新商品・新事業開発「バリュー・コンセプトメイク」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2010年4月28日

「製品のことは企業が一番知っている」
 
ものづくりに携わる企業の人は、そのように考えがちであるが、果たしてそうだろうか。
確かに製品の機能やそれを支える技術などに関してはよく知っている。しかし、生活者がその製品とライバル製品とを比べてどのような印象を持つのか、また実際どのように製品を使用しているのかといった生活者情報を、製品企画担当者は本当に把握しているのだろうか。
「製品は企業が企画するものだ」という考えが一般的であるが、それも疑って考えなければいけない。ネットでの生活者情報をヒントに製品企画をすることが大変多くなってきていることや、生活者が製品を購入後アレンジしたり、リメイクしたりすることがブームになっていることを考えると、生活者が製品企画を行う機会は、実際は多くなっているのではなかろうか。
 
そのような問題意識からニューチャーネットワークスでは、生活者とチームを組み、製品コンセプト企画を行うワークショップを実施している。今回は今年2月18日に実施されたニューチャーネットワークスオープンセミナー「マーケットリーダー(女子大生、アラフォー世代)を巻き込んだ製品・事業開発力強化セミナー」のご紹介しながら、生活者とチームを組んだ製品コンセプト企画の進め方をお伝えしたい。
 

 

■企画テーマ 成熟製品「デジタルコンパクトカメラ」

ワークショップでは差別化が難しい「デジタルコンパクトカメラ」の製品コンセプト企画を題材にした。「デジタルコンパクトカメラ」は、すでに各家庭が2台以上保有しており、モデルチェンジを重ねるごとに、技術、機能がよくなってはいくが、買い換えには結びつきにくくなっている典型的な「成熟製品」である。生活者にとって店頭に行ってもメーカー間の違いがわかりにくくなってきている。
製品が、技術や機能の開発重視から、使い方、楽しみ方重視の市場に展開しているこのデジタルカメラを題材に、今回生活者をまじえて製品企画コンセプトを考えることで、新しい発想にチャレンジすることにした。

■生活者として女子大生7人、40歳前後の主婦6人が集合

今回生活者として集まってくださったのは、都内の現役女子大生7人と、アラフォー世代と言われている40歳前後の主婦の方6人である。「企業の人と一緒に楽しく勉強しながら、製品コンセプトの企画をやってみませんか」というお願いに、多くの方から積極的にお応えいただいた。
一方企業側のメンバーは、デジタルカメラの企画に直接かかわる企業や担当者以外で、自動車、化学、住宅建材、家電生活雑貨、ユーティリティなど多種多様な業界の方、製品企画やマーケティング担当の方、言わば企画のプロが参加してくださった。企業の方々は普段、「消費者アンケート調査」や消費者を数名集めて意見を聞く「フォーカスインタビュー」などの経験がある。しかし今回の様に、生活者と一緒に商品企画を実施することは、過去行ったことはないようだった。

セミナー当日は時間の関係で、生活者も含めたグループ分けをあらかじめ行っていたが、皆さん初めてにもかかわらず、着席直後から話が弾んでいた。「今日一日でいったいどのようなアウトプットがでるのか」期待が膨らんでいった。

■チームのコミュニケーションをよくするために「アイスブレーク」

どんな仕事でも同じだが、製品コンセプト企画を行うにあたっても、チーム内のコミュニケーションをよくすることは大変重要なことである。製品企画では、「リーダーの意向に従う」といった統率型のチーム形成ではなく、それぞれの個性を尊重し、話しやすい、アイデアを自由に出せる「個性重視のチームが必要である。それぞれ初めて会った人どうしが製品コンセプト企画チームを形成するために「自己紹介アイスブレーク」を行った。「自己紹介アイスブレーク」とは、A3の大きな用紙に、名前、趣味や好きなこと、そして平日と休日の平均的な時間の使い方を書いてもらって、一人3分程度で自己紹介し、他のチームメンバーから質問を受けることをお互いに行うものである。
趣味や自分の好きなことへの時間の使い方といった「ライフスタイル」や「自己実現」に関わることは、初めてあった人同士でも、とてもよく話題が弾む。はじまって1分も経たないうちに笑い声が聞こえてきた。

製品コンセプト企画ワークショップにおいて「自己紹介アイスブレーク」は単なる自己紹介ではない。チームメンバーの「ライフスタイル」「価値観」「強み」を相互に理解しあうことは、ワークショップで成果を生み出すための、大事なインプット作業と考える。従って企業内でワークショップを行う際も、同様の「自己紹介アイスブレーク」を行う。生活者巻き込みのコンセプトメイクワークショップでは、生活者、企業それぞれ個々人が相互に重要な存在であり、発想の原点と考える。

