テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 福島 彰一郎 2010年11月10日

2010年10月19日に社団法人企業研究会にて「グローバル時代を生き残る『日本型』オープン・イノベーション戦略」セミナー(計5回)の第5回目を行いました。第5回目の最後は私、ニューチャーネットワークス・福島がセミナー講師となり、前回コラムで紹介した「オープン・ネットワーク戦略」の考え方を講義しました。
 
改めてこの戦略の定義を行うと「共生を理念とした上で、自社とは異なる特徴・強みを持った外部とのオープンな関係性をベースにして、自社の技術・製品・事業をイノベーションしていく戦略」です。所謂、欧米流のオープン・イノベーション戦略という考え方に日本製造業の方は違和感を覚える傾向がありますが、弊社の提案する「共生」を理念としたオープン・ネットワーク戦略には納得・共感していただける方が多いようでした。このセミナーと同様の内容を特定の製造業向けにも幾つか行っていますが、上記と同様に納得・共感していただくことが多いようです。
 
セミナーの質疑応答の中には、「ネットワークはもともとオープンではないのか?」というご質問をいただくこともありました。これには「日本企業は社内の関係性づくりにフォーカスしがちであるが、社外や他業界との関係性をオープンに構築していくべきという意味が込めている」と回答しております。個人主義・成果主義の強い欧米企業や韓国企業などと比較すれば、日本企業はまだまだ組織横断的な動きができる特徴・強みを持っているといわれます。これは社内の経営資源を分野横断的につなげてイノベーションを起こすことができるということです。
 
この社内に関係性をつくれるという強みを殺すことなく、社外とのネットワークづくりも組み合わせてイノベーションを行う方法を模索していくことが日本製造業の課題としてありそうです。

■オープン・ネットワーク戦略の構想・実行を促進する組織インフラとは

さて前回のコラムでは、オープン・ネットワーク戦略の策定の流れについて説明を行いました。研究開発部門や新規事業開発部などにおける戦略策定を想定して、自社の事業を軸にしたエコ・システムレベルの戦略・ビジネスモデルを策定する流れを説明しました。通常の事業戦略策定と大まかなステップは同じですが、いくつか特徴があります。
 
戦略仮説想定の段階では、「研究開発ステップ」「製品開発ステップ」「事業開発ステップ」のどのステップを「オープン」にして、どのステップを「クローズ」にするかも想定するかということまで含めて戦略を想定する特徴があります。市場特性分析の段階では、自社の業界だけでなく、エンドユーザー起点で関係する業界を横断的にとらえて、業界の構造変化をとらえて、自社のポジションを検討するという特徴があります。ビジネスモデル企画では、製品アーキテクチャ上で自社の収益源となる「クローズ」な部分、他社にイノベーションを起こしてもらう「オープン」な部分を明確にしました。自社の「クローズド」な部分がプラットフォームとなり、その上で他社のイノベーションが次々に行っていくエコ・システム型のビジネスモデルを構想する特徴があります。
 
このようなオープン・ネットワーク戦略の策定の手順は前回説明しましたが、会社としてはどのような組織体制を構築すれば、このようなオープン・ネットワーク戦略が組織内で次々に構想・実行されていくのでしょうか。今回のコラムでは、このオープン・ネットワーク戦略の構想・実行を促進するための組織インフラのポイントについて考えてみたいと思います。
 
オープン・ネットワーク戦略を社内で促進しようとすると、例えば次のような阻害要因が働くリスクがあります。
 

① 社外の経営資源やイノベーションを活用するとなると、既存組織がいらなくなる可能性がある。リストラが予想される場合、既存組織からの抵抗が予想される。
② 社外から技術導入するとなると、社内に技術が蓄積されなくなる。
③ 社外から導入する技術は公平に評価が出来ない。社内技術が「かわいい」という感情が入り、社内技術を高く評価する結果になりがち。
④ 技術の社外依存を心理的に嫌がる。自前主義の時代の古い成功体験のあるメンバーがマネジメント層にいる企業でみられる。
⑤ 外部に依存しなくても自社の技術開発で競争優位性はなんとか保てる、と根拠もなく楽観的になっている。

 
弊社のコンサルティング経験やベストプラクティス企業のベンチマーキングを参考にすると、上記のような阻害要因を超えて、オープン・ネットワーク戦略の構想・実行を促進する組織になるためには次のような3つのポイントがあると考えられます(図1)。「高い成長目標の設定、ビジョン・ドメインの設定」「外部接点機関」「人事制度、教育制度」の3つです。これらについて順を追って説明していきたいと思います。

