技術のゴールは製品ではなく価値にあり

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技術のゴールは製品ではなく価値にあり

わが社は、技術力は高いが競合と比較して利益率が低い

 「わが社は技術力が高いが、競合と比較して利益率が低い」多くの業界トップクラスの日本製造業で耳にする話です。中期経営計画で設定した技術課題を期日までに解決しても、利益目標、売上目標に到達できないケースが多くみられます。

日本の製造業全体を見渡しても、研究所、製品企画開発、開発設計、製造など、“技術”に関連する部門の人のレベルは決して低くない場合が多いと思います。技術力だけでなく、人の勤勉さ、チームワークなど、組織としての総合力も海外の他社と比較して劣ってはいません。むしろ、高いレベルにあることが多いのではないでしょうか。

 ならば、利益率の低さの原因は何なのでしょうか。経営学を専攻する大学教授やコンサルタントがよく言うように、利益率の低さの原因は経営者の経営戦略力の低さ、集中と選択の甘さ、旧態依然とした組織構造や意思決定の遅さ、グローバル化の遅れなのでしょうか。確かにそういった経営戦略やマネジメントの問題もあると思います。しかし、問題は経営戦略やマネジメントだけではなく、技術そのもの、または技術に対する認識やその運用といった“技術の周り”にもあるような気がします。

 実は、この問題に対する答えは明快です。持ち前の技術力でつくった製品が、顧客の求めているものとギャップがある、もしくは顧客にとって他社の製品との違いが感じられないからです。その結果として価格競争になり、低い利益率になってしまうのです。

②「イノベーションのジレンマ」が原因といってはいられない時代に

 ある産業で歴史ある巨大企業が莫大な投資をして技術を開発し、製品の機能を上げても、顧客の求めるニーズを超えてしまい需要に結びつかず、想定した売り上げや利益を獲得できないことを「イノベーションのジレンマ」と呼びます。これは、ハーバードビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンが、1997年に提唱した概念です。その一方で、新興企業が巨大企業の製品よりも多少劣った性能で、低価格の製品を市場に投入し、巨大企業のシェアを大きく獲得することを「破壊的参入」と呼んでいます。

 低利益率の日本の製造業の多くはまさに「イノベーションのジレンマ」状況にあるといえますが、産業によっては、「イノベーションのジレンマ」という状況がすでに終わってしまい、新興企業に圧倒的な差をつけられているケースが目立ち始めました。台湾の半導体のファブレス企業であるメディアテック(MediaTek)は、スマートフォン向け半導体分野で日本の半導体メーカーを業績、技術ともに超え、今や米国半導体セットメーカーのクアルコム社を追い越し始めたと言われています。メディアテックの様に、新興企業が破壊的参入によって市場参入を果たし、価格競争力と経営スピードで圧倒的市場シェアを獲得し、従来のグローバルシェアトップ企業を追い越してしまうこの傾向は、半導体に限らず、電機、機械、自動車、部品などの多くの分野で見られます。

③いったいなぜ「イノベーションのジレンマ」や「破壊的参入」が起こるのか

 日本が主軸としてきた電機、電子、機械、そしてそれらをつくるための部品、部材、素材産業などは、簡単な構造ではありません。高度で複雑な完成品の仕様、規格、それを支える設計力、製造力、さらにはサブシステムとしての高度な機能をもつ部品と部材などが存在し、縦の重層構造になっています。それらすべてが常に進化・発展していく中で、同時並行的なすり合わせが実現できて初めて製品ができるのです。しかし、そのような技術的にかなり複雑な構造である産業に、なぜ新興企業が比較的簡単に参入できるのでしょうか?様々な理由が考えらますが、大きくはデジタル化とモジュール化です。デジタル化は、アナログと違って細かなすり合わせが不要で分業もしやすいという特性があります。また、完成品が高機能になりサブシステムが複雑になればなるほど、ある範囲の部品群がモジュールとして独立したユニットとなる傾向が高まります。これがモジュール化です。さらに、そのモジュールを使いやすくするために、モジュールとモジュールのインターフェースを標準化する方向に進みます。デジタル化とあいまって、このモジュール化が進むと、完成品の重要な部分はモジュールメーカーから購入すれば、インターフェースも標準化しているので、極端な話、誰でもつくれてしまうものになってしまいます。これが、破壊的参入企業を急増させた大きな理由といえます。

 業界でモジュール化が一旦起これば、新興企業は、外部調達で完成品をつくることができ、マーケティングと製品企画、調達に経営資源を絞り込むことができます。一方、かつてから参入していた巨大企業は、社内に研究、開発、製造などの多くの人や組織をかかえているので、組織の意思決定スピード、コスト力、市場変動への対応力など、多くの面で新興企業よりも劣勢になります。終身雇用を慣習にしてきた日本企業では、外部調達で過剰となってしまった部門組織のリストラを実行しにくく、新興企業への競争戦略が遅れてしまいます。

