第15回 生産財グローバル・マーケティングのケーススタディ ~東レ・炭素繊維事業~

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新商品・新事業開発「グローバル・マーケティング」

ニューチャーネットワークス
取締役 シニアコンサルタント 福島 彰一郎
チーフコンサルタント 甲畑 智康 2013年5月29日

弊社コラムでは数回に亘って生産財メーカーのグローバル・マーケティングのポイントを説明してきた。今回は事例紹介として、東レ株式会社のグローバル・マーケティングの取り組みについて考える。
ご存知のとおり東レは生産財メーカーとしてベストプラクティス企業の一つであり、その研究開発とマーケティングは他社からのベンチマーキング対象となることも多い。東レのマーケティングの主な特徴として、多様な業界の有力な顧客企業とのパートナーシップが挙げられる。2003年に販売されたユニクロの「ヒートテック」は、東レとユニクロの共同開発の賜物であり、東レのマーケティングの象徴的な成功例である。この例では、繊維素材を提供するだけでなく付加価値のある製品自体を提供しなければならないという考えから、東レはユニクロに共同開発を持ちかけ、イノベーションを起こしたのであった。
東レは顧客企業など他社とのパートナーシップ戦略に長けている。そして海外においても、有力な他社とパートナーシップ戦略を採ることで成功を収めてきている。今回は、東レのグローバル事業のうち、長い海外展開の歴史がある炭素繊維事業(※)を取り上げる。

1.東レの炭素繊維事業におけるグローバル・マーケティングの特徴

東レの炭素繊維複合材料事業は、全社の連結売上1兆5886億円(2011年)のうち、700億円の売上を占めている。特に海外での需要が高く、売上の海外比率は90%にのぼる。競合には帝人や三菱レイヨンなどが存在するが、東レは売上・利益ともにナンバーワンである。
なぜ、東レはこのような成果を獲得できているのだろうか。炭素繊維複合材料事業のグローバル・マーケティングの全体像を示すと図1のようになる。


東レの戦略には、図中にあるように3つの展開がある。
① 隣接事業を行う現地企業とのアライアンスによる市場参入と学習
② 顧客である最終製品メーカーとの合弁会社設立
③ 企業買収を通じた試作部品提供による需要拡大
これらについて順に説明をしていきたい。

2.展開①: 隣接事業を行う現地企業とのアライアンスによる市場参入と学習

東レの炭素繊維の開発は1961年まで遡る。1972年には釣竿やスポーツ用品などでの活用が始まっている。
1975年には航空機での採用が検討されたが、高い安全性が求められる航空機に採用されるにはより厳しい基準をクリアする必要があった。しかも、航空機は米ボーイング社などの欧米メーカーが中心であり、マーケティング活動は当然グローバルとなる。東レはボーイングへのアプローチを検討したが、航空産業を監督する米国のFAA(連邦航空局:Federal Aviation Administration)が構造部材の仕様を設定しており、東レは単独でこの仕様に対応することは難しかった。
そこで東レは、米UCC(Union Carbide Corporation)社とアライアンスを組むことにする。当時、UCCはレイヨン繊維の製造技術と、その繊維を加工して炭素繊維を製造する技術を持っていた。またUCCは、核燃料製造や核廃棄物処理なども手掛けていたため、米国の国防総省をはじめ軍需・航空宇宙産業とのネットワークを有していた。一方、当時の東レは航空機に適したアクリル繊維の製造技術は持っていたが、アクリル繊維を焼成・加工して炭素繊維までを製造する技術は持っていなかった。
あるとき、東レの米国法人はUCCが東レのアクリル繊維を高く評価しているという情報を得る。そこで東レからUCCに技術提携を提案し、1970年に契約を締結した。この技術面でのアライアンスにより、東レは原糸からアクリル系炭素繊維を製造する技術を獲得することができた。
また、UCCはボーイングなどの顧客への製品供給のために東レとの販売提携を行った。この提携を通じて、東レはボーイングに自社の炭素繊維を提案することに成功する。FAA対応もUCCのサポートにより順調に進んでいった。東レは、UCCとのアライアンスによって、ボーイングとの関係構築とFAA対応についての学習に成功したのである。
これら一連のアライアンスは航空機の向舵などの二次構造材についてであり、一次構造材は含まれていなかった。二次構造材についてはUCCと共同で航空産業にアプローチする一方で、東レはその後、航空機の一次構造材についてはUCCを介さず単独で直接アプローチを行う。ある特定の分野におけるアライアンスを、隣接する他の分野において大いに活用したのである。
この例において東レは、技術面、販売面でのアライアンスによって新たな技術やノウハウを獲得し、市場ついて学習を進めることで、新たな用途への展開に成功しているのである。その後UCCは、東レを始めとする他の炭素繊維メーカーの技術革新スピードに追いつけず、生産を撤退することになる。東レは一次構造材だけでなく、二次構造材まで提供するに至る。

