テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2008年12月3日

■ “多様性の爆発”した社会に必要な「価値の共創・創発」という発想

 現代経済社会の特徴とはどのようなものか。それはネット経済、グローバル経済に代表されるように“多様性の爆発”ではなかろうか。前回もこのコラ ムでGoogle、iPod、Amazon.comなどの事例を取りあげたが、この“多様性の爆発”した社会における、新たな成長戦略の発想が「価値の共 創・創発」という考えである。

 「価値の共創・創発」とは、“多様性の爆発”をマイナスと見るのではなく、むしろ価値の創造につなげるという発想である。それは、主体である多様な個人や組織のアイデアを、有機的に結びつけ、これまでにない新たな価値を創造すること。またその活動を継続することである。

 本コラムでは、 “多様性の爆発”した社会の中で、M&A・アライアンスを「価値の共創・創発型」の重要な手法として考える。それは、これまで多くの企業で行われ てきたM&A、つまり相手の経営資源を一方的に支配する「支配型」「管理統制型」とは異なるものである。M&A・アライアンスを、多様な組織や個人のダイナミックな結合や融合を誘発する方法論として構想してみることである。

■ 「価値の共創・創発型」のM&A・アライアンスの戦略的視点とは

 「価値の共創・創発型」のM&A・アライアンスを実現させるためには、これまでのM&A・アライアンスの発想の枠組みを大きく変 える必要がある。ニューチャーネットワークスでは、これまでのM&A・アライアンスの戦略構想企画やその実行支援の実績から、次に挙げる5つを 「価値の共創・創発型」のM&A・アライアンス戦略の視点と考えている。

 【戦略視点1】M&A・アライアンスする双方の企業で、新たな価値創造の戦略ビジョンを創造すること

 本来M&A・アライアンスでは、互いにこれまで以上の新たな価値を創造することが重要である。そのためには、両者が結びついた場合、どのような新たな価値が生み出されるかといった価値創造の戦略ビジョンの構想が必要となる。多 くのM&A・アライアンスでは、事業規模や資金力といった規模的側面で、両者の関係が決まってしまう傾向が強い。またM&A・アライアン スの成果も、コストダウン効果や単純な売上増加は重視されるが、肝心の両者の相乗効果は追求されないことが多い。そもそも両者の相乗効果に関する戦略ビ ジョンの構想がなければ、M&A・アライアンスといった手段も生きてこないのではなかろうか。

 【戦略視点2】どちらか一方が支配するのではなく、M&A・アライアンスを活用し双方の組織の文化を変革し、新たな文化を創造、進化させること

 相手の株式を買収し経営権を獲得するM&Aとなると、どちらか一方の企業が相手を支配するという見方、考え方が強くなりがちである。しか し経営権の獲得と、ビジネスでの価値の創造活動とは異なる次元の話である。価値の創造活動が劣ってしまっては、いくら経営権を獲得しても意味がない。

  重要なのは、(1)互いに学ぶべき文化、(2)変革すべき文化、(3)互いに力を合わせ新たに創造していくべき文化、を明確に区分することである。ここで言う文化とは組織が長年の間で培ってきた価値観、意識、行動のパターン、いわば習慣である。

 M&A・アライアンスを成功させるためには、決して一方的な支配関係に陥ってはならない。むしろこれまでの良いところを尊重し合い、新たな組織文化を創造し、価値創造につなげていくことが重要である。

 【戦略視点3】大きな戦略的な枠組みを共有する一方で、小さな共創的活動で信頼関係を構築することを重視する

 M&A・アライアンスでは、契約書を交わし、互いの重要な経営資源を共有し、その関係をある一定期間以上固定化することである。そのため両者は互いの経営戦略やリスクなど戦略的な枠組みを共有する必要がでてくる。

 その一方で重要なのは、現場単位での会社間の共創的活動である。製造現場どうしの勉強会、設計部門同士での合同プロジェクトなどを行うことによって、異なる企業の組織同士をネットワークさせること、その協業の有効性、その成果を実際に感じてもらうことが大切である。

 その際重要なのは、必ず成功する小さな、プロジェクトから始めることである。初期の段階では小さく始め、早期の成功体験を味わい、その成功の加速度をあげていくのである。はじめから大きなプロジェクトではリスクが高い。参画する人も疑心暗鬼になってしまう。M&A・アライアンスの本質的な成功は、この現場の信頼関係の構築にかかっている。

【戦略視点4】互いの戦略を理解し、環境変化に対して、相互のリスクをバランスさせながら対応していくこと

 M&A・アライアンスの契約過程、さらには契約後によくある過ちは、「自社だけリスクを負わない」という態度である。M&A・ア ライアンスは相互関係の戦略である。相互関係がうまくいかない理由は、どちらか一方の組織に過剰なリスクがかかってしまうことである。そうならないために は、互いが相手の組織の戦略、つまり将来の方向性や重要課題を認識し、相手のリスクを軽減する努力をし、常に相互のリスクをバランスさせることである。

 特に今日のような大きな事業環境変化があった場合はリスクをバランスさせる努力が重要となる。関係性を継続できなければ、相手の力を十分には引き出せない。その結果、一社で事業を行うよりもむしろ効率が悪くなったり、場合によっては損失が大きくなる可能性もある。

【戦略視点5】継続的な価値共創が行われること。そのためには互いが相手から学習し続けること

 M&A・アライアンスの成功とは、契約段階にあるのではなく、契約後の継続的な価値の共創・創発にある。その根底にあるのは互いの組織、人どうしの「相互学習」の考えや行動である。相手の発想や行動から刺激をうけ、新たな気づきや学習を誘発する。それが繰り返されることで、他社にはない、固有のコア・コンピタンスとビジネスモデルという構造が形成される。その学習ループ、サイクルはビジネスの環境変化に対応することでさらに強固なものになり、他社が容易には真似できないものとなる。

 以上5つが「価値の共創・創発型」のM&A・アライアンス戦略視点である。昨年日本でもみられた敵対的買収や一般なイメージの米国型の M&Aは、この「価値の共創・創発型」とはほど遠いと感じたのではなかろうか。しかし現実を考えていただきたい。統計的に見ても「10件に9件は 期待以下の結果」と言われるM&Aの失敗の原因は、M&A後の組織統合において、相乗効果を引き出すことができない点にある。 M&Aそしてアライアンス構築の基本的な考え方も抜本的に変革すべきであろう。

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