(図1)

■組織のポイント①: 高い成長目標の設定、魅力的なビジョン・ドメインの設定

経営トップが成長目標を高く設定して、「既存事業への成長」圧力や「新規事業の創出」圧力を高めるというポイントがあります。
 
株主からの財務成果への圧力が強く働く欧米企業に比べて、日本企業のトップが設定する成長目標は低いようです。例えば、GEやP&Gは経営トップから高い成長目標が事業部に降ってきます。それにより事業がスピーディに変革されていくというマネジメントを行っています。成長目標が低いと、戦略・ビジネスモデルをドラスチックに変革せずに、従来の自前主義的な事業のやり方の改善で対応しようとする心理が働きます。
 
このような状態を破壊するには、既存事業のビジネスモデルの改善などでは対応できないレベルの目標を設定することです。それにより、既存事業の改善範囲では足りないギャップについては、新しいビジネスモデルを発想せざるを得なくなり、社外を活用した戦略発想を強制することになります。新規事業については、ゼロからのスタートで、既存組織とのしがらみが少ないため、社外との連携を取り入れやすくなります。
 
しかし、ただ高い目標だけでは組織メンバーは疲弊してしまいます。組織メンバーが取り組みたい!と思う魅力的なビジョン・ドメインをトップダウンで示す必要があります。自社事業のあるべき姿・なれる姿・なりたい姿をトップは俯瞰的な視点から描き、組織メンバーがチャレンジすれば実現不可能ではない魅力的な事業の姿を示すことです。そしてそのビジョンをワンランク具体化した事業ドメイン、事業ポートフォリオ、技術ドメイン、さらにはオープン・ネットワークビジネスモデルの「ひな形」を示すことも必要になります。それにより組織メンバーは、事業開発および技術開発の方向性を共有し、思考と行動のベクトルを合わせることができるようになります。
 
こうして設定した成長目標・ビジョン・ドメインは一度説明するだけでは組織に浸透しません。トップは繰り返し、組織メンバーへ情報発信し、組織メンバーに頭による理解だけなく共感を促し、日々の行動に変革を促していく必要があります。
 
例えば、米P&Gは、オープン・イノベーションを推進するため「コネクト&デベロップ」戦略を2000年に始めました。「相手の利益を考え、Win & Win関係を築く」という理念をもったオープン・イノベーションを行っています。P&Gは2000年まで自前主義だった組織文化を変革するために、トップダウンの強力なメッセージを繰り返し、全社的にオープン・イノベーション思考を浸透させました。結果として、現在、P&Gの売上8兆円のうち、3000億円がオープン・イノベーションによる成果であると説明しています。
 

■組織のポイント②: 外部接点機関

次のポイントは、「外部接点機関」の設立です(図2)。

(図2)


今まで自前主義で外部との関係性づくりを実施してこなかった企業の組織メンバーに、「1人で社外にでてコンソーシアムをつくってこい!」といっても現実的に困難です。そこでオープン・ネットワーク戦略の構想・実行をサポートする部署「オープン・ネットワーク戦略オフィス」の設置は効果があるのではないでしょうか。
 
「オープン・ネットワーク戦略オフィス」は社長直轄の組織として、特定の事業部の影響を受けない中立的な立場から、社内と社外をつなぐ機能を持ちます。これは日本の鎖国時代の「出島」のような存在です。鎖国状態でありながら、「出島」だけは社外との交流が盛んに行われています。この「出島」を通じて、社外と社内との交流が促進されていきます。この部署の役割は、①オープン・ネットワークの事業のインキュベーション、②市場トレンド・技術トレンド・標準化活動などのモニタリング、③事業を開発するために必要な経営資源の社内外の調達、④アライアンス、コンソーシアムの実施サポート、⑤人材育成・人材のプール化・事業成果への貢献評価などがあります。
 
この「オープン・ネットワーク戦略オフィス」に該当する組織としては、P&Gの「P&Gイノベーション合同会社」やGEの「GEグローバルリサーチセンター」などがあります。これらの部署は両社のオープン・イノベーションの推進で中心的な役割を果たしてきてきた組織です。
それから、外部接点機関を機能させる前提として、継続的に事業開発を行っていくために、社内に事業開発プロセス(アイデア→コンセプト→事業戦略→事業計画→事業化へ)が構築されていることは必要です。
 
