■技術や商品が優れていても、生活者は必ずしも商品・サービスを買うわけではない
企業は基本的に顧客ニーズを満たす「価値」を提供するために、商品開発や技術開発を行います。しかし、優れた技術・商品を開発したからといって、顧客は商品・サービスを必ず購入するのでしょうか?
ライフスタイルビジネスの対象顧客は、生活者です。生産財の場合の対象顧客である企業などとは異なり、生活者は経済合理的な判断だけで商品購入の意思決定するのではなく、そこには感情や直感による意思決定が伴います。なぜなら、生活者は多くの場合、購入の意思決定の理由を他者に説明する義務はなく、自己責任において購入をしているからです。
この感情や直感による意思決定に大きな影響をおよぼす要素の一つに商品や企業のイメージがあります。例えば、どんなに業界初の機能をもった優れた商品を開発しようと、その商品をつくった企業のイメージが悪ければ生活者は購買シーンにおいて「なんかいやだな」と思うでしょう。そして購入をためらうか、結局購入しない可能性が高くなるはずです。
企業としては、優れた技術・商品を開発するだけでなく、商品・企業として生活者から選択されるイメージをつくらなければなりません。つまり「ブランド」をつくるということです。
■ブランド戦略とは
では生活者から選択されるイメージとはどのような条件を満たしているのでしょうか?1つ目は「イメージが好ましい」ことです。イメージは好意的なイメージばかりとは限らす、悪いイメージもあります。もし生活者が商品・企業に対して悪いイメージを抱いてしまったら、購買において選択されるどころか、避けられて、顧客同士の口コミで商品の悪い評判さえ広がってしまうかもしれません。
2つ目は「イメージが強力である」ことです。たまに想起されるイメージではなく、生活シーンの様々なところで頻繁に想起されるイメージということです。例えば、東京近辺において家族が週末に遊びに出かけるシーンにおいては、「ディスニーランド」は生活者に想起される頻度が高いでしょう。これは、多くの人々に強力に認知されているということです。そのため、選択される可能性は上がります。
3つ目は「イメージに他社にはない独自性がある」ことです。生活者に想起されたとしても、競合他社の商品も一緒に想起されるようでは差別性がありません。悪くすると価格競争に入ってしまうかもしれません。他社にはない自社ならではのイメージを工夫していく必要があります。
このような条件を満たすときに、そのイメージをもつ商品・企業を「パワー・ブランド」といいます。
そしてこのイメージの想起を生活者に促す「触媒」として、商品ネームやロゴ、キャラクター、スローガン、ジングルといった人の視覚・聴覚などの五感に訴える要素があります。例えば、生活者がお店で「ロゴ」を見たときに、過去の自分の体験や聞いた情報などからイメージあるいは記憶を想起することになります。大切なのは、「ロゴ」そのものに価値があるのではなく、「良きイメージを想起させるロゴ」に価値があるということです。
このようにして、ブランド要素と紐づけられたよいイメージを生活者の「心の中」につくっていく組織的な取り組みを「ブランド戦略」といいます。
ブランドが構築されると様々なベネフィットが期待できます。高価格でも売れる「価格プレミアム効果」、リピート購買につながる「ロイヤルティ効果」、エンドユーザーから選ばれるブランドをもつことによる「パートナー企業・サプライヤーに対する交渉力向上」、プロモーション効果、商品ラインの拡張のしやすさ、などです。これらにより企業は高い収益、利益が期待できることになります。
■ライフスタイルビジネスにおけるブランドの種類
さてライフスタイルビジネスにおけるブランドの種類にはどのようなものがあるでしょうか?コーポ-レートブランドという言葉があるように、ブランドには企業自体のイメージがあります。そのため前回コラムで示した『ライフスタイルビジネス発想のフレームワーク』の下方に企業側の主な項目を追加してみました(図1)。図は消費財メーカーのイメージです。
(図1)ライフスタイルビジネス発想のフレームワーク(修正版)
こうしてみると、商品・サービスだけでなく、多様なブランドイメージが存在しうることが考えられます。
