新商品・新事業開発「バリュー・コンセプトメイク」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2010年12月22日

2008年から2009年の世界的経済危機を超え、2010年は成長戦略、その中でも特に新しい製品や事業への取り組みが企業内で活発化してきた。しかしその取り組みは多くのリスクをはらんでいる。たとえば「独自技術を起点にした製品事業開発の推進」という方針。この発想で本当に勝てるのであろうか。市場を調査し、事業計画を立て、意思決定する段になって、多くの人が「これはいつか来た道」と不安になっているのではなかろうか?新製品・新事業が失敗し、成長できなければ、グローバルのライバル企業とは差がひらくばかりである。5年、10年で考えた場合、たとえ大企業であっても、その存続が危うくなる可能性も否定できない。今回は日本企業の「新製品・新事業開発」に焦点を当てて、その問題点と変革の定石を述べたい。
 

■新製品・新事業開発は誰の仕事か?

ストレッチされた売上・利益目標が掲げられても、新製品・新事業開発が誰の仕事なのかが、曖昧になっているケースが多い。営業?今の事業部?設計部門?研究部門?はたまた経営企画室?たとえば「我が社には新事業開発室が設けられました」という場合にも、せいぜいスタッフが5、6人で、ある一定枠の調査費のみを与えられ、組織的には権限がなく、リーダー以外、スタッフも寄せ集めということがほとんどではなかろうか。節目となる経営会議では、毎回のように成長戦略のための新製品・新事業開発の必要性が叫ばれるが、現実はほとんど前進がみられない。また、それがどうあるべきかを真剣に討議することすらしておらず、課題として認識していない企業も少なくない。
 
その中でも製造業では、設計開発部門、技術開発部門を切り出して、またはそれら部門内で、新製品・新事業開発を任せるケースが最近多く見られる。その結果は極めて悲惨なものである。顧客や市場を起点にしない製品・事業コンセプトは、市場とミスマッチを起こし、また技術中心でマーケティングに不慣れなプロジェクトは、企画開発が非常に遅く、競争力が乏しいケースがほとんどである。中には、技術開発テーマとそれに取り組む組織の「延命策」として、新製品・新事業開発プロジェクトが利用されるケースも見受けられる。また技術開発投資がかさめばかさむほど、それを打ち切ることができなくなり、やむなく事業化を決定してしまい、さらに大きな赤字を出すことになる。

■日本企業には何が欠けているのか?

新製品・新事業開発を行う上で、日本企業にはいったい何が欠けているのであろうか?ニューチャーネットワークスのコンサルティングでは以下の5つの点を指摘している。

① 新製品・新事業開発の重要性が経営・事業全体で認識されていない。
 
中期の売上・利益目標は示されているが、具体的にどのような新製品・新事業開発戦略で達成するのかが曖昧である。ここでいう「戦略」とは、かなり具体的なものであり、戦略ドメインをどこに置くのか、どのようなビジネスモデルが適切か、新製品、新事業テーマはなにか、基盤となるコア・コンピタンスはどのようなものか明らかにされていなければならない。本来これらの仕事は経営者や事業部幹部などの経営トップが行なうものである。しかし経営トップの関心は、目の前の1,2年の業績に向けられ、そこに彼らの時間資源が費やされてしまっている。
新製品・新事業開発戦略を具体的なビジョンにするには、継続的に調査や試行錯誤を行っていなければならない。いわば一種の“遊び”が必要である。直近の利益を多少削っても、将来のタネ、可能性を探るための活動が必要なのである。経営トップには、その遊びの結果見えて来たものを経営ビジョンにし、体系的に示すことが求められる。具体的には、時代を読む優れたセンス、それを見えるようにする企画力と表現力、さらにはビジネスとして具体化する行動力が必要である。

② 権限、責任の所在と成果に対する業績評価が曖昧で、組織横断的なプロジェクトが体系的に運営されていない。
 
新製品・新事業開発をリードする部門がどこであれ、プロジェクトリーダーとそれに参画する各部門のメンバー、関わる組織の役割責任が曖昧である。具体的には各部門の中期計画、予算計画、目標管理に組み込まれていない。従って業績評価の対象にもなっていない。
「新事業のプロジェクトは立ち上げたが、組織が全く動かずに、なにも出来なかった」ということはめずらしいことではない。新製品、新事業開発の仕事は組織横断的なものがほとんどであるため、まずは事業部門もしくは新事業開発部門、そして開発、生産、営業などの各機能部門の計画、目標に組み込まれていなければ、新製品、新事業開発はほとんど進まない。そのためには①で述べた、経営、事業レベルでの新製品・新事業開発戦略がトップダウンで示さていなければならない。