まず「研究所などで開発された技術シーズ」や「顧客との対話を通じて得られたニーズ」をベースに製品アイデアが想定されます。比較的現場メンバーが個人個人で発案することになります。その製品アイデアのうち有望な製品アイデアについて、製品コンセプトが企画され、ビジネスモデルが構想されることにより事業戦略が策定されます。この段階になると、技術・営業・マーケティング・生産・知財などの各業務のメンバーによるチームでの検討が必要です。そして実行計画や財務シミュレーションなどを詳細に検討することで事業計画が立案されます。この段階になると事業立ち上げにおいて協力が必要な部署を巻き込んだ詳細検討が必要となります。
 
この事業開発プロセスが確立されていない、あるいは存在しているが活用されておらず形骸化している日本企業が多く見られます。自分の開発した技術シーズや自分の発案した事業アイデアを事業化したい!という熱い思いを持っているにもかかわらず、社内の事業開発プロセスが不十分であるために、無駄な社内調整作業に翻弄され、結局事業化できずに辛い思いをする現場メンバーが数多く見られます。
 
このような起業家精神をもった人材をサポートする事業開発プロセスが構築されていることはオープン・ネットワーク戦略の構想・実行を促進する上での大前提となります。そしてこの事業開発プロセスは、誰にとってもエントリーのチャンスがあり、公平な評価が行われる、そして見える化されたプロセスである必要があります。
 

■組織のポイント③: 人事制度、教育制度

日本の製造業においてオープン・ネットワーク戦略を行うときに最大の問題となるのは「人」です。日本の製造業の雇用は、多くが終身雇用を前提としており特定の専門家を育成するのには適しています。しかし、事業環境の変化スピードが増大している今日では、市場や企業が社員に求める知識・スキルと社員のもつ知識・スキルとにミスマッチが起こりやすくなっています。また海外に比べて人材の流動化が始まったばかりの日本の労働市場では、社外から企業が必要とする人材を獲得しにくい状況があります。
 
このような状況で企業は社員との雇用関係の自由度を高める施策をとっていく必要があります。例えば、次のような施策が考えられます。
 
① 複数のキャリアパスの提示(専門職、マネジメント職、社外へ転職など)
② 雇用関係の多様化(正社員、契約社員、期間限定雇用、インターンシップなど)
③ 社内ベンチャーやカーブアウトなどの促進サポート
④ オープン・ネットワーク戦略を構想・実行できるビジネスリーダーの育成プログラム整備
⑤ 複数の専門知識・スキルを習得するための教育プログラムの整備(2つ以上の専門分野、技術だけでなくビジネス知識の習得など)
⑥ オープン・ネットワーク戦略の構想・実行を奨励するための評価・報酬制度
 
特に重要なのが④のビジネスリーダー育成でしょう。オープン・ネットワーク戦略を構想し、社外のパートナー企業を巻き込んだ場を仕掛け、そこでリーダーシップをとり、事業成果を生み出せる人材はなかなかいません。しかも、社外パートナー企業は国内よりも今度は海外のパートナー企業が多くなります。言語や価値観、ビジネス慣習などの多様性をマネジメントし、ビジョン・理念をベースにリーダーシップをとり、成果を生み出すリーダーの育成が必要となります。
 
最近の円高の影響もあり、製造業は海外シフトをより加速させています。弊社ニューチャーネットワークスへの人材育成の問い合わせも、グローバル人材の育成というキーワードが増えてきています。そこで弊社では、グローバル人材育成プログラムとして、中国・アジア企業との異業種研修プログラムに取り組み始めております。中国・アジア製造業と日本製造業との管理職クラスを交流させ、具体的なテーマを示して、双方企業の強みを活かしたアライアンスベースの戦略・ビジネスモデルを構想させる実践的な内容です。
 
そこにおけるポイントは、単なるビジネス知識ではありません。異なる価値観や慣習をもつ相手企業を巻き込んだ議論をリードし、双方の強みを活かした魅力的な事業ビジョン・事業理念を構想できるかがポイントとなります。そして相手にその内容を理解させるだけでなく、共感させる「対話」ができるようになることが重要となります。このようなビジネスリーダーを組織として戦略的にどのくらい育成できるかが今後の製造業の国際的な競争優位性に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
 
次回コラムでは、オープン・ネットワーク戦略におけるコンソーシアムの具体的な仕掛け方についてご紹介したいと思います。
 
(次号につづく)

 

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