まず生活者側から見たブランドイメージには、生活シーンにおける「基本的ベネフィット」についてのイメージがあります。例えば食品の場合、「美味しい」食事・「ヘルシーな」食事というイメージです。そのイメージが商品にできれば、生活者が空腹で「美味しい食事を摂りたいなあ」と思ったときに、お店にいって棚に陳列されている商品の「ロゴ」が目に入ってくると、過去の「その商品による美味しい食事」の記憶が想起されて、競合商品でなく当該商品が選ばれやすくなるということになります。新商品であったとしてもロゴが同じであれば、過去の記憶やイメージが想起されて、顧客は「信頼」して買ってくれることになります。
また「情緒的ベネフィット」になると、「美味しい」食事によってもたらされる「楽しい」食事のイメージとなります。この情緒レベルのブランドイメージが生活者の「心の中に」形成されると、例えば「衝動買い」のように購買行動に強い影響がでることが、消費者行動心理的に実証されています。このレベルまでくると、いわゆる高級ブランド品のように、商品の価格が高くても売れたり、購買リピート率が高くなったりします。
さらに生活者の価値観に訴求する「新しいシーン」の提案を行うというイメージもあります。アップル・iPodを例にすると、商品単体レベルを超えて、複数の異業種との連携により、多様な従来になかった音楽シーンを提供しています。生活者の心の中には、「iPodは他社に先駆けて、常に新しく、ワクワクする音楽シーンを提供する商品だ」という先進的なイメージが形成されているでしょう。生活シーンレベルの提案になると、当然情緒的ベネフィットも入ってくるでしょう。
つぎに企業側を見ていきましょう。企業側には、商品・サービスについてのイメージ、業務プロセス(開発・量産・営業など)についてのイメージ、経営資源についてのイメージ、そして企業全体(経営理念・ビジョン・戦略など)についてのイメージがあります。
商品・サービスでは、その基本的要素、便宜的要素、感覚的要素といった各項目についてイメージがあります。先ほど取り上げたアップルのヒット商品である「iPod」で考えてみれば、「たくさんの曲が入る」という基本的要素についてのイメージ、「薄くてコンパクトな形状」という便宜的要素についてのイメージ、「無駄なボタンがないシンプルな美しいデザイン」という感覚的要素についてのイメージです。
業務プロセスでは、業務への取り組み姿勢などがイメージとなります。経営資源では、人・モノ・カネ・技術・ナレッジについてイメージがあります。製造業であれば、その商品・事業のベースとなるコア技術について強力なイメージ形成を行うことが必要でしょう。掃除機メーカーのダイソンの「Root CycloneTM テクノロジー」などは、技術ブランドの典型的な例です。自社のコア技術にブランドを付与し、技術とブランドの両面から圧倒的な差別性を確立していくわけです。
企業全体ということでは、経営理念やビジョンもブランドイメージになりえます。その経営姿勢に共感して、その会社の商品を買うということがありえます。例えば、ボーズのスピーカーは、ボーズの「音へのこだわり」「技術より哲学」という経営姿勢に共感して買うという生活者がいます。
事業のアライアンスパートナーについてのイメージもあります。ライフスタイルビジネスはクロスカテゴリーでの商品・サービスの提供なので、すべて自社単独で提供できるわけではありません。従ってどのようなパートナーと組んでいるのかもイメージとして影響するでしょう。もし、社会的・市場的な信用の高い企業がパートナー関係にあれば、自社および自社商品の社会的・市場的なイメージも向上し、生活者から選択されやすくなることが考えられます。
■ブランド戦略と技術戦略
ライフスタイルビジネスにおけるブランドの種類を見てきましたが、全ての種類のイメージを生活者の心の中に形成する必要はありません。商品・事業特性・他社への差別化の仕方を考えて、イメージの強弱をつけることができます。
そこで、この強弱の付け方が技術戦略にどのように影響するのかについて考察してみたいと思います。ここでは消費財メーカーのブランドの強弱の付け方を大きく4つに分けてみました(図2)。
(図2)消費財メーカーのブランドイメージのパターン