3.展開②: 顧客である最終製品メーカーとの合弁会社設立

東レは、航空機産業向けの炭素繊維提供の後に、市場規模が大きく各種産業を牽引する自動車産業を狙っていた。航空機産業で技術と実績を築いている東レの炭素繊維は、顧客企業にとっても独占的に活用したい存在となっていた。
2011年、自動車産業へのアプローチを本格的にスタートさせる。ドイツの完成車メーカーのダイムラーとの炭素繊維複合材料(CFRP)製の自動車部品を製造・販売する合弁会社の設立である。出資比率は東レが50.1%、ダイムラーが44.9%、その他が5%であった。合弁会社というのは、相手企業も資金や人材といった貴重な経営資源を供出するアライアンス形態であり、お互いにリスクをとって中長期的事業を展開していこうとする意思のあらわれでもある。
合弁会社では、ダイムラーが部品の設計を担い、東レはその設計をもとに炭素繊維の織物を日本から取り寄せ、部品に成形するという役割分担となっている。この取り組みを通じて、自動車向けの熱硬化性樹脂を使用したCFRP製自動車部品の生産技術・ノウハウの蓄積をしてきている。
先ほどの展開①では、隣接する技術を持つ現地のメーカーとの技術・販売提携によって最終製品に至る製品やチャネルを獲得したのに対し、この例ではさらにリスクテイクし、最終製品メーカーと合弁会社を設立するという戦略を採っているのである。

4.展開③: 企業買収を通じた試作部品提供による需要拡大

ダイムラーとのアライアンスの後、世界の他の自動車メーカーに横展開するための戦略を進めつつある。
炭素繊維の需要を創出するためには、試作部品を実際につくり、顧客に向けて提案していくことが効果的である。そのために東レは、レーシングカーの設計・開発を行っている「童夢カーボンマジック」社を買収した。さらに童夢グループの生産会社である童夢コンポジット・タイランドの株式75%を取得。これによりCFRP製自動車部品の試作機能と低コストでの生産ノウハウ・設備を獲得することができた。原料糸から成形品の設計、開発、生産までの機能を一気通貫で持つことになり、自動車メーカーの要求に高いレベルで対応できる体制を整えるに至った。
上記の展開①、②では技術・販売提携、合弁会社設立という手法を活用していたのに対し、この例では他社買収によって最終製品メーカーへの提供方法を拡大させている。自動車産業におけるCFRPの用途拡大のための戦略的なM&Aである。

5.まとめ

今回のコラムで紹介した炭素繊維事業の例に見られるように、東レはグローバルにおいても他社との対話やパートナーシップ構築を、事業成功のパターンとしている。パートナーシップとしては、資本を含まないアライアンスから、合弁会社や買収などの様々な形態を状況に応じて採用している。
他社とのアライアンスやM&Aを駆使して「事業展開」しつつ、同時に、規制対応などを含めた「市場学習」を行っているのである。特定の市場におけるノウハウや技術を固めたうえで、学習の成果を活かしてさらに他の用途や地域に展開していくことに成功してきている。
多くの日本の生産財メーカーの海外展開はこれからである。やみくもに海外展開するのではなく、東レの海外展開のシナリオをベンチマーキングし、「事業展開」と「市場学習」を合わせたシナリオを構想してほしい。

※東レ株式会社においては、「炭素繊維複合材料事業」と呼ばれている。

参考文献

  • 東レ株式会社WEBサイト「東レの炭素繊維複合材料事業の事業戦略」(URL:http://www.toray.co.jp/ir/pdf/lib/lib_a357.pdf
  • 「東レ 炭素繊維の技術開発と事業戦略」(一橋ビジネスレビュー 2005年 SPR 青島矢一、河西壮夫)
  • 「PAN系炭素繊維のイノベーションモデル」(産総研 学術ジャーナル Synthesiology Vol.2 No.2, 2009、中村治・大花継頼・田澤真人・横田慎二・篠田渉・中村修・伊藤順司)
  • 「東レ 日覚昭廣社長インタビュー」(週刊東洋経済 P58-59 2012年3月17日)
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