③ 新製品・新事業開発マーケティングノウハウが欠落している
 
10年以上縮小均衡で何とか利益を確保し続けてきたという企業は日本に多い。縮小均衡マネジメントの問題とは、いざ新製品・新事業開発を行おうと思っても、そのマーケティングノウハウが組織内に無いことである。近年ではマーケティングノウハウもかなり高度になり、エコシステム(ビジネスの生態系、共生関係)やビジネスモデルの設計、ITCを活用したプロモーション、複雑な製品、技術アーキテクチャーなどの企画が出来るリーダーやメンバーが求められる。
10年以上縮小均衡で組織を維持している会社では経営者レベルでも深刻な人材不足に悩まされている。新製品・新事業開発の成功を経験した役員以上の経営幹部が一人もいないため、意思決定ができない企業は実際かなり多い。企業とは成長することで様々なノウハウを学習していくのであって、縮小均衡の発想からは何も生まれない。今の日本企業にとって大変深刻な問題である。

④顧客、市場競争の視点が欠落している
 
現時点の製品や技術の製品ベンチマークは行うが、競合他社の潜在能力や戦略の方向性についての情報収集、分析は行なっておらず、将来の製品や技術のシナリオを描いていない。市場競争上の問題点が明確になったとしても、その解決策が製品や技術、コストに限定されていて、マーケティング戦略発想が乏しい。その主な原因は、技術者、研究者に新製品・新事業開発プロジェクトを任せきりにし、マーケティングや事業という観点での支援が不足、または欠落していることである。自分の技術を製品として市場に出す意識と行動は重要であるが、何らかの方法で競争に勝てるレベルの「顧客、市場競争の視点」を取り込まなければ、プロジェクトは成功しない。
 
事業化の意思決定に際しても、高いレベルでの顧客、市場戦略、方針が明確になっていない。そのため個々の案件別に調査し評価しなければならず、十分な検討が出来ない。さらに市場に対する学習効果が働かず、知識の上でも市場で優位に立てない。その結果、投入対象市場、タイミング、価格、ビジネスモデル、競争戦略シナリオなど市場戦略が甘く、競争劣位におかれる。

⑤ プロダクトライフサイクルを考慮した収益計画ができていない
 
一般的なモデルとして、製品には、導入期、成長期、成熟期、衰退期というプロダクトライフサイクルがあると考えられている。このライフサイクルは顧客や地域によっても異なるため、きめ細かな利益管理が必要である。企業の事業計画を見ると売上、利益とも3年以上も右肩上がりになっているものが多く、プロダクトライフサイクルが考慮されていない。そのため実際には早い段階で赤字に転落するものも多い。
プロダクトライフサイクル別の利益管理とは、価格、コスト、投資戦略に反映されるものである。どの時点が市場浸透のピークでまたダウントレンドはいつからになるのかの現実的なシナリオをもたなければならい。利益を最大化するためのビジョンやシナリオを描き、顧客や競合をリードする必要がある。それには自社の経営資源にこだわらないオープン型のアライアンス戦略、アウトソーシング戦略が求められる。

⑥ リスクをとりたがらない組織文化
 
ビジネスの本質とは、適切な機会を見つけ投資をすることである。縮小均衡での確実な収益獲得を前提にした経営には、成長機会を探し出して投資し、リターンを確実に得るためにリスクを読み、効果的に抑えるといった経営スキルは身につかない。最大の問題は、組織全体にリスクをとりたがらない文化が染み込んでしまうことである。
 
新製品・新事業開発組織は本来、自らがビジネスを立ち上げたり、インキュベーションを行うものであるはずだが、現実は調整や事業評価だけを行い、悪い意味での「官僚的組織」になってしまっていることころもある。
 
機会発見と投資とリスクマネジメントの感覚は、一般の知識とは違い、多くは経験から得られるものである。企業の「挑戦的」組織風土が重要である。
 

■成長戦略つまり新製品・新事業開発は経営トップの重要な使命である

これまで日本企業の新製品・新事業に関する問題点を挙げてきたが、その本質的な問題とはどのようなことなのだろうか?ニューチャーネットワークスでは、その問題の本質を「成長戦略のための組織変革力不足」にあると考える。
 
「成長戦略のための組織変革力不足」とは、

  • 経営トップ、組織のリーダーが長期的な成長のビジョンを持たず、またステークホールダーを説得する努力もせず、近視眼的な利益と自己保身に走ってしまっていること。
  • 過去の技術、製品そして組織体制の延長線で新製品・新事業開発を考えようとし、現実の市場競争とはかけ離れた状態を放置しておくこと。
  • 成長ビジョンが曖昧であると同時に新製品・新事業開発のための組織変革、つまり過去の組織パラダイムを意識的に否定する覚悟と、そのための努力を行おうとしないこと。
  • 新製品・新事業開発のための組織変革に対して戦略的な資源投資を行なわず、片手間で「お手軽な成功」を得ようとすること。

などである。結論的に言うと、「雇用の拡大」「人材の育成」「新たな価値の創造を通じた社会への貢献」といった、社会のリーダーたる自覚と理念に欠けた経営トップが多いということであろう。
 
 

■では成長戦略のためにどのように変革していくのか?

