新商品・新事業開発「バリュー・コンセプトメイク」

ニューチャーネットワークス 福島 彰一郎
ニューチャーネットワークス 甲畑 智康
 2009年4月28日

■ 顧客に喜び・楽しさをもたらすコミュニケーションのパターン

 「第3回 コミュニケーションを切り口にした情緒的ベネフィット」において、顧客同士のコミュニケーションが、生活者の生活シーンにおいて喜びや 楽しさといった情緒レベルのベネフィットを提供する話をしました。しかし、コミュニケーションは顧客同士だけではありません。ビジネスですから買い手であ る顧客と売り手である企業との間にも当然コミュニケーションがあり、情緒レベルのベネフィットを提供できるはずです。さらに複数の企業が複数の顧客とコ ミュニケーションをする場合もあり得ます。

 またマズローの欲求段階説から考えると、コミュニケーションの内容も、特定の集団に所属して他メンバーとコミュニケーションするレベル(親和の欲 求)、特定の集団の他メンバーから評価されるレベル(自我の欲求)、そして創造的活動や自己の成長を図り他メンバーに評価されたいレベル(自己実現の欲 求)があります。そのように考えると、情緒レベルのベネフィットをもたらすコミュニケーションには複数のパターンがありそうです。

 その事例の探索のため、東京・銀座を定期的に観察調査してきました。すると手芸用品・生地・ホビー材料専門店「ユザワヤ」が2009年3月26日 に銀座店をオープンすることを知りました。銀座は高級ブランド品に象徴されるように「完成された商品」を扱う街であり、「完成前の材料」を扱う店はあまり イメージできません。「材料」ということは、顧客自らが手を動かして作品をつくることになります。そこには店側(企業側)が顧客に作品のつくり方を教える コミュニケーションや作品づくりを通じた顧客同士のコミュニケーションがありそうです。またユザワヤは小売りであり品揃えも豊富であることから、複数の メーカーと組んで事業展開しているはずです。

 今回はユザワヤ・銀座店の観察調査を通じて、情緒レベルのベネフィットをもたらすコミュニケーションのパターンを考えてみました。さらにはユザワヤ・銀座店の今後の事業アイデアを考えてみたいと思います。

■ 「ユザワヤ」の概要

観察調査の前に予めWebなどの二次情報でユザワヤの企業概要を把握しました。

会社名

ユザワヤ商事株式会社

創業

1955年10月

業種

(主)洋品雑貨小間小物小売 (従)呉服・服地小売り

資本金

100,000千円

従業員数

480名

売上

23,300百円

利益

526,316千円(2.1%)

※2008年2月

 ユザワヤには通常の「大型店舗」と「マイスター・バイ・ユザワヤ」の2種類の店舗があります。「大型店舗」は平均店舗面積 3,300~10,000㎡ で、東京・千葉・神奈川・栃木・大阪・兵庫・福岡にあります。「マイスター・バイ・ユザワヤ」は、平均店舗面積は760㎡で 神奈川・埼玉にあります。基本的に、都心ではなく、郊外に店舗を展開しています。

  • 東京都: 蒲田店、吉祥寺店、南千住店、町田店、立川店
  • 神奈川県: 大和店、上大岡店
  • 千葉県: 津田沼店、柏店
  • 埼玉県: 浦和店、所沢店
  • 栃木県: 宇都宮店
  • 大阪: なんば店
  • 兵庫: 神戸店
  • 福岡県: 福岡店

 今回の銀座店は「マイスター・バイ・ユザワヤ」で、初年度目標売上は3億6000万円となっております。

 ユザワヤの特徴としては次のような取り組みがあります。

  • 顧客の会員化とWeb上の顧客コミュニティ:会員になった顧客同士が掲示板で情報交換を行うコミュニティ「ユザワヤ フレンドクラブ」を設置しています。

     
      https://friend.yuzawaya.co.jp/より引用

    テーマ別に4つのコミュニティが形成され、登録メンバー同士による情報交換が行われています。このような顧客同士のコミュニティとユザワヤとのコミュニケーションも当然起こり、ニーズをくみ上げることで、商品の品揃えや講習会テーマ企画などにつながっているようです。

  • 顧客自らがつくったブログ:Web上のコミュニティは、ユザワヤが仕掛けたものだけではなく、顧客自らがつくったブログなども多数あり、ロイヤルティの高い顧客の存在が分かります。
  • 通信販売:ネット上にユザワヤyahoo店とユザワヤ楽天店があり、通信販売を行っています。
  • 講習会:「ユザワヤ芸術学院」という顧客に作品のつくり方を講義する学校があります。期間は1日~1ヶ月、ジャンルもファッション・手芸・工芸・絵画・一般教養・子供と別れており、様々な講習会を開いています。
  • イベント: 2年に1度、「創作大賞展」を開催し、グランプリ大賞には賞金100万円、賞金・賞品総額1,500万円を出しています。全国各地からの出展があり、優秀な作品はWeb上で表彰されています。
  • HP:既存店向けの内容・デザインとなっており、ユザワヤ・銀座店向けのHPは特にない模様です。

