新製品やマーケティング戦略を企画する際に、皆さんはどのようなデータ、情報を活用するだろうか?普通は、調査機関や広告代理店の調査分析した消費者データ、独自調査、グループインタビューなどである。それも効果的であろう。しかし、時代のトレンドを潜在的な段階でキャッチする方法としては、必ずしも効果的とは言えない。私たちニューチャーネットワークスでは、企画する人自身で行う「タウンウォッチング」をお勧めしている。
「『タウンウォッチング』なら毎日会社の行き帰りにやっているよ」「毎週土日買い物をしているよ」とおっしゃる方もいるかもしれないが、果たしてそれは企画のための「観察」といえるものであろうか。「心の窓」を開け放ち、自由な気持ちで、時間も気にせず、寄り道しながら散歩することは少なくなってしまっている。わたし達は常に、何かに追い立てられ、忙しく、考え事をしながら、モールなど人工的につくられた「街」を、エスカレーターが動くままに、「移動」するだけになっていないだろうか。
これでは時代の変化を捉えることは出来ない。製品企画やマーケティングを担当している人ならば経験したことがあると思うが、ヒット商品の企画のタネは、企画担当者の趣味や遊び、個人的な人脈に負うことが多い。「個人的なこと」の中には必ず「心の窓」が開いている。この「心の窓」が開いていなければ、大きな時代の潮流を捉えることは出来ない。
しかしそれではなぜ「タウンウォッチング」なのか。
人が住み、働き、遊ぶ「街」は、それ自体が、最新情報の編集作業を行っている「雑誌」のようなものである。「雑誌」は企画から取材、編集など相当の時間を費やして、数ヶ月後、数週間後にそのごく一部が読者に届けられる。しかし「街」は、毎日編集し、毎日出版し、その場で観て、読めて、聴ける、まさにリアルタイムの「雑誌」といえる。この「街」にこそ、企画のヒントになる隠された時代の潮流が潜んでいる。
トレンドウォッチのための「タウンウォッチング」の書籍はいくつが出ているが、日本では「植草甚一」がもっとも優れた「タウンウォッチャー」であると思う。最近では「植草甚一」はあまり語られなくなったが、今でも雑誌「Pen」などにも登場することがある。植草甚一は、主に60年代、70年代に活躍した著名な映画・ジャズ評論家、エッセイストであり、イラストレーターでもある。植草甚一の発想の原点は「散歩」にある。渋谷、青山、六本木、銀座、人形町、海外ではニューヨークの街を毎日数時間ブラブラ歩き、あちこち寄り道し、気に入ったものを買い集めた。自宅や滞在ホテルは雑誌、雑貨、洋服、ファッション小物であふれかえっていた。「植草甚一自伝」(晶文社)に次のような文があり、大変勉強になる。
「つまらないことばかり書いているなあ。つい横道にそれてしまった。女の絹のスカーフや腕時計やフランスのネクタイや石けんなんか、いつでも目の前に転がっているじゃないか。みんな知っているよ。そういうかもしれないけれど、じつはそんなものが気がつかないうちに変化しているんだ。青山や原宿や六本木当たりが夜になってキレイに見えてくるのは、そういった新しい変化を光っているウィンドーガラス・ケースの中に発見出来るからなのである。だからブラブラ歩いているのがたのしくなってくるし、そんな気分にマッチした喫茶店でコーヒーを飲んでいるとまた歩きたくなってくる。」(「植草甚一自伝」晶文社 P52より)
■「タウンウォッチング」とは心の窓を開けること
「タウンウォッチング」とは、気持ちを楽にして、好奇心を持ち、楽しみながら自由に街を散歩することである。どこか目的地に到達するための移動でない。ブラブラと歩き楽しむこと自体が目的である。多くの人は、幼少のころから大学生時代ごろまでにはそういった「ブラブラ歩く」ことがよくあったが、最近は「休日でも、ついつい時間を気にしてしまう」という人が多いのではないだろうか。あまり時間を気にしすぎると「発見する心」が閉じてしまう。偶然の発見、出会いのために「心の窓を開けておく」ことが重要である。これが簡単なようでなかなかできない。ついつい仕事モードになってしまったり、過剰に分析的な目線で効率的に見て、情報処理したりしてしまう。
■街を見て自分で情報編集すること