 特に、市場変化のスピードの速い電機、通信関連の企業では、ここ数年破壊的参入が顕著でした。一方、製品や技術のデジタル化が難しく、すり合わせ業務中心の素材、部材ビジネスでは、この破壊的参入が難しく、日本企業の優位性が保たれている傾向があります。一旦破壊的参入が始まれば、どんなに技術力があっても、スピードと価格競争力で新興企業に負けてしまうことが多いのです。

④日本企業は製品にこだわりすぎた

 優れた技術がありながら業績が上がらないもう一つの要因に“日本企業が製品にこだわりすぎた”ことをあげたいと思います。企業が製品にこだわるのは当たり前なのですが、顧客の立場で考えると、顧客は製品を購入しているのではなくベネフィット(便益)を購入しているのです。

 ベネフィット(便益)とは、読んで字のごとく、顧客の便利さや利益です。簡単にいってしまうと、顧客にとって効果的なことです。顧客にとっての効果を上げるのは製品提供に限りません。「自宅近く300メートル以内にレンタカー屋さんがあるのなら、自動車は買わずにそこで借りた方が、車検、保険、駐車場代など総経費の面で絶対お得。しかも、最新の車種を用途に応じて楽しめる。」これは自動車メーカーの経営幹部からお聞きした話です。自動車メーカーは自動車を提供しますが、顧客は移動手段を求めているのです。したがって、レンタカーに限らずタクシーでもバスでも、電車でもよいのです。実際、都心のマンションを購入する人は自動車を保有しないことによるコストメリットを、マンション購入時の判断材料にしています。

 顧客のベネフィットの視点で考えれば、自動車産業の競合は、レンタカー、タクシー、バス、電車、都心のマンション、さらには移動しないで目的を達成する機能をもつスマートフォンなどの異業種までが競合といえます。

 “顧客はベネフィットを求めている”ことは、自分が顧客の立場で考えれば当たり前ですが、供給者の立場になると、発想の切り替えが難しくなるのです。

 このように考えると、日本企業は顧客のベネフィットを自分たちが得意な製品づくりに求めすぎてきた傾向を否定できません。その結果、必ずしも必要としない機能がつけられたり、過剰品質であったりすることが多かったと思います。また、製品にこだわるばかりに異業種からの参入に対する競合意識が低く、魅力あるサービスやビジネスモデルで参入してくる異業種の競合に市場を奪われることもよく見受けられます。

⑤IoTの時代の到来で、これからの技術は価値に向かうべき

 IoT(Internet of Things)とは、コンピュータやスマートフォンなどの情報・通信機器だけでなく、世の中に存在する様々なモノに通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互通信したりすることで、モノの監視、制御や様々なデータをビックデータ解析することです。さらには、人や社会にとって有効なことを予測したり、新たなサービスを生み出したりすることができます。同じようなことを、ドイツでは「インダストリー4.0」の名で提唱しています。いま世界中の国、企業がIoTに向かっていることは間違いありません。

 IoTの時代になれば、たとえば公共の建築物である橋梁、トンネル、道路、また住宅の壁、床、窓などこれまで情報化されていなかったモノまで、あらゆるものが情報化されます。モノが情報化することで、顧客の便益は大きく変わる可能性があります。これまで顧客は、窓や床を購入していたのが、その劣化を早期に予測し、取り替えるサービスビジネスまで含めて購入するかもしれません。その結果、使用期間の利用料を支払うというビジネスモデルに変化する可能性もあります。

 社会のすべてのモノのインターネット化、つまりIoT化で、顧客は製品という物理的なものを購入する意識が薄れ、製品やサービスから得られるベネフィットを購入する意識が高まっていくと思います。そして、そのベネフィットを得るのにどの程度のコストを支払うのかで購入を判断します。もちろんその顧客のコストの中には、単に支払う費用だけなく、顧客が製品を使いこなすまでの学習時間、労力やメンテナンス、廃棄コストなど顧客が負担することすべてが含まれます。それらの隠れたコストも情報として提示されます。そして顧客意識は、トータルコストに見合ったベネフィット、つまり“価値”を購入するというように転換が進んでいくと思います。

 これまで製造業では、良い製品をつくることを絶対的な前提として技術力を向上させてきた企業が多かったと思います。確かに、かつては良い製品をつくればほぼ確実に売れ、シェアも向上してきました。そのためか、日本企業の多くは技術力向上のゴールを製品に集中させ過ぎてきました。今、まさにこの考えを転換する必要があります。日本の製造業の技術力を、製品はもとより、購入前、購入時、利用、廃棄し、そして再購入するまでのサービスやビジネスモデル、つまり顧客価値にまで拡大しなければなりません。

 

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