現実的に、経営トップ主導の成長戦略が機能しないことは、その組織にいるミドルや若手にとってはきわめて辛いジレンマである。しかしながら、未来のリーダーは、そこで自分に何ができるのかを考え、行動しなければならない。そのための重要な考え方や方策を3つ提案したいと思う。

① 成長することの理念とその実践に対する使命感の認識づくり
 
成長することの理念とその実践に対して使命感を持ち、成長戦略を打ち出すのは誰の仕事であろうか?経営トップであろうか?未来のリーダーであるべきか?思いの強いミドルや若手であろうか?それは組織の状況によって異なることである。たとえ一人であったとしても強い理念とその実践の使命感を持つべきである。はじめは微力であっても、それを必要だと認識した人が声を掛け合い、たとえ会社全体に反映されなくても、自分や自分が関わる人・組織を変えることができるはずである。
 
成長することの理念とは、社会、会社、自分たちの将来のために、自分がどのような価値が生み出せるかを考え抜いた、意識、思考、行動のあるべき姿である。魅力的な成長戦略の理念がなくては、「いまのままでよい」と現状維持の姿勢を地折りがちな社員や関係者をリードすることはできない。成長の理念は仲間と供すること、少しでも実践することで、実感がわき、拡大するはずである。

② 成長戦略のための「変革ビジョン」と「変革シナリオ」を企画検討する「場づくり」と全員の巻き込み
 
成長の「理念」が組織で実践されるためには、将来の成長戦略を検討する「場づくり」を仕掛けなければならない。その「場」とは、第一に、成長戦略に当たって「現状の問題点」を共有する「場」であるべきであろう。
 
理念を起点に「今何が問題なのか?」「このままで進んだらどのような結果になるのか?」「現実的つまり定量的にどのような結果になってしまうのか」といった問題点を多面的に議論し、共有する必要がある。さらにそれらの問題を解決し、成長していくための「事業領域」「エコシステムやビジネスモデル」「コア・コンピタンス」「主な事業アイテム仮説」そして「変革のシナリオ」など成長戦略ビジョンを企画する。
 
ここで重要なことは議論し企画する「場」をつくり、多くの人を巻き込むことである。この「場」に参画することで、危機感を生みだし、計画の実践力がつく。

③ モデルプロジェクトの立ち上げと人・組織の意識、行動のブレークスルー
 
成長戦略のための「変革ビジョン」と「変革シナリオ」は実践されて成果が出てはじめて、真に理解され、変革行動への本格的な参画が得られる。それまでは80%以上の人は疑心暗鬼というのが普通である。
早期に本格的な参画を得るためには、パイロットとなるモデルプロジェクトを立ち上げ、それを必ずや成功させなければならない。モデルプロジェクトは文字通り、過去のやり方、考えを変革した新たなモデルとなる方法で行われなければならない。過去と一線を画した方法とは、「市場起点の事業企画」「組織横断的なプロジェクトチーム」「各部門のコミットメント」「十分な資源配分」などである。
モデルプロジェクトを実践しようとする際に最も重要なのは、成果を出すことと、その障害になる「意識と行動」の変革である。それを打破するために短期のゴールを設定し、その達成に集中するプロジェクトを「ブレークスループロジェクト」と呼ぶ。
いくつかのモデルプロジェクトが成功し、これにより業績が向上し、それが自分のものとして何らかの形で返ってきてはじめて、改革が成功したといえる。
 
 
新製品・新事業開発は企業組織での世代を超えた成長のための体質づくりといえる。今多くの日本企業が、新興国での成長や、日米欧の成熟市場での競争の中で、何のために、どのような魅力的な価値を提供できるかを問われている。この期待にこたえられるかどうかは、組織のリーダーがそれらに挑戦的に取り組めるかどうかにかかっている。リーダーとは必ずしも経営トップ、組織トップではない。それを自覚し、自ら責任を取ろうとする人である。
 
 
 

△▼ このコラムの関連商品 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 
   ⇒ 対象ユーザー参加型「新製品・新事業開発プログラム」
   ⇒ ブレークスループロジェクト

 
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

このページのトップへ