■チーム運営のための役割分担と使用ツール

ニューチャーネットワークスのワークショップでは、効率的に議論を進めるために、必ず役割分担を行う。ファシリテーターは、議論の司会進行役。メンバーから効果的に意見を引き出し、成果を生み出す役割を担う。タイムキーパーは、議論やワークの時間管理を行う。分単位で時間を測定し、ファシリテーターはじめチームメンバーにフィードバックする。時間を意識することで、思考を活発化させる。書記は、チームのアイデア、全体の討議の記録がきちんととられているかを確認する。自らが議事録を残すのではなく、チーム全員が自己の発言を記録するように促す。
 


今回のワークショップでは、大版の付箋と模造紙を使用したため、書記は、各メンバーが付箋を効果的に使っているか、模造紙にそれが貼り付けられているかを確認した。よいアイデアが出ても、記録しなかったために忘れられてしまう、といったことがないように注意する。

使用するツールは、先ほども挙げた大型の付箋紙10冊、模造紙5枚、コンセプトボード5枚(B1サイズの白地で厚手のボード。スチレンボード)、参考になる雑誌、黒、青、赤の細字マジックペン、カタログなどの印刷物とそれらをカットし、コンセプトボードに貼り付けるためのハサミ、カッター、スティックのりなどで、これらを各チームに用意する。
 

■企画テーマの提示

ニューチャーネットワークスのコンサルタントから今日の企画テーマが提示された。「3年間で日本市場でのシェア5%を獲得できる新製品のコンセプト企画」である。実際には企画テーマはトップダウンで行う。企画テーマのトップダウンで重要なことは
 
① テーマの背景に大きな戦略ビジョンがあること
② 現実的な制約条件を避けないこと
③ ストレッチな目標を提示し、チームに期待をかけること
 
などである。トップのテーマの提示は、チームのモチベーション、緊張感をアップさせてくれる重要な要素である。トップが自分の言葉でメンバーに熱い気持ちをもって伝達しなければならない。
ケーススタディでのワークショップといえども、テーマが提示されると不思議なものでチームは目標にむかって、結束力が高まる。チームが成果を出すためにメンバーそれぞれが自分自身を含めたメンバー全員の強みを最大限に活かそうと考え、行動しはじめる。

■アイデア創発とコンセプト原型づくり

まずテーマに沿って、各人アイデアを出す。時間は10分間で、一人最低10アイデア以上。新製品コンセプトのアイデアを出す際のポイントは、「単に何でもよいから出して」ではなく、アイデアを出すカテゴリーを明確に指示すること。主なカテゴリーとは、
 
① ターゲット生活者
② 生活者の状況
③ 製品アイデア
④ 価格
⑤ 提供方法
 
の5つである。カテゴリーを示すことで、アイデアが出やすくなり、新製品コンセプトの要素がしっかり網羅され、個々のアイデアを組み合わせたコンセプトもまた企画しやすくなる。製品アイデアを出す際のコツは、他のメンバーのアイデアを刺激にし、新たなアイデアを発想すること、アイデアとアイデアを組み合わせ新しいアイデアを発想すること。メンバー間でざっくばらんな雑談を行い、その中からアイデアを発想すること。雑談とはきわめて個人的なことであり、価値観、感情に基づくものである。ここでは感性、表現力やコミュニケーション力がものをいう。話したり、笑ったり、少し考えたり、質問したりといった「楽しみながらの対話力」ともいえよう。
 
アイデアとコンセプトの違いは前回のコラムで述べたとおりであるが、コンセプトとは上記5つの要素をひとくくりの概念で編集したものである。具体的にはアイデアを線で結んで、一つの概念をつくる。この概念のことを「コンセプト原型」と呼んでいる。「コンセプト原型」が今ひとつよくないと感じた場合は、アイデア創発を再度行う。この段階のアイデアは、まず数を多く出すこと。多くのアイデアが出されれば、それを組み合わせたコンセプト原型のバリエーションも広がる。


またアイデアの質を上げるには、雑誌や書籍などのビュジュアル情報を刺激剤にして、過去の個人の経験や感動したシーンを思い浮かべることも効果的である。
もし時間が許せば、チーム全員でテーマに関するタウン・ウォッチングなどのフィールド調査を行うことを薦める。チームで計画を立て、半日程度都内を散策し、企画のヒントになるものデジタルカメラで撮影したり、関連資料を購入したりする。フィールド調査では、各チーム200枚以上の写真を撮影するように心がける。タウン・ウォッチングのあとは、参加者全員で、関連資料やサンプル、撮影した映像をプレゼンしあうと、自分でもびっくりするぐらい多くの、そして楽しいアイデアが生まれる。
 