「タウンウォッチング」の目的は決して分析することではない。自分も街に気軽に参加しながら、独自のアイデアを発想し、コンセプトを作っていくことが重要なのである。脈絡のないお店めぐりや、小物を買ったり、店員と会話したり。公園でぼんやりしたり、道行く人のファッション、会話、表情を観たり、カフェやレストランで食べたり、飲んだり。
そういった時間を気にしないユルユルの意識や行動のなかで、自分が感じること、興味をもつことに任せて時間を過ごしてみる。そしてその時間を振り返ってみると「おや最近はこうなってきているのか」「これからはこういった気分が流行するかな」などといった発見、気づきが起こってくる。そういった「つぶやき」みたいなものができれば「タウンウォッチング」は成功である。
あれこれ気まぐれに購入したものをカフェや自宅で並べてストーリーづけて考えるのもよい。またデジカメで撮影した写真を並べてみて、それぞれにキャッチコピーをつけるのもよい。「街」に刺激された自分自身の新しいテイストが発見できれば、それが時代の潮流だったりする。まさに自分自身を媒体にした街の情報編集といえる。この情報編集こそが「タウンウォッチング」のアウトプットなのだ。
先に挙げた植草甚一は、街でもらったパンフレットや雑誌、自らがとった写真でコラージュをつくっていたようだ。植草の文章にはよく「スクラップブックでコラージュをつくるとスカッとする」といった表現が出てくるが、それは、彼なりに時代の変化を体で吸収したということなのであろう。
■「タウンウォッチング」の方法
「タウンウォッチング」はそんなに構えて行うものではないが、うまく成果を出せるかどうかとなるとそれなりにノウハウがある。簡単に「タウンウォッチング」の方法を説明したい。
①実際のテーマを昇華させ目的を大きく定義する
まず企画のテーマや、市場調査の目的を考える。注意しなければならないのは、あまりにもテーマや目的を絞りすぎないこと、制約を加えすぎないことである。その「タウンウォッチング」のテーマの背景には、製品や事業の企画、マーケティング戦略の具体的な企画テーマが存在する。それら具体的なテーマをそのまま「タウンウォッチング」にしてはいけない。「競合製品の動向調査」などといった目的は「タウンウォッチング」にはふさわしくない。一度高い目的に昇華させる必要がある。たとえば「新しい人のつどいとはなにか」「20代の自己表現のスタイル」などといった少し抽象化した自由度の高いテーマを設定することが重要である。
②テーマにふさわしい「街」を決める
先に挙げたテーマにふさわしい街はどこかを考える。ここでも注意したいのは、ビジネス上の目的に直結した「街」を選ばないことである。「家電製品」→「秋葉原電気店」という選び方はできるだけ避けたい。「家電製品」→「青山ライフスタイルショップ」くらいには変換したいものである。もっと飛んで「家電製品」→「目黒通り沿い家具・雑貨店」ならばさらによい。
テーマにふさわしい「街」がどこなのか?やはりここでも普段から街をブラブラする「蓄積」が無ければ難しい。普段からの「無駄な行動」がここで活かされるのである。自分が忙しくて「ブラブラ」や「無駄な行動」が出来ない人は、絶えず「ブラブラ」や「無駄な行動」をしている人と仲良くなり、情報を聞き出す様にすることも効果的である。だから「ブラブラ」や「無駄な行動」をしてくれる友人は大事にしなければならない。
街が決まったら、地図、ガイドブック、ネットなどで下調べするのもよい。また先に挙げた「ブラブラ・無駄好き友人」によい店を聞くのもよい。そういった友人を同行させるのも効果的である。
③「タウンウォッチング」のための道具をそろえる
「タウンウォッチング」にはいくつかの道具が必要である。
■地図、ガイドブック
よく知っている街であれば必要ないが、ある程度計画的、効率的に回るためには必要。
■デジカメ
コンパクトでも一眼レフでもどちらでもよい。3、4時間で200枚は撮影するのでメモリ容量は余裕をもたせておく。
■メモ帳または小さなスケッチブック、ノート
気づいたことを記録しておくメモ帳。絵が得意な人であれば、簡単なスケッチをするのも効果的。店内は撮影禁止のところもあるので、カメラだけでなくメモやスケッチは必要。
ノートには「タウンウォッチング」の中間や終わりに、気づきをまとめる。
■デイ・バックまたはショルダー型の鞄
手をフリーにしておくためにデイ・バックまたはショルダー型の鞄がよい。買ったものやパンフレットなどを入れる。
■ボイスレコーダー