1つ目は「情緒的ベネフィット訴求型」です。ライフスタイルにおける既存の生活シーンにおいて情緒的ベネフィットを訴求する場合だけでなく、今までにない新しい生活シーン自体を提供し、生活者の価値基準を新しい切り口から満たし、情緒的ベネフィットを訴求する場合もあります。例えば、「新しい音楽シーンを提案するアップル・iPod」や「東洋人女性の黒髪の美しさという情緒的ベネフィットを提供する花王・アジエンス」などです。情緒的ベネフィットにイメージの軸足がある場合、技術のイメージは弱くなるでしょう。情緒的ベネフィットを実現するための商品サービスを具現化するには技術が必要ではありますが、必ずしも自社開発する必要はなく、オープン・イノベーション戦略により社外技術を活用してもブランド戦略的には問題はないでしょう。
2つ目は「機能訴求型」で、基本的ベネフィットレベルのイメージを訴求します。コア技術が自社開発でない場合などが該当します。例えば、アサヒビール「スーパードライ」などです。「鮮度・キレ」といったベネフィットを軸に訴求しており、技術までのイメージは弱い印象です。この場合も、社外技術の活用は問題ないでしょう。
3つ目は「コア技術訴求型」で、基本的ベネフィットからコア技術まで訴求する場合です。先に例で挙げたダイソンの「Root CycloneTM テクノロジー」や、ガムの「キシリトール」、コエンザイムQ10などです。コア技術訴求型の場合、技術のネーミングは独特なものが多いために、技術の専門的知識のない生活者にとっては馴染めずに、ネーミングが記憶されるまでに時間がかかるでしょう。その反面、一度認知されると、その技術用語の独自性ゆえに生活者から明確に識別されるようになるという特徴があるのではないでしょうか。
製品・技術開発についていうと、基本的に自社で行う必要があります。社外を活用し共同研究をするとしても、自社が大きくリーダーシップをとって共同研究を行う必要があります。他社依存の技術では、「自社独自の技術ブランドです」いわれても生活者は納得できないでしょう。
4つ目は「企業のものづくりのポリシー訴求型」です。先程も挙げた「技術より哲学を重視する」ボーズや「起業精神をもった技術者集団」である3Mなどです。この場合のイメージは、製品開発の継続的な取り組みよって築かれたイメージです。自社開発であることはもちろんのこと、「長期にわたる継続的な開発戦略」が必要となります。
これらを考慮すると、ブランドイメージを活用した競合他社に対する競争戦略も発想できます。相手企業のブランドイメージの訴求パターンを把握し、別の訴求パターン型で差別化できないか、という検討がありえます。
■ブランドと技術という知的財産のポートフォリオ・サイクルの実現
このようにして、競合他社に対してブランドイメージレベルで差別化できると、価格プレミアム効果、ロイヤルティ効果などにより、高い財務的成果(収益、利益)が期待できます。高い財務的成果が得られれば、中長期的な研究開発テーマにも戦略的に取り組みやすくなります。それによって、革新的な技術シーズが創出されれば、それをテコにした事業展開を行うことができます。そして商品や企業ブランドはさらに進化して、強力なブランドに育っていきます。その強力なブランドをテコにすれば、さらに大きな財務的成果が期待できます。このような知的財産ポートフォリオにおけるスパイラル的なサイクルが描けることは事業の1つのあるべき姿でしょう(図3)。
(図3)ブランドと技術の知的財産ポートフォリオ・サイクル
例えば、自転車業界のシマノはこの知的財産のポートフォリオ・サイクルを実現しているのではないでしょうか。ロードレースの最高峰の大会で自社製品を使った自転車に乗ったチームが優勝すると、その優勝に貢献した自社および自社製品のブランドは上がります。そうするとシマノブランドを使った製品が他の商品カテゴリーでも有利に売れて、高い財務的成果が得られます。その利益を使って、さらにコア技術(冷間鍛造技術)の開発を行い、優れた製品を開発していきます。そしてその優れた製品を使った自転車に乗ったチームが再度優勝すれば、さらにブランドが高まるというわけです。
みなさまの会社でもブランド戦略、技術戦略を別々に考えるのではなく、2つの戦略をリンクさせた戦略を考えてみてはいかがでしょうか?
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