ここで、普段の仕事からアイデアが生まれない最大の原因を振り返ってみると、インプット情報の新鮮味がないことに気づかされる。会社の企画の仕事では、経費節減や時間管理を理由に、ネット情報、調査機関がまとめた定量データなどに依存しすぎ、新鮮な情報に触れていないことが多いのではなかろうか。問題意識や視点を持ち、心をオープンにして、生の情報に触れることが大切である。そのような時間をカットして、よい企画は生まれない。一見遊びと思われるような行動が、企画にはとても重要なのである。
 
ワークショップを進めて行く中で、この前半のアイデア創発段階で、プロの企画担当が生活者に対して、アイデアの数、質で完全に負けてしまうこともよくある。プロがなぜ負けるのか?仕事の時間が多過ぎ、生活者情報があまりにも少ないためである。技術開発など機能の企画はできるが、新製品コンセプトのもとになる、生活者視点の効果的なアイデアが出ないのである。
しかし、たとえアイデア発想で生活者に負けたとしても、生活者のアイデアをヒントにさらによいアイデアを発想したり、生活者のアイデアをうまく取り込んだりすればよいのである。生活者発想が理解でき、共感できさえすれば新製品コンセプト企画はできる。
今回のコンパクトデジタルカメラのケースでも、女子大生やアラフォーのメンバーが実におもしろいアイデアを発想していた。例えば、「撮影した顔写真を簡単にリメイクしてくれるボタン付きカメラ」「ライフログ的に使えるカメラ」「身だしなみ時にも活用できるコンパクトミラーも兼ねたカメラ」など、技術や機能から離れたところでの発想が多くだされた。それに刺激されて企業からの参加者も普段の仕事場では体験できない、楽しい雰囲気でアイデアを活発に出すことができた。
 

■コンセプトボードを活用した新製品コンセプト企画

チームで相談し、複数ある「コンセプト原型」の中から一つを選び出し、新製品コンセプト企画を行う。具体的には、新製品コンセプトボードを活用する。新製品コンセプトボードとは、B1サイズのボードに、キャッチコピーとビジュアルを中心に新製品コンセプトを表現するワークである。
主なアウトプット項目は、
 
① ターゲットユーザーとその状況
  ターゲットユーザーの属性とそのユーザーの価値観、行動、ニーズを示す
② 基本コンセプト
  機能的要素、デザイン(情緒的要素)、ブランド(自己実現的要素)の3階層で示し、
  階層ごとの要素の関係性を線で結んで示す
③ 価格
  購入する生活者が支払うコストを示す
④ 生活者ベネフィット
  生活者が製品を購入使用した際のベネフィットつまり便益をキーワードで示す
⑤ 販売チャネル、広告宣伝もしくはビジネスモデル
  製品の提供方法、価値の伝達方法もしくはそれらを含めたビジネスモデルの企画
 

 
これらを作成する際に重要なのは、長い文章を使わないこと。雑誌の切り抜きによる「コラージュ」や短い言葉での「キャッチコピー」で構成することである。生活者が製品を選択する場合は、短時間に製品情報を処理する。つまり「直観的」な思考作業である。その直観的な思考プロセスに効果的な影響を与えるには、新製品コンセプト自体もわかりやすくなければならない。そのためには、長い説明をしなくてもよい構成内容と方法を工夫しなければならない。ここでも企業からの参加者よりも生活者の表現がより的確である場合が多い。なぜなら生活の中での直観的なキーワードを豊富に持っているからである。
コンセプトボード作成作業には1時間から2時間の時間を要するが、その間のワークショップの現場はまさに、工作教室かアートスクールのような状態になる。雑誌の切り抜きとコラージュの作成、スケッチ、カラーマジックのキャッチコピーのレタリング。なかには、簡単なサンプルを加工したモックを作成するチームもある。 
楽しく話をしながら、または手を動かしながら、発想はますます膨らんでいく。この段階で、アイデアやコンセプトが思いがけない方向に展開、発展することもある。新製品コンセプト企画とは、単にデータを読み込むことではなく、このように身体機能を使って、体で発想することが大変重要である。
 
最後はプレゼンテーション。一つの企画を7分でプレゼンする。5分から7分で一つの企画の本質を経営トップに伝達できなければ、よい企画とはいえない。またプレゼン能力もまた大事な新製品コンセプト力といえる。今回は6つのチームがふた手に分かれ、活発な意見交換が行われた。プレゼンテーション自体も半分のチームが女子大生、アラフォーによって行われた。今や多くの生活者は年代にかかわらずクリエーターなのであろう。10年前ぐらいには、あまり考えられないことであった。生活者を巻き込んだ製品企画は、いまや企画手法の中心なのだと感じた。

 

 

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