気がついたことを自分の声で録音しておく。感動の様子が記録できるので効果的。カメラ、メモよりも機動的である。
■お小遣い
お小遣いを決めておき、その範囲であれば、何を買ってもよいことにする。我々の経験では、3、4時間で5千円程度が目安だが、少なめの方がかえって知恵が働く。雑貨、小物が中心なので、10万円では多すぎて忙しくなる。千円では1、2品で少し寂しい。お祭りや修学旅行のお小遣いのようなもので、多すぎてもだめ、少なすぎてもだめ。知恵が働く金額がよい。会社のワークショップで実施する場合は、領収書不要とすること。本音で「何を買ってもよい」という事にしないと、よい「タウンウォッチング」が出来ないためである。
④「タウンウォッチング」をやってみる
まずは難しいことを考えずに、ブラブラ歩く、見て回る。気にいった店に入ってみる。男性向け、女性向け、年齢に関係なく、おもしろそうだなとおもったら勇気をもって店に入ってみる。商品を手に取ってみてみる、比べてみる。動かしてみる。友達のように店員さんに話しかけてみる。
■お店と店員を観察する
お店の広さ、品物の数、質、お客の数などを量的なものを観察する。さらに看板、ディスプレイ、店員のセンス、接客対応の特徴などの質的なものも把握する。
■お客を観察する
年齢、ファッションなど、どんなお客が来ているか、何を買っているか、他にどの店の紙袋をもっているかなどを観察する。一回当たりいくらぐらい買っているのか、常連客かどうかなどを観察する。
■何か買ってみる。店員と話してみる
似たようなものをあれこれ比べてみる。商品の特徴、売れ筋、店員の好みやお勧めなどを聞いてみる。
■食べたり、飲んでみたりする
訪問した街で、気に入ったレストランに入り、なにか食べたり飲んだりすると、その街との距離が一層近くなる。嗅覚、味覚が刺激され、新しいインスピレーションを引き出してくれる。
■人と話す
街の人と話をする。お店やレストラン、カフェの人でもよいので、誰かと話をしてみる。人という街の文脈を構成する大切な要素が見えてくる。
■偶然を大事にする
街やお店を歩いて回っていると必ずなにか偶然の出来事に遭遇する。それは前からほしいと思っていた文房具との出会いであったり、家族へのプレゼントのアイデアであったり、懐かしのモノであったり。遠慮無くこの偶然をどんどん取り込んでいく。極めて個人的な偶然ではあるが、その背景に時代の流れのようなものを気づかされることが多い。
⑤「タウンウォッチング」の結果をまとめてみる
「タウンウォッチング」のまとめには、いろんな方法が考えられるが、時間がかからず簡単で、かつ仕事にも使える方法は、植草甚一も行っていた「スクラップブック」の作成であろう。一日の流れを、写真、お店や施設のパンフ、雑誌の切り抜きなどでコラージュ日記をつくってみる。日記の背景文脈は自分自身の好奇心と発見である。この好奇心と発見こそが「タウンウォッチング」の最大の成果である。それらは、文字だけでなく写真や印刷物の切り抜きでしか表現できないものも多い。作成のポイントは「誰かに見せる」「客観的」ではなく、「自分のために」「主観的」ということである。
■「タウンウォッチング」を自分のライフワークにする
誰でも、いつでもできる「タウンウォッチング」。しかし、今その「タウンウォッチング」が行いにくい環境にあるように思える。ほとんどの会社では、「タウンウォッチング」を仕事として認めていない。また個人も仕事、生活に追われ、自由な時間が少なくなっている。すべてが目的と目標で管理され、自由度が少なくなってしまっている。
また一方では、ネットで検索すれば、街に出かけなくても「情報」は、いつでも、どこでも入手できる。「タウンウォッチング」を行う環境はますます少なくなっている。我々のネットへの依存度はますます高まっている。
その結果どうであろうか。新しいものや刺激は多いが、五官で感じることが減り、生活、仕事に感動が少なくなってしまっている。
しかし、だからこそ製品企画、マーケティング戦略で「タウンウォッチング」が有効なのである。お客が五官で感じ、感動したいと思う欲求が高まっているからこそ、企画する主体自身が五官で感じ、感動することを企画の出発点にすることが優位性につながるのである。
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