 
 
 

■ 「マイスター・バイ・ユザワヤ 銀座店」の観察調査

 観察調査は、1人の顧客としての視点で行ないました。観察日時は、2009年4月8日(水)18時です。

 銀座店の立地は、地下鉄「銀座駅」から徒歩数分の最高の立地であり、銀座5丁目の百貨店・松坂屋の斜め前にありました。調査時間が平日18時であ るため、周辺は帰宅途中のビジネスパーソンで賑わっていました。郊外を中心に店舗展開していたユザワヤが銀座に店舗をもったということで、ユザワヤ全体の ブランドイメージが上がった印象を受けます。これは既存店にも良いイメージを提供することになるのではないかと思われました。

 店舗は、洋服・雑貨のテナントが入居している「ニューメルサ」ビルです。ビルに入ったときの印象は街全体のイメージに比べて「一昔前のお店」というイメージで、少々違和感を受けました。

 ユザワヤ・銀座店はこのビルの5階ワンフロアになります。ミセスのための洋服、雑貨のテナントが入っておりますが、1階~4階は訪問時間がすでに 夕方18時を回っていたせいか、それらのフロアに顧客は見あたりません。エレベーターで5階に上がり、ユザワヤに入ると、全体に銀座にある他のお店のよう な「ゆとり感」はありませんでしたが、どこにどのような商品があるか分かりやすいレイアウトでした。

 フロア全体の顧客は、40代男性1人、10代女性1人、30代女性5人、40代女性5人、50代女性2人、60代女性1人でした。

 エレベーター出口の直ぐ右にオーダースーツのコーナーがあり、40代の男性がオーダースーツを購入していました。お店のかたに伺ったところ、一般 にオーダースーツというと高価格なイメージですが、布の品質はよく、手頃な値段だということで、男性客の関心は高いとのことです。

 オーダースーツのコーナーからさらにお店の中に進むと、20歳代から60歳代までの実に幅広い年齢の女性客が商品を手に取り熱心に見ていました。 「完成された商品」のイメージが強い銀座でありましたが、店舗内で商品を熱心に見ている顧客を観察しているうちに、人はモノを与えられるばかりでなく、自 ら「モノ」をつくりたい、つくるプロセスに参画したいという欲求が元来あるものだということを思い出しました。マズロー欲求段階説の創造的活動をしたいと いう「自己実現の欲求」です。完成された商品を十分購入できる経済力のある顧客であったとしても「モノ」をつくることの欲求は基本的にもっているはずで す。完成された商品を扱ってきたイメージの強い銀座ですが、「モノ」をつくることの喜び・楽しさという自己実現的な価値が顧客に受け入れられる変化の兆候 なのかもしれません。

 フロア全体を見ていくと、主な商品カテゴリーは、「生地、服地、毛糸、服飾材料、手芸材料、ビーズ、パッチワーク」などの「材料」と、「和洋裁用 品、ミシン」などの、つくるための「道具」です。商品数は5~7万品目と豊富で、数百円の商品がボリュームゾーンでした。ライフスタイルショップのように 生活シーンの提案やカテゴリーを象徴する商品は特に目につきませんでしたが、自分がつくりたい作品が決まれば、この店舗だけで材料や道具はほぼ揃いそうで す。他のお店に行く手間が省ければ、「モノ」をつくることに時間を割くことができ、喜び・楽しさも大きくなります。

 一方、商品全体のイメージが銀座のイメージと合わない印象です。銀座に来る多くの生活者は、銀座に洗練された街・空間・時間の流れのイメージ、一 流の完成された商品・サービスのイメージをもって銀座に来ているはずです。例えば、地下鉄で銀座に来たとして、ホームに降り、地下鉄の改札を出て、地上へ の階段を上る間にも、「銀座」のイメージは形成され、そして地上に出たときにはすでに「銀座」のイメージは心の中で鮮明に形成されているのではないでしょ うか。そのような状態で、ユザワヤにきて商品をみると街と商品のイメージの間にミスマッチを感じるのではないかと思われます。

 店内を歩いていると、作品づくりの講習会スケジュール資料がありました。ほぼ毎日、講習会が開かれています。なかでも若い女性に人気のある「スイーツデコ」の作り方の講習会などが多いようです。

 
  http://store.shopping.yahoo.co.jp/yuzawaya/index.htmlより引用

 ユザワヤは手工芸に関する豊富なノウハウをもっており、顧客はつくり方を講習会で学び、自らつくる喜びを体験できそうです。そこでは企業と顧客と のコミュニケーションがあります。一方、企業はコミュニケーションを行なうことで顧客との信頼関係を構築でき顧客の囲い込みができます。そしてそのロイヤ ルティが高い顧客の声やニーズを吸い上げることで、将来の店舗展開や品揃えの工夫、講習会テーマの工夫ができます。

 さらに講習会には、講習会テーマに関心がある他者も参加し、顧客同士のコミュニケーションも起こります。情報交換だけでなく、自らの作品を他者に 示し、評価を得ることで、「自我の欲求」を満たすことができます。作品を作り続ければ、作品づくりのスキルもアップし、だんだん自分オリジナルの作品を創 造できるようになります。その作品を「創作大賞展」に応募し、評価されれば、「自己実現の欲求」が満たされることになります

