戦略とは、この成熟市場での新たな競争原理である「価値の共創、創発」を目指し、またそれを支える効果的な手段と考えることができる。
これまで、M&A・アライアンスと言えば、「競争相手を支配する」ことや「企業規模を大きくし市場を独占し、顧客に対し交渉力を持つ」と 言った、成熟したコモディティが中心の、古い経済観念での発想が中心で、「買収」という行為そのものを重視する傾向が強すぎた。確かに新しい産業である ネットビジネスであっても「支配」や「規模」といった従来からの資本主義の考えが根強く生きている側面もある。しかし、「支配」や「規模」の意味は従来よ りも薄れてきていることは間違いない。これからのネット社会をベースにした産業社会では、むしろ「価値の共創、創発」こそが、M&A・アライアン スの目指すべきところとなる。
■ 戦略論としてのM&A・アライアンスのコンセプト:「小さく機動的な組織が有利」
これまでも述べてきたとおりM&A・アライアンスは、「支配」「規模」といった伝統的な経済システムの中で「買収」「提携」といった戦略 の一場面のみに議論が集中する傾向があった。それゆえ、M&A・アライアンスに関する書籍などは、関心はあるがあまり手に取らなかったという方も 多かったのではなかろうか。本コラムでは「M&A・アライアンス」を、「新しい価値を共創、創発」する企業戦略マネジメントの方法論としてお伝え していきたい。
M&A・アライアンス戦略の戦略コンセプトとしての特徴は、企業の歴史の長さや規模とはあまり関係ないということである。むしろ小さな企業の方が仕掛けやすい側面がかなり多く、成功した場合のメリットも多い。
またM&A・アライアンス戦略の知識・スキルが必要とされる人は、経営トップに限らない。むしろ現場の実務や市場の状況を詳しく知っている 部課長レベルにこそ必要なものであろう。さらに、部門で考えると、企画職、スタッフ職はもちろんのこと、M&A・アライアンス戦略の実行の成否を 握る、技術、開発、営業などの各機能部門の専門家こそが理解しておくべきものと言える。