テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2008年9月24日

■ M&Aを取り巻くビジネス環境や価値観の変化してきている

  2007年5月1日に三角合併が正式に解禁となり、日本におけるM&Aによる業界内そして業界を超えた企業再編は今後本格化してくる。そ のM&Aにもさまざまケースが見られるようになってきた。例えば、製紙業界など保守的、安定的と見られていた業界内での敵対的買収合戦。経営トッ プ同士で一旦合意した経営統合が、取締役会で否認され、その後外資系大株主も絡めた激しい覇権争いになってしまったHOYAとペンタックスのようなケー ス。商品やサービスの安全性に関する不祥事をきっかけに、M&Aが起こった不二家やグッドウィルのようなケースなどである。

  さらにはクロスボーダーのM&Aも珍しくなくなってきた。例えばM&Aを繰り返し、世界最大の鉄鋼メーカーとなったインドのミタ ルスチールは、その高い企業価値とその資金調達力などを背景に、日本の鉄鋼シェアトップの新日本製鐵に対し、M&Aの提案交渉を行ったことは大き な話題となった。さらに記憶に新しいところでは、米国投資ファンド、スティール・パートナーズがブルドックソースに買収を仕掛けたケースなどである。そし てご自身のまわりのことを振り返ってみほしい。自社の所属する業界、顧客の業界、取引先の業界など、必ず一つや二つのM&A・アライアンスが行わ れているはずである。

 このようにM&Aが活発化してきた背景には、以前に比べて、M&Aを実行しやすい ビジネス環境が整ってきたことが挙げられる。 M&A関連の法整備でだけではなく、情報ネットワーク化やモノや資本のグローバル化、業界横断的な企業活動などが挙げられる。

  そして我々自身のM&Aに対する価値観も変化した。M&Aをそう珍しいことと認識しなくなってきたのだ。中には、もうすでに M&Aを経験した方も多くおられるはずである。株主が変わることに対し、かつてよりも大きなショックや抵抗がなくなってきた。

  一方で、M&Aを身近に感じつつも、様々な面で疑問が生まれていることも確かだ。「企業のM&Aは顧客価値を向上させたか?」 「働く者に新たな機会、自己実現の場を与えてくれたか?」「一部のファンドをはじめとする株主が暴利をむさぼっただけではないか?」などである。

■ M&Aによって企業の競争関係は決定付けられるのか?

M&A とは他の企業の経営資産の全部または一部を所有することである。経営資産には現金・株式・土地・設備などの有形資産、ブランド・顧 客・技術・スキルなどの無形資産など経済的価値のあるものが含まれる。M&Aは、それらを所有することにより自社に有利な展開を図っていく方法で ある。M&Aを行うことは企業力を表す側面もあり、企業の成長や勢いをイメージさせる。また業界全体に与えるインパクトも大きく、話題性もあるた めマスコミに取り上げられやすい。

 しかしながら、必ずしもM&Aによって経営資産を所有することが競争上有利に 働くとは限らない。せっかく苦労して企業買収を行っても、業 績を握る専門知識やスキルもつ中核となる従業員が企業をやめてしまうケースもあり得る。また、人がやめなくても、買収した後にうまくマネジメントができな ければ、業績が低迷し、不良資産化する可能性さえもある。M&Aが成立する前の交渉過程であっても、そのビジョンや戦略計画に魅力がなければ、顧 客、従業員、取引先、そして株主が企業を離れていってしまい、企業価値が低下してしまう。

 最近では、経営統合を行い、互 いの経営資産を統合させ企業規模を拡大させても、期待していた業績成果が出せず、企業価値が上がらないばかりか、む しろ下がってしまうケースも見られる。また大量の株式を保有し、敵対的買収による経営統合を仕掛けたものの、相手側の株主や従業員に魅力的な事業ビジョン を示すことができず、失敗に終わることも多い。

 このように経営資産を所有することが必ずしも企業の競争力を高めるものに ならないのは、近年企業がマネジメントする資産の対象に大きな変化がある ためである。企業の発展にとって重要なのは、土地・不動産・設備・拠点などの有形資産から、従業員の能力・ブランド・ブランドに愛着をもつ顧客など無形資 産に移りつつあるのだ。無形資産は、その能力を引き出す側の理念・ビジョン・知恵・ノウハウに依存する部分が大きく、所有することではない。むしろ獲得し た無形資産をこれまでよりもどれだけ活かせるのかといった視点でM&Aを捉えることが重要なのである。

 

■ これからのM&Aの本質をとらえる視点としての「価値共創」

  M&Aに関して、難解な手順論についての新聞記事や書籍が最近は多く目立ち、将来の時代環境を見据えたM&Aの本質的な議論が不 在のように思われる。M&Aに関する議論の多くは、高度なテクニックと短期的利益に走ってしまいがちな今の時代を象徴しているような気がする。

  M&Aが行いやすくなっていくことは、時代の流れとして避けられないことである。我々は、M&Aを活かした経営とは本質的にどう あるべきかを考えなければならない。そのためにはM&Aのルールや手順論だけではなく、これからの企業の成長、発展のあり方とはどのようなもので あるべきかの構想を持たなくてはならない。そこで重要となるのが「価値の共創、創発」というコンセプトである。

(次号に続く)

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