 銀座という「完成された商品」の街も以前と異なり、手ごろな価格の商品を扱う「ユニクロ」や「H&M」も出店するなど変化してきていま す。しかし、それらは低価格ですがあくまで「完成された商品」の企業から顧客への比較的一方通行的なビジネスモデルです。今回の「モノ」をつくる喜び・楽 しさの提供のために顧客同士や顧客と企業とのコミュニケーションなどを「多層的」に仕掛けていくビジネスモデルは銀座においては新しい試みではないでしょ うか。商品や店舗などのイメージに若干違和感がありますが、銀座という街向けに現在トライアル中という印象を受けました。ユザワヤ・銀座店の今後の取り組 みが楽しみです。

■ ユザワヤのベストプラクティス

 調査結果は、一人の顧客としての視点で行なった調査のため仮説レベルの内容ではありますが、ユザワヤのベストプラクティスを考えてみたいと思います。

  • ベストプラクティス①: ユザワヤ・銀座店は自社のコーポレートイメージを上げるために、象徴的な存在をもちます。ユザワヤ・銀座店のイメージは、他の既存店のイメージ向上に貢献し、顧客リピートや売上増大、顧客単価の向上などに貢献しそうです。
  • ベストプラクティス②:  人はモノをつくることに喜びを求めるものです。顧客がその喜びを獲得することをサポートするためのビジネスモデルが今後広まっていく可能性があります。 この考え方は最終製品を扱っているメーカーも応用できます。例えば、お菓子メーカーの場合、チョコレート製品は最終製品でありますが、バレンタインデーに は、「材料」として販売できます。レシピも情報発信して、顧客が自分自身のオリジナルのバレンタインチョコレートをつくる喜びをサポートすることができま す。
  • ベストプラクティス③: コミュニケーションの場を複数導入している。顧客と顧 客、顧客と企業とコミュニケーションの場を導入している。講習会というリアルなコミュニケーションだけでなく、Web上のバーチャルのコミュニケーション も導入しています。これらを多層的に導入することで、顧客に喜び・楽しさの価値をいろいろな場で提供し、顧客を確実に囲い込んでいます。コミュニケーショ ンを仕掛けるのは当然の切り口だとしても、コミュニケーションの場を多層的に展開している事例は多くはないと思われます。

 

■ ユザワヤの今後の事業シナリオ

 ユザワヤ・銀座店の今後の課題は、銀座の街のイメージと店舗・商品のイメージをうまく融合させることだと思われます。互いのブランドイメージに何 らかの文脈性、ストーリー性がないとユザワヤ本来のブランドイメージが拡散してしまい、顧客に対してわかりにくい印象を与えてしまいます。銀座という強い エリアブランドと、ユザワヤという手芸用品・生地・ホビー材料専門店のブランドをいかに融合させるかが楽しみです。

 最後に「銀座」と「ユザワヤ」のブランドイメージの融合のための事業アイデアを考えてみましたのでご紹介いたします。

  • ユザワヤ・銀座店を、これまでユザワヤを知らなかった顧客セグメントを開拓する拠点にする。そのために従来のユザワヤとは異なるブランドイメージを確立する。
  • 本来ユザワヤがもつ「つくることの楽しさ」を、「銀座」という高級ブランドイメージに昇格させるため、「つくること」が、より文化性の高い趣味、嗜好であることをうまくアピールする。
  • ユザワヤを以前から応援してくださっているファンが「銀座」を訪問するメリットを追求する。普段とは違う自分を演出し、新たにつくる発想を刺激するきっかけづくりをする。

 以上の様な考えを具現化するために、さらに以下の様なアイデアを発想してみました。

  • 店舗: 多数の材料を扱っているのである程度の雑踏感はやむを得ないが、レイアウトや照明、壁の色、什器などの工夫により銀座のイメージに合ったライフスタイルショップ的な洗練された空間を演出する。生活シーンの提案を各商品カテゴリーで行なう。
  • 商品: 手頃な値段の材料だけでなく、高価格であっても銀座のイメージにあった高品質な材料も品揃えする。銀座ならではの特別な商品を取りそろえる。銀座をモチーフにした商材の開発を行なう。
  • 講習会: 高いブランドイメージ形成のための象徴として、銀座店は講習会メインの店舗とする。材料は講習会に合わせた品揃え程度にする。ユザワヤ全体の売上は既存の他店舗で上げる。
  • Web: ユザワヤ・銀座店のHPは既存店のHPとは別に立ち上げる。同じHPだと既存店のイメージに引きずられてしまい、銀座店のイメージ形成がしにくくなるためです。

 まだまだ多くのアイデアがあるかと思われます。町や店舗を観察しながら、自分なりの事業アイデアを発想するのもまた、思考の刺激になるものです。 ユザワヤ・銀座店の今後のイノベーティブな店舗開発に期待したいと思います。皆さんもユザワヤ・銀座店を是非訪ね、アイデアを発想してみてください。

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